第5話 チートなき者の宣戦布告
王土は少し考え、そして肩をすくめた。
「あるっちゃあるが――」
ほんのわずかに、間を置く。
その間が、妙に長く感じられた。
口元がゆるむ。
「”チート”って感じじゃねぇな」
――止まる。
空気が、一瞬だけ凍りついた。
まるで、誰かが見えない糸でこの場の時間を引き絞ったかのように。
そして次の瞬間――
「ははっ!!」
爆ぜるような笑い声。
酒を飲んでいた男たち、壁にもたれていた剣士、椅子に足を投げ出していた女戦士まで――
次々と笑い出す。
「おいおい、今どきチート無しとか冗談だろ?」
「知らねぇのか? この世界、“当たり”引かなきゃスタートラインにも立てねぇんだよ」
笑いの中に混ざるのは、ただの嘲りではない。
それは“確信”だった。
この世界のルールを知る者たちの、揺るがない常識。
「Sランクの連中見たことあるか?」
一人の大男が酒をあおりながら言う。
「“竜殺し”のスキル持ちだ。あいつ、一人で山一つ消し飛ばしたぞ」
「“自動回復”持ちもいたな。腕飛ばされても三秒でくっつきやがる」
「“未来視”の女……あれは反則だ。戦う前に勝敗決まってる」
くつくつ、と笑いが漏れる。
「そういう連中が上に行く、そういう連中しか、生き残れねぇ」
ギルドの空気が、重く沈む。
“努力”や“根性”という言葉が、ここではあまりに軽いものとして踏み潰されている。
「で、お前は?」
視線が王土に突き刺さる。
「何も持ってねぇってわけだ」
「はははっ、無理無理」
「三日も持たねぇよ」
「いや、一日か?」
嘲笑、値踏み、切り捨て。
セリアが、不安そうに王土の袖をぎゅっと掴む。
その指先は、わずかに震えていた。
だが――
王土は。
まるで、そよ風でも吹いたかのように。
気にしてはいなかった。
「別にいいだろ」
静かに落ちた言葉。
だがそれは、不思議なほどよく通った。
ざわ……。
笑いが、ほんの少しだけ鈍る。
王土は剣の柄を、コツン、と軽く叩いた。
乾いた音が、やけに響く。
「俺は違う、やり方で強くなるだけだ」
一歩、前へ出る。
「努力して、仲間と戦って、そんで最後に勝つ」
まっすぐに落ちる。
飾りも、理屈もない。
ただの宣言。
王土は、ニヤリと笑った。
「そっちの方が燃えるだろ?」
――空気が、変わる。
完全な嘲笑ではなくなる。
誰かが口を閉じる。
誰かが視線を逸らす。
「……変なやつだな」
ぽつりと漏れる声。
「だが……」
続きは、誰も言えなかった。
否定しきれない“何か”が、そこにあったから。
受付嬢も、ほんのわずかに目を見開いていた。
その瞳に映るのは、評価でも軽蔑でもない。
“興味”。
だがすぐに表情を戻す。
「……では、登録を行いますか?」
「当然だ!」
即答。
迷いの欠片もない。
その声に、また少し空気が揺れる。
「では、こちらにお名前を」
ペンと羊皮紙が差し出される。
王土はそれを受け取り、迷わず書きつけた。
力強く、迷いなく。
「道行王土!勇者になる男だ!」
――ざわっ。
「変な名前だな……」
くすくすと笑いが漏れる。
だが今度のそれは、先ほどとは少し違う。
完全な嘲りではない。
どこか、引っかかるような笑い。
王土は胸を張る。
「覚えとけ!」
自分を指差す。
「そのうち有名になるぞ!」
言い切る、未来を疑っていない声で。
一瞬の間。
受付嬢は、小さく苦笑した。
「では、登録完了です」
手際よくカードが作られ、差し出される。
「ランクはFからのスタートになります」
王土はそれを受け取り、じっと見つめる。
粗末な木製のプレートに刻まれた“F”の文字。
最底辺。
この世界における、“無価値の証明”。
「一番下か」
一拍。
静かに息を吐く。
そして――
口元が、ゆっくりと吊り上がった。
ニヤリ、と。
まるで火が灯るように。
「燃えるじゃねぇか」
その一言は。
この世界の常識に、火をつけるには十分だった。




