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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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ルチウス王子の不審な行動【scene29】

29


 身体が大きいのは良いことばかりではない。特にそれが太っている場合ならなおさらだ。

 左大臣ヘルベルトはふうふう息を吐きながら城の階段を昇っていた。城は丘の上にある。城門までは馬車で進めるが、会議の行なわれる審議室へは徒歩で進むしかない。城の入口へと続く上り坂を歩き、城内は入り組んだ階段を昇ることになる。審議室は3階に当たるところだ。しかし、城は各階の天井が高いため、その分、階段も長くなる。街の建物では4階か5階あたりの階段を昇るのと同じなのだ。

 左大臣は一族の中で、いや、一般的に見ても巨体の持ち主である。想像力がそれほどたくましくないひとでも、『酒樽に服を着せたよう』という表現に納得するだろう。実際、左大臣の場合は酒樽を背負って階段を昇っているようなものだ。日々の登城が重労働なのはうなずける。左大臣は登城の義務を『3日で1回』にしてほしいと思った。階段を昇る途中、誰かが自分の顔を見て姿を隠したようだが、階段を昇るのに必死だったので、それを気にするつもりもなかった。

 左大臣は階段途中の踊り場で両膝に手をつくと、うつむいたままぜぇぜぇと息を吐いた。

 「何だって、昨日の今日で緊急招集がかかるのだ。大事な会議は昨日で終わっただろうに!」

 息も絶え絶えに毒づく。左大臣のすぐ後ろを弟のキーマン侯が心配そうに見つめていた。

 「兄上、ここでひと休みいたしますか?」

 左大臣はぶんと腕を回した。「歩く。こんなところをルトガルドに見られたら、何て言われるか知れたものではないわ!」

 左大臣はやけくそのように階段を昇り始めた。

 審議室には右大臣を始め、王国の重役が揃っていた。左大臣は自分の席によたよたと近づいて座った。どすんという音が部屋中に響いた。

 「昨日の今日で申し訳ない。しかし、急を要する話が来たのでな」

 まだ息の整わない左大臣を横目で見ながら、宰相が話し始めた。

 「諸君、これから話すことは内密に願いたい。このことが国中に知れ渡ると、とんだ騒ぎになる」

 「それは、大ごとなことですな」右大臣が不安そうな表情を見せた。

 宰相は右大臣にうなずいて見せると、「実は、ルチウス王子が失踪されたのだ」と切り出した。

 「な、何ですと。王子が失踪された?」右大臣は大声をあげた。ほかの者も互いを見やって口々に話し始める。

 「静粛に。静粛に願おう」

 宰相は両手を挙げて場を鎮めさせた。

 「実は一昨日、国王陛下あてに隣国トランボ王国から書簡が届いたのだ。書簡には国王陛下の具合を気遣うことと快復を願う旨、そして、陛下を見舞いに帰国したはずの王子のことについて触れられていたのだ。書簡には、王子が半月前にトランボ王国を出て、我が国へ戻ったとある。トランボ王国の王都ハリウッドからは、ここメリヴェールまで馬車で3日の距離だ。しかし、王子はトランボ王国の馬車に乗ることを断り、自分の馬で帰国したそうだ。だが、途中で従者をハリウッドに帰し、王子は行方がわからなくなったのだ」

 「何者かに襲われたのですか、王子は?」

 財務大臣がおろおろした声で尋ねる。

 「それが違うのだ。従者たちは途中立ち寄った街で、王子の迎えに来た者たちという数名の男に、護衛の任務を引き継いだそうだ。王子はその数名のことをよく知っていたそうなので、従者たちは疑いもせずハリウッドへ戻ったそうだ。だが、どうもそれが王子の手配した偽物だったようだ。つまり、王子に臨時で雇われた街の男たちだったというわけだ」

