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ゴミ捨て場の姉弟

やがて、村の外れに差しかかる。


空気が、急に重くなる。


蠅の羽音が、耳にまとわりつく。


そこには――捨て場があった。


村人たちが、バケツを持って来ては、無造作に中身を投げ捨てている。

汚物が積み重なり、黒く沈んでいた。


臭気が、空間ごと押しつぶす。


「ここだね」


私は指をさす。


妻はハンカチで口元を押さえ、小さく頷く。


「さすがに……ここに長居は無理です」


視線を逸らす。


「そうだね。行こう」


私は踵を返しかける。


そのときだった。


視界の端で、何かが動く。


二つの小さな影。


捨て場のすぐそばで、子供たちが――

何かをしていた。


「あなた達は、何をしているの」


妻の声は静かだったが、わずかに鋭さを帯びていた。


子供たちは、びくりと肩を震わせる。

すばやく、何かを背中に隠した。


ボロボロの服。

薄汚れた頬。

絡まったままの髪。


「やめなさい」


私は妻の肩に手を置く。


「だって、あなた……」


彼女は私の裾を引く。


「わかってる。あの子たちのことが心配なんだろ」


耳元で囁くと、

妻は小さく頷いた。


私は一歩前に出る。


「私はアルフレッド・ヒカエル。こちらは妻のマーガレット。昨日、この村に来たばかりでね。この村のことはよく知らない。色々、教えてくれないかな」


できるだけ、穏やかに。


少女が、こちらを睨む。


「私たちは仕事中よ。おじさん達の暇つぶしには付き合えない」


短く言い捨てると、

すぐに視線を落とし、また何かを探しはじめた。


私は、周囲を見渡す。


捨て場。

積み上がった汚物。

その中に、価値のあるものは見当たらない。


だが、少女の籠の中に――

わずかに、野菜の皮のようなものが見えた。


食料。


「……」


胸の奥が、重くなる。


「あの子たち、食料を集めてるんじゃない?」


妻が、低く囁く。


私は、ゆっくりと頷いた。


助けたい。

だが、軽率に与えれば、こちらが立ち行かなくなる。


ここは、そういう場所だ。


私は、一度目を閉じる。


そして、開く。


「君たちは食料を集めているのだろ。探し回るのは大変じゃないか?」


声を落として、問いかけた。


「大変に決まってるじゃない。もうイライラさせないで」


少女は立ち上がり、こちらを睨む。

その目は怒りではなく、擦り切れた何かだった。


「行きましょう」


妻の声が落ちる。


私は何も言わず、歩き出した。


背後で、足音が近づく。

誰かがバケツを捨てる音。


子供たちが駆け寄る。

かがみ込み、手を動かし、

また別の場所へ散っていく。


同じ動きの繰り返し。

終わりのない作業。


……


私たちは、村長のもとへ戻った。


扉の前で声をかけると、

村長は中へ招き入れず、外に出てきた。


「すまんが、妻が伏せっているのでな」


力の抜けた声。


「お身体が?」


私が問う。


「長年の負担だろうな。ここの環境は劣悪だ」


村長は肩を落とす。


妻が一歩前に出る。


「捨て場の子供たちは……」


その言葉に、村長の口元が歪む。


「あれは、存在しない者たちだ」


苦笑とも、諦めともつかない表情。


「しかし……」


妻が続けようとする。


「子供らに、何もできない絶望を、あんたらまで味わう必要はない」


視線を落とす。


空気が、静かに沈む。


――そういうことか。


私は一歩だけ踏み込む。


「答えなくていい。もし事実なら、ただ頷いてください」


村長が、横目でこちらを見る。


その視線には、問いがあった。


――お前に、何ができる。


言葉にはならないまま、

その意味だけが、はっきりと伝わっていた。


「子供たちの親は、ここの住人だったが亡くなった」


私は、静かに言った。


村長へ視線を向ける。


村長は目を閉じ、ゆっくりと頷く。

否定はしない。


「子供たちへの配給は、行われていない」


言葉を重ねる。


村長の顔は、固まったままだった。

やがて、小さく口を開く。


「……ワシは何度も抗議した。でもムダじゃった」


声はかすれていた。


「子供たちの家は、ある」


私はさらに踏み込む。


村長は、首を横に振る。


その肩が、わずかに震えていた。


昨日、広場で見た男とは違う。

背筋を伸ばし、村を束ねていた姿はもうない。


今、目の前にいるのは――

ただ、疲れ果てた一人の老人だった。


この場所で、何度も抗い、

何度も打ち砕かれてきたのだろう。


私は、ただ見ていた。


彼は、ここで絶望を感じ続けている。


それだけが、はっきりと伝わってきた。


……

私たちは、村長の家を後にした。


妻は、一言も発さない。

歩きながら、ただ考え続けている。


沈黙が、重く続いた。


家に着くと同時に、妻が振り返る。

まっすぐに、私の目を見る。


「アルフレッド。水汲みの手伝いが欲しい」


その言葉で、すべてが繋がる。


「水汲みの手伝い?それなら……」


言いかけて、止まる。

意図は、わかっていた。


私は室内を見渡す。


「子供二人が寝るスペースはあるかな?」


妻が、部屋の隅を指差す。


「ここがいいんじゃない?」


「そうだね。じゃあ、お手伝いしてくれるか。交渉しなくては」


その言葉に、妻ははっきりと笑った。


――決まった。


私たちは、再び捨て場へ向かう。


少女は、まだ同じ場所で探していた。

私たちに気づくと、鋭く睨み、すぐに視線を落とす。


「水汲みの仕事を依頼したい。報酬は、寝る場所だ」


私は簡潔に言う。


少女の肩が、小さく跳ねる。

少し離れていた少年が近づき、耳元で何かを囁く。


少女が顔を上げる。


「何が目的?」


その目は、警戒で満ちていた。


君たちを救いたい――そんな言葉は、ここでは通じない。


「ごめんなさいね。私は水汲みが苦手なの。だから、手伝ってくれないかなって」


妻が、やわらかく言う。


少しの沈黙。


「……わかったわ。でも、お湯も欲しいし、できれば暖炉も使わせてもらいたい」


少女は視線を逸らしながら、条件を出す。


私と妻は、目を合わせる。


「わかった。交渉成立だな」


私は手を差し出す。


「私はアルフレッド・ヒカエル。彼女は妻のマーガレットだ。よろしく」


少女と少年が、ためらいながらも手を伸ばす。


小さな手だった。


「私はロゼ・ドーマス。こっちは弟のジョン・ドーマス」


その名を聞いた瞬間、記憶がかすかに揺れる。


ドーマス――

たしか、前宰相の……。


私は、そこで思考を止めた。


過去は、ここでは意味を持たない。


目の前にいるのは、ただの子供たちだった。



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