第6話 退かない――それが“主人公”だ!
――その時だった。
バンッ!!
重厚な木の扉が、外から叩きつけられるように開かれ、
ギルド内の喧騒が一瞬で引き裂かれた。
「大変だ!!」
叫びが空気を震わせる。
酒を掲げていた手が止まる。
笑い声が凍りつく。
視線が、一斉に入口へと向けられる。
そこに立っていたのは――息を荒げた男。
服は泥にまみれ、肩で息をしている。
額には汗。そしてそれ以上に、隠しきれない“恐怖”。
「ま……魔王軍の雑兵だ!!」
――ざわっ。
空気が、重く沈む。
「町の外れに出やがった!」
「このままだと村がやられちまう!」
その言葉に、場の温度が一気に下がる。
「マジかよ……」
「こんな近くまで……」
「誰が出る?」
声は上がる。
だが――動きは鈍い。
“魔王軍”。
それは、この世界における“死”の象徴の一つ。
並の魔物とは違う、統率された戦闘。
容赦のない殺意。
「魔王軍相手に戦うなんて正気じゃねぇよ……」
誰かが低く呟く。
その一言が、場の空気をさらに締め付ける。
セリアの手が、ぎゅっと杖を握る。
「魔王軍……」
震えを含んだ声。
だが――
その隣で。
王土の目だけが、違っていた。
燃えている。
「いいねぇ……!」
口元が吊り上がる。
恐怖ではない、期待。
まるで、ずっと待っていた“物語の山場”に出会ったかのように。
剣を抜く。
シュン、と鋼が鳴る。
「いきなりイベントかよ」
軽い調子。
だがその一歩には、迷いがない。
「行ってくる」
歩き出そうとした、その瞬間――
「お待ちください!」
鋭い声。
受付嬢だった。
カウンターから身を乗り出し、はっきりと王土を制する。
その表情は、これまでの冷静さを保ちながらも――わずかに揺れていた。
「あなたは登録したばかりのFランクです」
一歩、言葉を重ねる。
「魔王軍の相手は、訓練を積んだ中堅以上の冒険者でも命を落とす危険があります」
静かだが、確実に止める言葉。
周囲の冒険者たちも口を開く。
「そうだぜ、やめとけ。これは“遊び”じゃねぇんだぞ!」
「Fランク一人でどうにかなる相手じゃねぇ…」
「素人が戦っても死ぬだけだ!」
その言葉には、経験が乗っている。
ただの脅しではない。
“知っている”者の重み。
セリアも、王土の袖を掴む。
「そうです、危険です……!」
その声は、はっきりと震えていた。
だが――
王土は、立ち止まったまま。
少しだけ空を見上げるように視線を上げる。
静かに、息を吐く。
そして――笑った。
「……だろうな」
誰の言葉も否定しない。
全部、理解した上で。
それでも。
「…でも。だからこそ、行くんだろ?」
一歩、踏み出す。
視線をまっすぐ前へ。
「勇者ってのはさ」
ぽつり、と。
「どんなに不利でも…どんなに絶望的でも」
言葉が、ゆっくりと積み上がる。
「諦めないもんだからな。」
ギルドの空気が、止まる。
誰も、口を挟めない。
それは理屈じゃない。
ただの“信念”。
王土は軽く剣を肩に担ぐ。
「俺は――」
口元が吊り上がる。
「そういう主人公になるって決めてんだ」
迷いのない声。
受付嬢が、一瞬だけ言葉を失う。
止めるべきだと分かっている。
だが――
それ以上の言葉が、出てこない。
周囲の冒険者たちも同じだった。
無謀だ、だが――
その“無謀さ”に、どこか覚えがある。
かつて自分たちが捨てたものに似ている。
セリアの手が、少しだけ強く王土の袖を掴む。
そして――
息を吸う。
「……私も行きます」
震えはある。
それでも、前を向く声。
王土は振り返り――
少しだけ目を見開く。