 「王子が従者をペテンにかけて姿をくらましたと言うんですか?」財務大臣は不思議そうに首をかしげた。それは周りの者も同じ気持ちだった。

 「トランボ王からの書簡でそのことを知った我々は、急ぎ早馬を送って内容の確認を行ない、従者にも聞き取りをして事情を把握した。事態を知ったトランボ王にも内密にすることを依頼し、王子が行方を絶った街で聞き込みを行なったのだ。そこで王子の企みが明らかになったということだ」

 「し、しかし、いったい、王子はなぜ行方をくらますなどということを……」財務大臣は、まったく理解できない様子でつぶやいた。

 「失踪の理由として考えられるのは3つある。ひとつはトランボ王国の留学に嫌気がさし、彼の国から逃げ出したというもの。次に、魔侯が王国に侵攻したとの知らせに怯えて逃げ出したというもの。最後は、侵攻した魔侯を迎え撃つため国へ戻ったというもの。以上の3つだ」

 「ほかに考えられんか? 気の強いルチウス王子が勉学や魔侯から逃げ出すということはありえない話だし、軍を率いるために国へ戻ったというなら、なぜ、まだ姿を現さない? たしかに王子が軍を率いてくれれば、兵の士気は上がるであろう。たしかに国王の後継者に最前線で戦っていただくわけにはいかないが、王子が戦場へ出ることを知れば、国民の意気も上がるはずだ。賢い王子がそれを狙って行動するのであれば、すでに我々の前に現れていそうなものだ」

 ようやく息が整った左大臣が口を挟んだ。あまり鋭い意見を口にしない左大臣だが、この考えにはみんなも同意見だった。あちらこちらでうなずく様子が見える。

 「たしかにな。あの王子の気性であれば、3つ目の考えが正解であろう。しかし、まだ姿を現さないのは、国に戻ったはいいが、我らの前に姿を現しにくくなっているからかもしれん。気おくれがあるのかもしれんし、今、姿を現わしたらトランボ王国へ送り返されると考えているからかもしれん。正直な話、私は王子を確保したらそうするつもりだがな」

 宰相は淡々と話しているが、「そうするつもりだ」の部分が強調されていたので、多少は腹立たしく思っているようだった。

 「ともかく、我々の手の者が、王都だけでなく近隣の街や村へも派遣して王子の行方を捜すつもりだ。ただし、さきほどお願いしたように、この件は秘密裡に行なうつもりだ。この話が外に出れば、どんな騒ぎになるか知れたものでない。諸君もそのつもりでいてほしい」

 出席者は全員うなずいた。たしかにこの話が漏れるのはまずいことだ。

一方、これまで無言でやり取りを見ていたザバダックは、テーブルの上で頬杖をついてつぶやいた。

「しかし、あのヤンチャ王子。今はいったいどこにいるのやら……」

 心底、呆れているような声だった。


 「あ、やべっ」

 ルッチは不意にレトの陰に隠れようとした。

 「どうしたんです、ルッチさん」

 城内を歩く廊下でのことだった。ルッチが隠れた反対方向を見ると、かなり大柄な男があえぎながら階段を昇っているところだ。後ろを気遣うように心配顔で男がひとり、ついて歩いている。どちらも身なりがかなり良い。相当に身分の高い人物だと思われた。

 「あの方をご存知なのですか?」

 ルッチは口の前に人差し指を立てて、「しいい」と言った。

 「声を出すな。こっち見るかもしれないじゃないか」

 レトは階段に視線を戻した。

 「もう、行かれたみたいですよ」

 ルッチは縮こまっていた身体を元に戻した。「ふうう。反射的に動いてしまった」

 「ルッチさんは貴族なのですね」

 「俺が? さっきのを知っているからか?」

 レトはうなずいた。「それもありますが、着ている服も質のいいものでしたし、食事のときなど育ちの良さがうかがわれたので」

 ルッチは口の端をゆがめた。「ほんと、お前はひとをよく見てるなぁ」

 「気を悪くしたらすみません」

 ルッチは手をひらひらと振った。「いいよ、そんなこと。俺も不審な行動をした。あまり、気にしないでくれ」

 ふたりは再び廊下を歩き始めた。城の階段を下に降りると城外へ出て、すぐ脇にある小屋へ向かう。小屋はいくつか並んでいるが、それぞれ小さな煙突から煙が上がっていた。出陣を前に、レトはルッチの忠告に従って装備を整えることにした。ふたりは城の工房へ足を運んでいるのだ。

