審査の結末【scene15~16】
15
「あなたもなかなかやるわね」
客席に戻ったルッチにガイナスが声をかけた。
「下段から相手の構えを弾いたとき、相手は腕が痺れてしまったようね。だから、あなたの上段からの攻撃を受け止めきれなかった。そんなところまで見越して攻撃するなんて、あなた見た目と違って上級者よね」
「どうも」ルッチは不機嫌な表情で手を挙げた。見た目では初心者に見えるということなのか。
「ちょっと気になったんだけど、あなた、さっきの構えに打ち込み。あれはメリヴェール騎士流の剣術よね? あなた、王国兵士だったのかしら?」
ガイナスの問いに、ルッチは目を丸くした。「メリヴェール騎士流を知っているのか?」
「アタシの趣味はね、各地を回って、いろんな流派の剣術を見ることなの。メリヴェール騎士流は真っ先に見た流派よ」
「……そうか。でも、俺の過去なんてどうでもいいだろ。俺の流派がそう思うんなら勝手にそう思ってりゃいい」
「あら、気に障ったかしら」
ガイナスは自分の頬に手を当てて言ったが、ルッチは何も言わなかった。ガイナスは両手を挙げて口をつぐんだ。
「ちなみにガイナスさんの剣術は何派なんですか?」レトがガイナスに尋ねた。
「あら、アタシの剣には流派はないわ。完全な我流。だからこそ、他人の美しい技に憧れるのよねぇ」何か気になることがあるのか、ガイナスは闘技場を見つめながら答えた。
「そうでしたか」レトはうなずいている。ルッチは感心した。こいつは誰とでも無難な会話をすることができる。うまく立ち回れば、どこでもそつなくやっていけるだろう。
ガイナスは闘技場を見つめ続けている。ふと、レトも同じ方向を見つめて動きが止まった。ルッチもつられて闘技場に視線を向けると、そこへ神官姿の男がひとり、闘技場の中心に歩いているところだった。食堂で今回の審査について説明していた男だ。たしか、名前はスライスと名乗っていた。
「皆さん、本日はどうもお疲れさまでした」
スライスは客席に向けて大声をあげた。
「審査の結果は会場入り口に張り出していた対戦表に追記して張り直します。合格者には氏名の頭に『合格』と記入し、不合格者には記入なしです。ただし、再審査を行いたい者もいるので、その者には『再』の文字が記入されます。再審査を受けていただく者は明日この闘技場で、今日と同じ時間から再審査を行ないますので、どうか参加をお願いします。再審査予定者で、辞退したい者はお早めに申し出てください。よろしくお願いします」
「何か、変な話になってきたな」ルッチは顔をしかめた。
「戦場に出るために、ここまで審査を受けなきゃいけないのかい?」
「何だか義勇兵になれない気がしてきました……」レトは表情が暗くなった。
「まぁ、今回合格になれば、関係のない話だ。そうだろ?」
ルッチはレトの肩をポンと叩いた。レトはあいまいに笑みを浮かべた。
数時間後、結果が張り出された。今度はレトも会場入り口に足を運んで、対戦表の自分の名前を探した。正確には自分の名前に『合格』とあるかを確かめた。
審査の結果は以下の通りだった。
ガイナス……合格。
ルッチ……合格。
レト……再……。
16
「どうかしたの?」
夜も更けてきたころである。闘技場の準備室でメリーが背伸びしながらラリーに話しかけた。ラリーは書類を見つめながらため息をついていたのだ。
「今日の審査でおよそ半分を落とした」
ラリーは書類をひらひらさせながら言った。
「落とした奴には、落とされて当然ってほど力不足の者もいた。そういうのには何とも思っちゃいないが、できれば戦力として加わってほしい奴もけっこういたんだ」
「しょうがないじゃない。こちらに余裕がないんだから」
「わかってるさ。俺だってそのことは承知している。それに、数の調整も兼ねて、明日に再審査を行なう者も選んでいる。何とか逸材を逃さないようにしなきゃいけないんだが……」
