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番外編、初夢(甲斐君視点)

明けましておめでとうございます。

「ど~も~春日坂クレイジーソウルズでーす!」

「ところで甲斐君、聞いてくれん?」

「なになに、吉村」

「実はこないだ法事で地元に帰ったんやけど、大変やってん」

「どう大変だったんだよ」


「私もええ年やん? やから親戚連中が『いつ結婚するのん?』とか『ええ人おらんの?』とかしつこいしつこい」

「ああ~、言われるよな。俺も言われる」

「うるさいっちゅうねん。私が結婚したところで世界は救われるか? 戦争はなくなるか? CO2の排出はなくなるんか? なくならんやろ!」

「話が壮大すぎるから、もうちょっとスケール小さくしよ?」


「あんまりにもしつこいもんやから、最近はこう答えるようにしてんねん」

「どんなふうに?」

「白柳徹子さんが結婚したら、私も結婚したるわ! ってな」

「ごめん、意味が分からん」


「やって甲斐君、考えてみ? あれだけすごい女の人が結婚してへんのやで? やったら私が結婚してなくても何の不思議もあらへんやん」

「いや、不思議だらけだよ。徹子さんと比べんなよ」


「そもそも今の時代、結婚が絶対とちゃうやん。夫婦が共通の幸せをつかみ取るように、一人が自分だけの幸せをつかみ取ってもええと思うのよ。多様性の時代ってそういうこととちゃう?」

「ああ、うん、そうだな……おい吉村っ、ネタとちがうっ」

「それでも結婚せえ言われるんやったら、私は甲斐君としたい」

「……………………は?」

「甲斐君」

「へ」


 吉村が舞台上でひざまずき、どこからか小さな箱を取り出す。観客席がざわめいた。


「高校のときからずっと好きでした。私と結婚してください」

「……いや、え? は? ドッキリ?」

「ドッキリとちゃうよ。本気や。本気の気持ちや」


 嘘だろ。お前とは高校時代のクラスメイトで、大学時代に漫才コンビを組み、卒業と一緒にお笑い養成所に入った。あくまで相棒。そこに恋愛の「れ」の字もなかった。なかったはずだ。


「返事は?」

「ちょっ、待て!」

「待つよ。いつまでも」


 切ないような、愛しいような、そんな表情を浮かべる吉村にたじろいだ。助けを求めるように舞台袖に視線を飛ばすと、後輩芸人たちが「(ねえ)さんがんばれ!」と声援を送っていた。お前ら助けろ。


「ちょっと待ったーーーーーー!!」


 全員の視線が観客席の後ろのほうへと向けられる。手を垂直に上げた男はやおら立ち上がると、鼻息荒く舞台前までやってきた。


「吉村ひどいよ! 好きな奴はいないって言ったじゃん!」

「岩迫、来てたのか」


 こいつら、高校時代から今に至るまでずっとすったもんだしてるんだよな。


「ごめん岩迫君。君にプロポーズされて、初めて自分の一番大事なもんが分かったんや」

「プロポーズされたのか!?」

「されたけど断ったわ。甲斐君が好きやって分かったから」

「分かるな! 一生分かるな!」


 岩迫が今にも俺を殺しそうな目で睨みつけてくる。警備なにやってんだ。こいつをつまみ出せ。


「甲斐君」

「甲斐!」

「兄さん!」

(ねえ)さん!」


 気づけば観客は固唾をのみ、前門に吉村、後門に岩迫、そして周りをぐるっと囲む後輩たち。

 これは一体なんの悪夢だ。

 視界がぐるぐると回る。四方八方から名前を呼ばれ、気分が悪くなってくる。

 ついに視界がぐわんと揺れ、天井の照明が視界を焼いた。


***


 最悪の初夢だった。


 俺と吉村が漫才コンビを組んでるし、M-1優勝して名前は売れてるし、昼の情報番組のレギュラーは持ってるし、なぜか吉村は関西弁だし。

 まあそこまではいい。

 許せないのは、よりにもよって吉村と岩迫と俺との三角関係だ。まさか俺の願望?

