第4章:風に舞う頁と銅貨の温もり
第4章:風に舞う頁と銅貨の温もり
ルイ市の排気ガスに霞む地平線の彼方へ夕日が沈みかけ、狭い石畳の路地を暗い琥珀色と禍々しい紫色に染め上げていた。一日の勤務時間は終わっていたが、産業区特有の重苦しい熱気は逃げ場を失い、高く聳え立つ赤煉瓦の壁面と複雑に絡み合う頭上の電信線の間に澱んでいた。
ケンジは濃い色のズボンのポケットに両手を深く突っ込み、革靴の底でリズムカルに石畳を叩きながら歩いていた。肩に食い込む重い革鞄の感触を感じつつも、彼の意識は遙か遠く、今日の午後オフィスで耳にした押し殺した囁き声へと引き戻されていた。
(召喚士……)
その言葉はどこか余分で、それでいて不思議な重みを伴って彼の舌の上に残っていた。本当にそんなに単純な話なのだろうか? 血の中に眠る未知のエネルギーに火を点けるだけで、人は本当にこの貧困の擦り潰すような渦から抜け出すことができるのだろうか?
突然、鋭く激しい一陣の風が狭い路地を吹き抜け、静かな夕暮れを切り裂いた。ドブに溜まった埃と枯れ葉が、小さな竜巻を描いて舞い上がる。ケンジが顔を覆う間もなく、ひとつのギザギザとした破片が空気を切り裂いて飛来し、彼の額にぴったりと貼りついた。
「ガッ――!?」
ケンジは思わず半歩たじろぎ、反射的に手を伸ばして顔からその物体を引き剥がした。
それはゴミでも、古新聞でもなかった。
指先に触れる素材は分厚く、質感があり、どこか硬かった――普通の木材パルプ紙というよりは、古代の羊皮紙に近い。沈みゆく黄昏の光にかざした瞬間、ケンジの暗い瞳が静かな衝撃に大きく見開かれた。
その紙切れは明らかに、非常に古い装丁本から引きちぎられたものだった。縁は黒く焦げて煤けており、火に焼かれた脆さを残していたが、中央部分は驚くほど完璧な状態で保たれていた。変色して黄色くなった表面には、古びた暗い深紅のインクで描かれた、鋭く洗練された記号が何行も並んでいる。
それらはエーテルガードで使われている標準的な文字ではなく、行政区で用いられるいかなる現代の書体とも異なっていた。文字は生きている蔓のように曲線を描いて交差し、怪しくも構造的な美しさを放ちながら脈動している。
ケンジの息が詰まった。彼の脳裏は即座に、自分の狭いアパートへ――布団の下に隠された埃っぽい木箱の中へと飛んだ。そこには古い服の層の下に、忘れ去られた重厚な革装丁の一冊の本が眠っている。かつて父親の遺品の中に残されていた、古代の忘れ去られた言語と、それを解読するために必要な複雑な手法が記された辞典だ。
(この文字……あの本に記録されていた『第三の方言』と一致する)
パリッとした羊皮紙を握るケンジの指が、かすかに震えた。
なぜ、古代の文献の焼けた断片が、こんなスラム街の汚れた路上を自由に漂っているのだろうか?
彼は傷つきやすい紙切れを自然な折り目に沿って慎重に折りたたむと、スーツジャケットの内ポケット――ちょうど自分の心臓の真上の位置に深く忍ばせた。
再び風が吹き荒れ、今度はさらに激しく頭上のトタン屋根をカタカタと揺らし、砂埃を巻き上げた。空は急速に暗さを増し、冷たい夜の嵐の到来を告げている。
ケンジは胸に手を当て、上着越しに折りたたまれた羊皮紙の鋭い輪郭を感じ取った。
(本当に……こんな仕事をあっさり諦めてしまっていいのだろうか?)
より大きな疑問が、今度ははっきりとした主張を持って脳裏をよぎる。
(ペンを捨て、台帳を残し、召喚士への道を試みるべきなのか……?)