 ふたりはひとつの小屋に入った。

「親父さん、こいつの剣を見て欲しいんだが」

 ルッチの声にひとりの男が顔を上げた。この小屋は城の鍛冶屋で、職人の男が作業中だった。

 「その剣か? 見せてみろ」

 レトが自分の腰に差してある剣を取り出して渡した。

 「ずいぶん使い込んでいるな。柄がすり減っちまってる」

 鍛冶職人は剣を眺めながらつぶやいた。「しかし、ここ何年かは何も斬っちゃいねぇな」

 「そんなことがわかるんですか」レトは驚いたようだった。

 「剣ってものはな。ひとでも魔物でも斬ると、剣の表面が曇っちまうのさ。それは磨いても簡単に晴れるものじゃねぇんだ。しかし、この剣は完全に曇りが取れている。生き物を斬っていない証拠さ。それに、こいつは完全な『なまくら』だ。これで魔物を斬ろうとしていたら、お前さん、確実に生きちゃいねぇぜ」

 男はハンマーを手にすると、カァンと剣の表面を叩いた。剣の表面にひびが入った。

 「ほらな。こんな軽い一撃でひびが入っちまった。こんなので魔物とやり合ったら、素手でやり合う羽目になっていた」

 男は剣を奥に放り投げた。そこには使い古したものや、折れた剣が積み重なっていた。レトの剣はガラガラと音を立てて、それらの一部になった。

 「待ってろ。兵士支給の剣を持ってきてやる」

 男は立ち上がると奥へ消えたが、すぐ剣を一振り手にして戻ってきた。

 「こいつは、お前さんが今まで使ってきたのと同じ重量の剣だ。そもそも、あれもここで支給されていたものだから当然だがな。しかし、あんなボロボロの剣、どこで手に入れたんだ?」

 「とある王国兵士から譲っていただきました。剣の練習用にです」

 「どうりで刃が死んでいたわけだ。あんた、こないだまで募集していた志願兵だろ? 魔族と戦うんなら、これぐらいの剣は持っておくべきだ」

 「ありがとうございます」レトは礼を言って剣を受け取った。

 「そちらの旦那はどうなんだい? あんたは仮面でも見てもらいたいのかい?」

 ルッチは笑みを浮かべて手を振った。「俺は間に合ってるよ。気にしないでくれ」

 男はルッチの腰に目を向けた。「あんた、その剣をどこで手に入れた?」

 「これかい?」ルッチは自分の腰に手を当てると、声の調子を変えた。「あんた、これがわかるのか?」

 「柄の文様でな。それはテニスン工房で鍛えられた剣だ。あそこは王国御用達で、儀礼的な剣も造るが、実戦用でも良いものを造る。高級志向の冒険者好みの工房だな。でも、最近はめったに手に入らないって話だ。注文が多すぎて、完成まで何年も待たされるってな」