 いやいや、ないない。俺は吉村にそういう気持ちを抱いたことは一瞬たりとてない。


「甲斐君、明けましておめでとー」


 こちらの葛藤を知りもしない吉村が、暢気な顔で登場した。

 冬休み明けに見る吉村は、相変わらずの眼鏡におさげで、そのスタイルは一年のころから変わらない。

 なのに夢の中の吉村は髪をおろし、眼鏡もなかった。夢とはいえ勝手に大人になった姿を想像している自分キモイと自己嫌悪に陥っていると、ロッカーにコートを入れた吉村が戻ってきた。

 そしてへらへら笑って席につくと、


「初夢に甲斐君が出てきた。チョー面白かったんだけど」

「俺も吉村が出てきたよ」

「マジか。両想いだな!」


 バシバシ肩を叩いてくる吉村を死んだ目で見つめる。今の俺には冗談でも笑えねえんだよ。


「なんかね、夢で私と甲斐君が結婚してた」

「え」

「そんで新居に引っ越ししたら、家に岩迫君がいた」

「怖い」

「三人で暮らして行こうねって言われて、ちびるかと思った……」


 最終的には吉村も俺と同じで目が死んでいた。やたらへらへらしているかと思ったら、無理やりにテンションを上げていかないと家を出るのも難しかったらしい。


「ほんと、初夢がこれってどうなの? 私はどんな顔で岩迫君と会えばいいんだよ」

「俺に訊くな」

「笑顔なのに目がバッキバキの岩迫君が怖かった」


 こっちの初夢でも岩迫は恐ろしい存在だった。あいつ絶対ナイフとか隠し持ってた。

 もし吉村が俺と結ばれようものならナイフ持って突っ込みかねない形相だった。


「ていうか俺との結婚はどうなんだよ。よく俺の顔が見られたな」

「甲斐君か。甲斐君はなぁ」

「なんだよ」

「実を言うと、甲斐君と結婚したり付き合ったりする夢は結構見てる」

「はぇ」


 新年早々の爆弾発言である。

 口の中から魂が抜けていくのが分かる。


「初めて見たときはかなり動揺したけど、こう何回も見てると慣れてきた」

「慣れんな」

「これだけ何回も見ているのに、現実の甲斐君を見ても全然キュンとこないんだよなあ」

「それはそれでムカつくな」


 勝手にひとりで悩んでいたのが馬鹿みたいだ。

 元旦から抱えていたモヤモヤが消えていくのが分かると、急に気分がすっきりしてくる。元旦からあまり食欲がなかったが、今日はいい気分でメシが食えそうだ。


「あ、岩迫が来た」

「やべぇ、どうしよ」

「いつもどおりでいいだろ。夢なんだし」


 二人でこそこそと会話をしていると、岩迫が笑顔で挨拶してきた。夢と重なり、ゾッとする。

 神妙な面持ちで挨拶を返すと、岩迫は不思議そうにしながらも席に着いた。


「なんか元気ないね」

「……も、餅を食べすぎましてね」

「おぅ、俺は、正月ボケかな」

「そうなんだ。しっかりしろよ二人とも」


 お前が原因だよ。どれだけ俺たちを恐怖のどん底に突き落としたと思ってるんだよ。

 吉村を見ろ。さっきから敬語になってるだろうが。


「わ、私、ちょっとお手洗いに行ってくる」


 そそくさと席を離れていく吉村を見送った。岩迫は心配そうだが、諸悪の根源はお前だから。どれだけ夢の中で怖がらせてんだよ。

 しばらく他愛のない会話を続けていると、岩迫がぽつりと言った。


「俺さ、初夢見たんだよね」


 話題にそぐわない強い視線を向けられ、俺は思わず顎を引いて距離をとった。


「……どんなの?」

「どんなのだと思う?」


 質問を質問で返さないでほしい。こういうやり取りをしてくる人間に限って、腹に一物を抱えてるんだ。

 嫌な予感を抱いた俺がすべきことは、「宿題やったか?」と無理やりに会話を捻じ曲げることだけだった。

 吉村、たぶん席を外して正解だったぞ!

最後なんでホラーになるんだ?

ちなみに私の初夢はクレジットカードを不正利用される夢でした。

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