彼は現実を知っていた。オフィスの事務員たちは、まるでエネルギーの覚醒がただの精神力ゲームであるかのように語っていた。しかし金もなく、後ろ盾もなく、さらには『佐藤』という落ちぶれた名を持つ自分がその道へ足を踏み出すということは、生きて戻れる保証もない深淵へと直進することを意味していた。
重い雨粒がひとつ、彼の頬に弾けた。
ケンジはまばたきをし、思考の渦から引き戻された。通りを見下ろすと、崩れかけた集合住宅の庇の下に、ひっそりと佇む小さな木造の店舗が目に入った。低い入口の上で柔らかく温かい黄色いランタンが揺れ、手書きの看板にはシンプルにこう書かれていた――『よろず屋』。
彼は歩道で足を止め、ズボンのポケットに手を突っ込んで底を探った。指先に冷たい金属が触れる. 取り出して手のひらの上で数えてみると――くすんだ銀貨が二枚と、傷のついた小さな褐色の銅貨が五枚。
それが、来週の雀の涙ほどの給料日までに彼に残された全財産だった。
静かにため息をつくと、ケンジは硬貨をポケットに戻し、強まる風に頭を低くしながら店の木製ドアを押し開けた。
彼が一歩足を踏み入れると、ドアの上の真鍮のベルが柔らかくちりんとお辞儀をするように鳴った。
店内の空気には、香ばしい大麦、乾燥酵母、そして甘いシナモンの香りがかすかに漂っていた。入口から木製のカウンターまでわずか四歩ほどの狭い店内に、単純な缶詰や小麦粉の袋、素焼きの壺が棚に並べられている。
カウンターの向こうには一人の老婦人が座っていた。銀 white(銀白色)の髪をきっちりとしたお団子に結い上げ、分厚いウールのショールの上に褪せたエプロンを掛けた手で、関節炎で腫れた指先を動かしながら毛糸のストールを編んでいた。
ベルの音に彼女は顔を上げ、風で服を汚した入口の青年の姿を認めると、シワの刻まれた目元を和らげた。
「こんばんは、お兄さん」
掠れているが優しい声だった。
「今夜は外はひどい荒れ模様だねぇ」
「こんばんは」
ケンジは静かに答え、慇懃に頭を下げた。
彼はカウンター近くの慎ましいパンの陳列棚へと歩み寄った。清潔な布の上に、硬い焼き色のついたライ麦パンが数個と、透明な湧き水の入った小瓶がいくつか並べられている。ケンジはパンを二つと水瓶を一つ手に取り、カウンターの上にそっと置いた。
ポケットに手を伸ばし、二枚ある銀貨のうち一枚を取り出すと、木製の表面を滑らせて差し出した。
老婦人は光る銀貨を見下ろし、それからケンジの蒼白な顔――疲れた瞳と、事務服の袖口のかすかな擦り切れを目に焼き付けた。
彼女は銀貨を拾い上げると、小さな木製のレジ引き出しを開け、彼が購入した品物の脇に褐色の銅貨を二枚置いた。
「今夜の風は意地悪だからねぇ、坊や」
老婦人は柔らかく呟き、パンと水、そして二枚の銅貨をケンジの方へと押し戻した。
「ずいぶんと疲れた顔をしている。隅のストーブの脇にベンチがあるから、嵐のピークが過ぎるまで座っていきなさいな。温かいお茶でも淹れてあげるから」
ケンジは二枚の銅貨を見つめた。銀貨一枚の価値は、シンプルなライ麦パン二つと水一瓶よりも遙かに高い。本来なら、お釣りはこんなに寛大なはずがなかった。しかし彼女は彼のプライドを傷つけないよう、声に憐れみを一切含ませずに、意図的に価格を調整して温もりと雨宿りの場所を差し出してくれたのだ。
ケンジの胸の中に不思議な温もりが咲き誇り、一日中彼にまとわりついていた冷たい憂鬱をひととき追い払った。
彼はパンと水を受け取り、二枚の銅貨をポケットに戻した。そして老婦人の目をまっすぐに見つめると、深く、心からの辞儀をした。
「温かいお心遣い、本当にありがとうございます」
ケンジの声は静かだったが、しっかりとしていた。
「ですが、本格的に降り始める前に家に帰ろうと思います。おばあさんも、今夜は気をつけてお過ごしください」
老婦人は優しく、すべてを察したような笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
「それじゃあ、気をつけてお行き。身体を冷やさないようにね」
ケンジは荷物をまとめると店のドアを押し開け、再び身を切るような夜の空気の中へと足を踏み出した。ドアがカチリと閉まると背後でベルが鳴り、小さな店の心地よい温もりを閉じ込めた。
暗い通りを歩きながら、吹き荒れる風を建物の角で避けつつ慎重にパンを抱え込むケンジの唇に、かすかな笑みが浮かんでいた。
(昔から言う通りだな……)
焼けた古代の紙が隠された胸元を固く締め直しながら、彼は思った。
(貧しい者の苦しみを本当に理解できるのは、同じように貧しい者だけだ)
足取りは少し軽くなり、澄んだ心を取り戻したケンジは、ルイ市の暗い闇の中へと姿を消し、我が家への途についた。




