夏の日のホラーを一緒に
ホラーは1人で観るもんじゃない。家族でも友人でも恋人でも、怖かったことや驚いたことを共有できるように他者とみるべきだ。
夏の日のホラーを一緒に
友人の家に泊りに来た。いつも楽しくこの部屋で学校帰りにしゃべったり、ゲームしたり、宿題を一緒にしたりする。
その友人が怖い話しをひとりで視れないからと、俺に泊っていけと提案したのが事の始まりだった。
霊感はないと言っているこの友人は俺に「絶対お前みたいな態度のデカい奴には幽霊もビビるだろうから、傍に居ろ」と矛盾したことを俺にいう。
「褒めてんのか、貶してんのか」と尋ねると、「どっちでもない。俺の危機管理能力がお前をそばにおけと告げている」という。どんな立場になっているんだ。おまえは、お前の頭の中で。ただ、俺も怖い話などを友人と見て遊びついでにお泊りが出来るなら、学生のイベントごとのようで楽しそうだったのでその申し出を俺なりの都合のいいように受けた。
「おい、菓子を寄こせ」
「若いうちからそんな横暴なセリフを吐いていては、恋愛は長続きしないどころか芽生えるかどうか」
「なんだそんなことか。俺は結構モテるらしいぞ」
「うわー。それは相手の方が気を使ってくださっているからそう言ってくれたんじゃないですか。日頃の行動のたまものと言いますか」
「そうかそうか」
「褒めてねぇ」
友人は自宅の台所からお菓子をいくつか持ってきた。飲み物もある。
「サンキュー」
「迷える子羊に美味しい食べ物と飲み物を」
「俺がいつ迷っている」
「お前は尊大な態度で生きているから自分が今迷子になっていても気づけないんだ」
「お前の家に来て、しっかりお前の要望にこうしてこたえているのにか」
「お前の魂胆はもう分かってるんだからな。俺の要望に答えようとこうして行動を起こすこともお前にとっては朝飯前。てめぇの都合で来たんだろう」
「悪いかよ、それで」
「俺の要望に応えろよ。さてはきさま、ホラーが得意じゃないな」
「そ、そんなことはない」
「明らかに動揺してんじゃないか。分かり切った嘘をついてクラスの皆の心を掌握するその姿勢、許し難し」
「どうなってんだ。お前の中で俺の印象は?」
「これをしっかり視て、俺を守るがいい」
「結局ホラーが怖いんじゃないか」
「怖いわ馬鹿野郎。常人の常だ」
「常?」
「当たり前だってことだ」
そう言って、テレビ画面にホラー映像を映し始めた。
人並みにホラーへの怖さはある。緊張する体に、じーっと画面を凝視しようとし始める姿勢。タイトルと共に大きな音が流れた。
「大きい音を出せばいいってもんじゃないだろうが」
「ホントだ馬鹿野郎。怖いだろう」
階段を上がってくる音が聞こえた。
この部屋の扉が開く。
「あんたら大声で怒鳴り合うの止めて頂戴。大丈夫って声がかかったでしょう」
と友人の母親がやって来て文句を垂れた。
「これからホラーを視るんだ。気合を入れないと」と友人が言った。
あの訳の分からない会話はそういう意図があったのか。確かに大きな声で言い合った。
笑うのをこらえて、友人の母親が部屋を出るのを見届ける。
扉を閉めた後、もう一度開けて、彼女はこちらへ問うた。
「夕食準備するから。泊っていくでいいのよね」
「合ってる」
「お世話になります」
「ええ、ゆっくりね」
そう言って扉を閉めて階段を下りて行った。画面の方を見ると、CMが流れていて夏のビーチに水着姿の女性。プール系のアミューズメントパークに遊びにおいでよというものだった。
「夏の海。そしてプールいいねぇ」
お泊りの後に待ち構えている夏休みに行ってみるのもいいかもしれない。そんな思いにかられている俺に気づかないのか、
「楽しいそれらの思い出の写真には、可笑しな点が、キャー!」と夏の心霊写真定番のセリフを言ってホラー感を楽しんでいる友人。
「やめろよ。せっかく可愛い女性を見かけた後なのに」と文句を言うと、
「これからホラー視るのにか」と言われた。
「じゃ、ホラー視るの止めるか?」と言うと、「もう始まった」と言ってテレビの画面を見始めた。友人はテレビを楽しく視聴し始めた。
