第7話 並び立つ影、物語の始まり
セリアは回復術師。
本来は後方に立ち、傷を癒し、命を繋ぐ存在。
前に出る者ではない。
剣を振るう者の背を、静かに支える側の人間だ。
それでも――
彼女は一歩、踏み出した。
「……私は、後ろにいるだけの役目かもしれません」
小さく、だがはっきりとした声。
「でも……それでも、助けたいんです」
杖を胸元で抱き寄せるように握る。
白い指が、きゅっと力を帯びる。
「目の前で誰かが傷つくのを、ただ見ているだけなんて……嫌です」
視線は揺れない。
真っ直ぐに、王土を見ている。
「一緒に戦います。あなたを、守るために」
その声は震えていない。
決意だけが、そこにあった。
王土は、ほんの少しだけ目を見開く。
驚き。
予想していなかった一歩。
だがすぐに――
ふっと、力が抜けたように口元が緩む。
「……そっか」
短く、柔らかな相槌。
そして、少しだけ視線を逸らし――戻す。
「無理すんなよ、とか言うべきなんだろうけど……」
肩をすくめながら、一歩、セリアへ近づく。
「その、ありがとな」
軽く、だが確かに。
重みを持った言葉。
「正直、一人で突っ込むつもりだったけどさ」
少しだけ照れたように頭をかく。
「仲間がいるっての、やっぱ違うわ」
セリアの指が、ほんのわずかに強く杖を握る。
その言葉を、逃がさないように。
王土は剣を肩に担ぎ直す。
刃がわずかに光を反射する。
そして、ニヤリと笑った。
「セリアがいれば百人力だぜ!」
一瞬の軽口。
だが、その裏にあるのは揺るがない信頼。
「支えてくれるやつがいて、守りたい誰かがいて
――それでやっと“物語”になると思うんだ。」
目を細める。
「だからさ、セリア」
ほんの少しだけ、真面目な声。
「俺の背中、頼む。そしてお前のことは俺が絶対に守る!」
セリアは小さく息を呑み――
こくりと、頷いた。
「……はい」
静かに、しかし確かな返答。
その横顔には、もう迷いはなかった。
ざわめきの中で、何人かの冒険者が顔を上げる。
「小娘まで本気かよ……魔王軍相手だぞ?」
ざわざわと広がる不安と呆れ。
だが、その奥には僅かな――興味。
「……けどよ」
誰かがぽつりと呟く。
「目だけは、マジだったな」
二人は振り返らず、ギルドの扉へ向かって歩き出す。
王土が軽く手を振る。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
いつもの調子。
だが、その背中はどこか大きく見えた。
「……無茶は、しないでくださいね」
受付嬢が心配そうな顔で釘をさす。
「できる範囲でな」
王土は笑う。
「でもさ、ちょっとくらい無茶しねぇと――主人公っぽくないだろ?」
呆れたように、しかしどこか嬉しそうに。
「……もう。本当に、危なっかしい人ですね」
受付嬢が二人の背中を見ながら呟く。
「……頼みましたよ。」
外から差し込む光が、二人を包む。
扉の向こうは、現実。
血と恐怖のある場所。
それでも――歩みは止まらない。
床に伸びる影が、長く引き伸ばされる。
二つの影。
まだ小さい。
頼りないほどに。
だが確かに――
“並んだ影”だった。




