第一章 天眼異変編 第三話「死霊の森へ向かう道」
妖幻郷――鞍馬第二山。
その道のりは、次第に“道”と呼べるものではなくなっていた。
踏み固められた地面は消え、代わりに根が絡み合い、岩が突き出し、風は鋭さを増していく。
「……けわしい」
源 梨花は息を整えながら、足元を見つめた。
一歩進むたびに、地形が彼女の意思を試すかのように立ちはだかる。
「まぁ、まだ山の中だしな。それに死霊の森の方向はこの道なき道を通らねばならん」
八咫烏は淡々とした声で言う。
「これも修行だと思え」
「うぅ〜……ねぇ、八咫烏」
梨花は足を止め、小さく顔を上げた。
「なんだ?」
「英雄様達って、どういう人だったの」
その問いに、八咫烏はわずかに間を置いた。
「ふむ、そうだな」
風が木々を揺らす。
遠い過去を思い出すように、静かに言葉を続けた。
「最初はただの迷い人の半妖だった。だが仲間を見つけ、力をつけ――」
「……うん」
「安倍晴明に勝った」
その一言に、梨花の目がわずかに揺れる。
「……」
「だがな。あの戦いは多くのものを失い、大きなものを得た戦いでもあった」
八咫烏の声は、どこか遠くを見ているようだった。
「そう、なんだね……」
梨花は胸の奥でその言葉を噛みしめる。
「見てみたかった気もするし、怖い気もする」
その正直な言葉に、八咫烏は短く答えた。
「今の者は今を生きろ」
「はい!」
その返事は、さっきよりも少しだけ強かった。
その時――
「おぉ〜、珍しい、領主様だぁ〜」
のんびりとした声が、頭上から降ってきた。
「む?」
八咫烏が視線を上げる。
木の枝の上に、だらりと寝転がる少女の姿があった。
「抹茶か」
「そうだよ〜抹茶だよ〜」
ゆるい声で返事をするその少女は、妖怪「茶袋」――抹茶。
「ん〜?茶道教室〜?順調順調〜♪」
「はじめまして、抹茶さん」
梨花が丁寧に頭を下げる。
「領主様〜、さんはいらないよぉ〜。だってぇ〜えらい人だから〜」
「ふむ、その心はいいぞ」
八咫烏が軽く頷いた。
そしてすぐに本題へ入る。
「“目”についてなにか知らないか」
その瞬間、抹茶の動きがほんのわずかに止まった。
「“目”かぁ〜……」
枝の上で寝返りを打つように視線を流す。
「……しらないかなぁ〜」
「そうか」
八咫烏は短く言い、踵を返す。
「邪魔したな」
「ううん〜いいよ〜別に〜」
抹茶は変わらぬ調子で笑っていた。
「ありがとうございます!」
梨花はもう一度頭を下げる。
「お役に立てなくてごめんね〜」
「ううん、大丈夫だよ。なにかわかったら沙霧村の屋敷までお願い」
「うん、わかったぁ〜。じゃ〜ねぇ〜」
ひらひらと手を振る抹茶。
八咫烏は軽く一礼する。
「また会えたら会おう」
「はい、それでは、失礼します」
そうして二人はその場を後にした。
抹茶は枝の上から、ゆるくその背中を見送る。
「ばいば〜い……」
ぽつりと呟いたあと、ふっと目を細めた。
「……頼もしそうな新領主だねぇ〜。梓様も誇りだろうねぇ〜」
――鞍馬第二山 麓。
「やっと出れた〜」
梨花は大きく息を吐いた。
山の圧迫感から解放された空気が、肺に広がる。
「うむ」
八咫烏は周囲を見渡す。
「では向かおう。それとも休息するか?」
その問いに、梨花は即答した。
「いえ!行きます!」
迷いのない声。
八咫烏はわずかに口元を緩める。
「うむ!よく言った」
そして、前を向いた。
「では行こう。まだまだ先だ」
その先にあるのは――死霊の森。
静かに、確実に、空気が変わり始めていた。
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