俺の中に、恋人とこうして気持ちのすれ違いが発生して別れようと決意する大人の女性の決断が思い浮かんだ。髪の長くてとても綺麗な立ち姿。
テレビ画面を見ると、もうすでにタイトルに出てきた。髪の長い白いシャツに白いプリ―ツスカートを履いた女性が暗闇の中に立っていて、文句を言っている。カメラを構えているのが一緒に行動している男性ということなのだろう。肝試しにでも着ているのか、夏の夜の公園でカメラを回している。
からかいや軽い口喧嘩。そしてイチャつく会話。ホラーを体験する前に、俺たち男子高校生には夢のようなひと時を過ごしている彼らに殺意を感じる。
俺たちを怖い世界に導くこのカップル。そんなところでイチャついている場合か。そうか、こうしてその場に居合わせているのか、その場に居る幽霊も怒りを覚えてこうしたカップルに恐怖を与えているのか。
世の中の理のひとつをあたかも知ったかのような心持になった。
おっといけない。画面では、もうすでに幽霊らしき人の影が移りだしていた。考え事をしていてホラーを楽しめていなかった。
隣を見ると、枕を抱きしめて手で握っている友人が、口を開けて、集中して見ていた。あれくらい集中して視るから怖いのではないだろうか。そう思うと、ホラーに対して一定の恐怖を覚える自分の今のこうしてつらつらと考え事をして見ていない行動にも説明が付くような気がする。
会話の時に困らないように視ていなくては。
「キャー」
とテレビの女性が男性に抱きついて怖がっている。男性も嬉しいハプニングかもしれないが、いかんせん。この物語では男性にも見えているらしい。男性も怖がっている。甘いひと時を味わっている場合ではない。
なんてもったいないことなんだ。漫画だと嬉しいと感覚で察知する若者の多いことだというのに。
ホラーだとそんなわけにはいかないな。さきほどのなんでもないイチャついている会話の雰囲気が恐怖と緊張に切り替わっている。
来た道を戻るには入り込んでしまったようだ。
「って、あー」
「!? びっくりした」
こっちを睨んでからテレビを見る友人。
後ろから現れたから戻れなくなってるんじゃん。
すると携帯電話がなり始めた。
「!? あ」と驚く友人。
カメラを回している男性がポケットから携帯電話を取り出した。知らない番号からかかってきた。何故か男性は、通話ボタンを押した。通話中にして、耳元に携帯電話を当てる。すると、
『出ていけぇー立ち去れー』
という男性と女性の複数の声がこだましたりエコーになっているように聞こえた。
女性が男性に抱きついてから顔を上げる。すると女性の顔はのっぺらぼうだった。
「ギャー!」
男性は叫ぶ、男性の耳元で『見たなぁ』と長い髪と薄ラ笑う口元が映った。
男性は慌ててのっぺらぼうの女性を振り払い置いて逃げていった。
すると携帯電話が鳴った。今度は友人の携帯電話だ。正直ビビった。終ったと思って油断をしていた。
まったく誰が何の用で、と思っていると、
「ええー!」とびっくりする友人の声。
「どうした?」と聞くと、
ホラーのBGMが大き目な音になって聞こえてきた。
こちらを見る友人。
「泣いちゃう」
「泣くな、気持ち悪い」
「だって、追試だって」
「はははははは」
「もう、笑い事じゃないよ。しかもひとりでだって。先生そこのところどうにかなりませんか。ひとりで追試って酷すぎる。先生と一対一でしょう」
「甘いひと時だな」
「現国だから、甘いは甘いでもあの人甘党だからそっちの甘いじゃない」
「ははははははは」
「先生も笑ってる」
そりゃそうだろう。現国の先生が甘党なのは先生たちの間だけじゃなく生徒の中でも有名な話しだ。学校から支給されている携帯電話のストラップは甘い小豆ののったお菓子の形のものだったり、授業の合間に美味しいお菓子に出会ったと報告する先生だ。
「えー。わかりました。それについては現国の先生とお話しさせていただきます」
テレビの画面では車に乗って移動して逃げいてる男性の姿が映っている。ホラーの幽霊の姿さえ大人の仕事のように思えた。催し物を盛り上げてくれようとしている大人の姿だ。