メリーが呆れたように腰に手を当てた。「何かはっきりしないわね。何に悩んでるのよ?」
ラリーは書類をメリーに押しつけた。「こいつのことさ。覚えているか?」
メリーは書類を受け取ると、そこに書かれた名前を読んだ。
「レト。カーペンタル村のレト、ね。覚えているわよ。なかなかいい動きしていたんだもの」
「そうさ。俺やトルバ、チェックも『合格』にしていたんだが、思わぬところから『物言い』が入ってな」
「どこから?」
「リオンからだ」
メリーは絶句した。
「リオンがあいつの合格に反対というか、あの試合だけで合格にするのは早計だと言ったんだ」
「あのリオンが? ほかのひとの審査には何も意見しなかったんでしょ? このレトって子にだけ?」
「そうさ。だから、今回は『再』をつけることになった。でもさ、お前が今言ったように、リオンが意見したのはこいつに対してだけなんだよ。それで、なんかこう、モヤッとしてしまってな」
ラリーは書類を取り返した。
「でも、わかるかもしれない」メリーは自分の頬に人差し指を当てて考えながら言った。
「だって、あの子、一番若そうに見えたじゃない。ひょっとしたらエリスと同い年かも。だとしたら、魔侯と直接やり合う戦いに参加させたくないって考えたのかも」
「エリスは参加するのにかい?」
「あの子は特別よ。いくらダメだって言っても、絶対ついてくるでしょうから。リオンに命を捧げるくらいの気持ちじゃなければ、子供みたいなひとについてきてほしくないんじゃないかな」
ラリーは椅子の背もたれに深々ともたれ込んだ。「そういう見方もあるか……」
「何? ほかの考え方でもあるの?」
「いいや。ほかの理由は思いつかない。そもそもメリーのような考え方もできなかったから、俺はモヤッとしてしまったんだ」
メリーはラリーの背後にある机に歩み寄った。そこには今回の審査で落とされた者たちの書類が散らばっている。もともとは受付で聞き取りして記録されたものだ。
メリーはその中から一枚を適当に取り上げた。
「あら、このひと、私と同い年。テンプル騎士団にいたんだって。あの騎士団って規律は厳しいけど、儀礼的すぎて実戦向きじゃないと言われてたのよね。今回、このひとがそれを証明した感じね。思い出した。私もこのひとにはあまり点数つけていなかったと思う」
「いきなり何を言い出すかと思えば……」ラリーは呆れ声を出した。
「私たちは間もなく戦場に出る。相手は魔侯アルタイル。とてつもなく強大な敵よ。これまで私たちが退治してきた魔物とは『格』が違う。命を落とす危険はこれまで以上になるわ。私たちは誰に背中を守ってもらうか。それを吟味するのにしすぎるってないと思うの。私たちが必要とするのは、かっこつけるだけしか能のない騎士じゃないわ。まして、経験の浅い若者でも。リオンが言いたいのはそういうことだと思うの」
「わかったよ。俺だって、初心者に背中を守ってもらおうとは思わないさ。ただ、それでも、このレトってのには何かあるって感じたんだがな」
ラリーは書類を再びひらひらさせてみせた。
「私だって合格点つけたわよ。でも、リオンがそう言ったのならそうなのよ。私たちは従うだけだわ。それに明日の再審査で、レトって子に大したところが見られなかったら、リオンの判断が正しいってことになるじゃない。要はそれだけの問題よ」
メリーの考えに、ラリーはうなずいた。
「そうだな。メリーの言う通りだ。とにかく明日の審査だ。それで新生リオン団の旗揚げだ。お互い、疲れる仕事になるぞ」
「そうね。だから私はもう寝るわ。あんたも夜更かしして明日の審査で寝ぼけないようにね。おやすみ」
メリーは手を振って出て行った。ラリーはメリーを見送ると、整理途中の書類に目を向けた。あともう少しかかりそうだ。
「しまった」不意に気づいたようにラリーは声をあげた。「メリーに手伝わせるんだった」