5.土蜘蛛の里
集落の奥に大きな建物があり、そこが長姫の宮だという。今から千紘はその宮にあがるため準備しなければならない。手前の家の中に入れられ、そこで湯を準備され身を清められた。白い衣を用意されそれを身に着けさせられた。
準備ができたのを確認し、千紘は宮の中へ案内された。
宮の中はひんやりとして肌寒く感じた。
「尹褄姫、連れて参りました」
耶麻禰が礼をとると奥から黒い蛇のようなものがにゅっと動き出した。巨大な黒蛇と千紘は怯えて後ずさりしようとしたが耶麻禰によって阻まれた。
「怯えるではない。姫よ」
美しい、しかし冷たい女の声が響いてきた。蛇と思ったものは女の長い黒髪で床に張り巡らされていた。
千紘が髪を切る以前もそこそこの長さであったが、この女性は以前の自分の何倍もの長さであった。これほど長い髪の女性をみたことがない。
「ふふ、姫よ。奥へ参れ」
そういわれ千紘は怯えながらも女の傍まで近づいた。近づいてようやく女の顔がみえてきた。青白い肌であるが、美しい娘がそこにいた。年は自分より2,3つ程上であろうか。夜桜を思わせる儚げな雰囲気を漂わせた美姫であった。
土蜘蛛の一族の長姫であると聞きどんな恐ろしいかを想像していたが、思った以上の美しさに思わず千紘はほおっとため息をついた。
「如何した?」
尹褄は小首をかしげる仕草をみせ、千紘は頬を赤く染めた。
「いえ、美しい方だなぁと思いまして」
土蜘蛛から散々酷い目にあわされたこともあったし、須洛から土蜘蛛を操る鬼の一族は信用ならないといわれ続けていたのに。
千紘は思わず思っていたことを口にしてしまった。
素直な娘の言葉に尹褄姫は気をよくして笑った。
「愛らしい女子よ。もっと傍によっておくれ」
千紘は尹褄姫によって手を引かれより一層近くまで侍らされた。
「あの………お願いがあります」
「何じゃ?」
「私がかけられた呪いを解いてほしいのです」
千紘はここに来た目的を話した。
自分に呪詛をかけたのが尹褄姫であることを知らずに。
「それは悲しいことであったな。いとしい者を手にかけるとは」
尹褄姫は話を合わせ千紘を不憫そうに慰めた。
それをみて耶麻禰は思わず笑いだしそうになる。千紘の愚かしさがあまりに滑稽で。
「ふぅむ、そなたにかけられたのは呪詛ではない。前世からの業よ」
「前世?」
「そなたの前世は古き一族の神に嫁がされる身であった。しかし、ある男に恋をし心まで神に尽くすことができなかった。神はそれを怒り、己の役割を果たさずいとしい男と共にあろうとするそなたに呪いをかけたのだ」
それを聞き千紘はぞっとした。
ちらりと耶麻禰を見つめた。己の役割から逃げた娘と冷たく言われた日を思い出したのだ。
「無名姫」
「そう、そなたの前世には名はない。名はこの世に縛り付ける鎖になるからだ。神に捧げられる身には不要………誰からも情を与えられず、神に身を捧げるだけを心の拠り所として過ごさなければならない姫であった」
尹褄姫も千紘の前世のことを知っている風であった。
「しかし、姫が過ごしていた場に一人の男が現れた。男の美しい赤髪に姫は見とれ、恋に落ちてしまったのだ………それがそなたの前世の過ちのはじまり」
それにより姫は心から神に身をささげることができず、神の怒りを買ってしまったのだ。
「ここで一時いとしい男が助かったとしても、神の怒りを鎮めない限りは再度苦難が降りかかるだろう。そなたがいなくなれば済む話ではない。すでに神はいとしい男のことも認識している」
「どうすれば、神の怒りを鎮められるのですか? せめて須洛だけでも許していただけないでしょうか」
千紘はそう尋ねた。それに尹褄姫はくすりと妖艶に笑った。
「再度神に身を委ね許しを乞うのだ」
そうすれば千紘は現世に戻れず、神の傍に仕える。最期を迎えてもその魂は神の一部と化してしまい輪廻に入ることは叶わないだろう。二度と現世に戻ることも、生まれ変わることも許されない。しかし、それで神は怒りを解き須洛に手は出さなくなるだろう。
「本当に? 須洛は助かりますか?」
「そなたの頑張り次第だ。しかし、今言ったようにそなたは元の世界に戻れなくなるぞ」
それに千紘は構わないと答えた。
「須洛は死んでいた私を助けてくださりました。ならもう十分です」
千紘によって与えられた業から解き放たれて自由になって新しいいとしい娘に出会えればいい。
「その神のもとへ行くにはどうすればいいのですか?」
「神が祭られているのは真鬼の里………鬼の祖となる古の一族の里である。人間のそなたが入るには少々苦痛を伴うだろう」
特殊な呪文が重ねてかけられていて生身の人は近づくことも許されない。そこに入ると自我を失い肉体と魂を切り離され解けてしまう。唯一入ることが許された人は死んだ身か、無名姫に選ばれた者かだ。
「あともう一つ」
尹褄姫はそっと千紘の肩を抱き囁いた。
「鬼の魂の器になればよい」
「なに………っ!!」
千紘は目を丸くして悲鳴をあげた。体の中に別の何かが無理やり入ってくる感覚を覚えた。恐怖で叫び、がくんと倒れこんだ。その上に尹褄姫が力なく倒れこむ。
しばらくして千紘はむくりと起き上がった。尹褄姫をじっと眺めふふっと笑った。
その笑みは今までの千紘から想像できない怪しさを放っていた。
「うまく乗っ取りましたか」
耶麻禰に言われ千紘はくるりと笑った。
「ああ、しかし………もう少女ではないみたいだな」
「まぁ、結婚してからずいぶん経ちますし御暈一族の長が手を出さないわけがないでしょう」
「ふむ、まぁ良い。まだ儀式に相応しい無名姫が誕生していない中、あの里にとってはこの娘を欲しいと感じるだろう」
役目を果たす予定であった魂と知れば猶更。
「その娘を連れ、里へ向かうのですね」
「そなたも嬉しかろう。ようやく悲願の親の故郷へ帰れるのだから」
それに耶麻禰はくすりと笑った。