いつの間にか通話を終わらせた友人が言った。
「追試は決定だって」
泣いているのだろう。枕に顔をうずめている。
「ホラー見ないのか」
「現実って怖いね」
「おまえ、ホラー映像見ながら言うことじゃないぞ。作成された映像作品だから楽しめるんだ。当然エンターテイメントとして寛いで視ているんだからなぁ。それを本当のようにしてみろ。寛げねーじゃねーか。夕飯いつもの時間に食べたいだろう」
「うん」
「だからそんなこというなよ」
「わかった。悪かった」
「ほら、男性もどうにかこうにかして、塩と数珠を手にした祈祷師にお祓いを頼んでいるぞ。お前も追試パスできるように、現国成績いい奴にアドバイスを貰えるように、今からアポ取っておけ」
「わかった。確かに、そうする」
携帯電話を見る彼には、もうホラーの映像はどうでもいいようで、しょんぼりしている。
数回のやり取りの後に、
「見せてもらえることになった。ノート」
「よかったなぁ」
「慰めてー。ホラーも嫌だけど、追試で気落ちしている野郎を慰めるのも嫌だわ」
「酷い」
「彼女か、お前は」
「いやん、今気が付いたの?」
「ホラー終っちまうぞ」
「あ、しまった」
「そうだろう。もう一回は見ないからもう一度見たかったらひとりで見ろよ」
「いやだ」
駄々をこねだした友人にお菓子を渡し、テレビの画面をちらりと見た。
一瞬、祈祷師と目が合ったような気がした。
気のせいだろうと思って、もう一度視線を向けると、今度はおばけと目が合った気がした。祈祷師と目が合うよりもやばいと感じた。背筋が寒く感じたのだ。
友人のそばに移動し、抱きかかえながら言った。
「わかった。今夜はこうして慰めてやるからしっかり俺につかまって、俺を守るように」
「なに? どういうこと?」
「いや、いいから」
「こわっ、冗談だよ彼女感のある会話は」
「わかってる」
「わかってるんなら、もうちょっと離れて、もといた場所でいいじゃないか」
「んー。このままでいい」
「ちょっと、腕の力を緩めてくれって」
「わかった」
「なんだよ。結局怖いんじゃんかよ」
諦めたのか友人は携帯電話を操作し始めてホラー映像に興味が失せてしまったようだ。
その時扉が開いて友人の母親と姉が立っていた。
「あらやだ。あなたたち」
「あんたたち、仲が良いとは思っていたけれど。まさかそっちだったとは」
「母さん心の準備をしておかないといけないのね」
「ちょっと、へんなこと言わないでよ。勘違いだって」
姉の方はテレビの画面に映るホラー映像を視て言った。
「君はもっと堂々と覇気でこういう怖い物を弾き飛ばすキャラクターだと思っていたわ」
「どういう人間になってるんですか、お姉さんの中での俺は」
「そうだよ。まったく弾き飛んでいくかと思ったのに、これだよ、もう」
なんでお前までがっかりしているんだ。
腕を緩めて離れようとしたときに、
「離れるんじゃないわよ」と言われた声にビックリして、振り向くと、お姉さんがカメラをこちらに向けていた。
「ちょっと、やめてよ」などと友人は言いながらピースをしている。お道化て女性っぽい仕草までしている。
ホラー映像鑑賞中に記念撮影などするもんじゃないと思うんだが。
「あ!?」
撮影した写真を見てビックリしてみせるお姉さんは、すぐに「なんちゃって」と言っておどけて見せた。
「ごはん早めに食べちゃってッて言いに来たの」
「はーい」
友人と一緒に立ち上がって、テレビの電源をオフにして部屋を出て階段を下がっていった。
すると画面が一度ついて砂嵐が起こった。
そして消えた。
暗い画面に、友人の部屋が薄っすら映っている。
一緒に見ているはずなのに、この温度差。ホラー映像に対しては冷めているような主人公。内容をしっかり把握するほどには視ていなかったような。しかしその主人公は実際の違和感や不快感を感じていた。気づいてもそのことには触れないで黙って気づいていないようにして、いつもの日常と同じような行動を行い、いつもの日常から離れないように気を付けてください。