 「これは死んだ伯父貴の形見さ。伯父貴は剣の腕前が評判だったそうなんだ」

 「ほう、趣味のいい伯父だったわけだ」男はうなずいた。

 「じゃ、行くぜ。ありがとな、親父さん」

 ふたりは小屋を後にした。

 「さて、武器の次は防具だな」ルッチはあたりを見渡した。

 「そこも支給してくれるんですか?」レトは不安そうに言う。

 「物によるさ。闘技場でお前が使った盾や、胸当ては支給してくれる。全身を覆う鎧は採寸が必要だし、特注品になるからな。城勤めの兵士も給料から引かれているぜ」

 「僕はあり合わせの物でいいです」

 「お前の強みはすばやい身のこなしだからな。あまり重量のある防具はかえって邪魔になる」

 ルッチは別の小屋の前で足を止めた。「ここだ」

 ふたりは小屋の中へ入った。

 「俺がどうしようたって関係ないだろ!」

 小屋に入るなり、ふたりに怒鳴り声が飛んできた。レトは目を丸くしたが、その怒鳴り声は自分に向けられたものではなかった。

 頭にバンダナを巻いた若者が同様の格好をした中年の男に喰ってかかっていたのだ。若者はバンダナを脱いで床に叩きつけると、足音も荒く小屋から出て行った。ふたりは慌てて道を空けて若者を通した。ひとり残された男は「バカ息子が」と小声で罵ると、じろりとふたりを睨んだ。「何だ。何の用だ?」

 「こいつに合う防具をもらいたいと思ってね。支給品だけでいいんだが……」

 ルッチはレトの肩に手を置いて言った。防具職人らしい男はフンと鼻を鳴らすと背後の壁を指さした。

 「あの壁に掛けてあるものは全部支給品だ。身体に合うものを適当に持って行きな」

 言うべきことは言い終わったらしい。男は工具の前に座るとふたりに目もくれず作業を始めた。カンカンと鉄を叩く音が小屋の中に響き渡る。

 「じゃあ、勝手に選ばせてもらうぜ」

 ルッチは壁に近づくと、レトを手招きした。レトが壁に近寄ると、いくつかの胸当てなどを選んではレトの身体に当てはめている。レトは胸当てと小手、小さな盾を手に入れて小屋を出た。

 「ルッチさん、ありがとうございました。武器や防具を揃えるのを手伝っていただいて」

 ルッチは手をひらひらと振った。「いいよ、礼なんて。俺はお前に背中を守ってもらいたいから手伝ったんだ。俺の生存確率を上げるためさ。お前のためだけじゃない」

 レトはうなずいたが、ルッチの言葉通りに受け取ったわけではなかった。ルッチは仮面で顔を隠すなど、いろいろと訳ありの様子だが、決して悪人ではないと思っていた。口調は乱暴だが、どことなく育ちの良さを感じるし、本質的には気性の優しい男だと見ていた。口調の乱暴さは、周りから見くびられないように気を張っているからなのではないか。レトはそう考えていた。

 「おい、レト」城へ戻る道を歩きながら、ルッチが話しかけた。

 「何です」

 「必ず魔侯を仕留めて、手柄をあげようぜ。そして、生きて国に帰るんだ。英雄になったら、今度はやりたいように生きられる。そんな考えは欲でも甘い夢でもないと、俺は思うぜ」

 「ガイナスさんの言ってたこと、まだ引きずってるんですか」

 ルッチは首を横に振った。

 「あいつの言ってたことは関係ねぇ。魔侯のせいで、すでに大勢のひとが死んでいる。そのひとたちだって、将来になりたいもの、やりたいことってのがあったはずだ。でも、殺されちまったら、それでおしまいだ。ガイナスの言う、甘っちょろい夢さえ見ることができないんだ。だからさ、甘っちょろい夢を見るために戦ったっていいじゃねぇか。俺はそう思うんだ。魔族どもと戦うのに、そんなに仰々しい理由なんているのか? こっちの夢の邪魔をするから、奴らを倒す。それも立派な戦う理由だと思うんだがな。捨てるべき甘さは、戦いの心構えだけさ」

 「ルッチさんの戦う理由って何なのですか?」

 ルッチは何かを言いかけて口を開いたが、横に首を振った。

 「悪い。偉そうなことを言っておきながらなんだが、今は言えない。もし、話すべき時が来たら話すよ」

 レトはそれ以上尋ねることはしなかった。ルッチは仮面で顔を隠すのと同じように何かを隠している。レトと打ち解けてはいるが、それでも壁を作っているのがわかる。それがレトのことを信用しきれないからなのか、隠し事の性質によるものなのか。今のレトにわかりようもなかった。

 その後、ふたりは互いに会話することもなく城へ戻った。

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