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対立

アルフレッド・ヒカエルの実家。


夕方の光が差し込む食卓で、空気だけが張りつめていた。


「孫を守るのに理由はいらんじゃろ」


ワトキンが、拳でテーブルを叩く。

木が鈍く鳴り、エールの入ったカップが揺れて中身をこぼした。


「もう……」


アルフレッドの母が慌てて布で拭く。


「父上。孫を守るのは良い。私も同じ気持ちだ。だが、やりようがあると言っているんですよ」


トーマスも負けじと手を叩きつける。

今度はチーズが皿から転がり落ち、床に跳ねた。


「ほらもう……」


母が屈み、チーズを拾い上げる。


「もう仕方ない人たちだね。テーブルの上、片付けましょう」


祖母の声は穏やかだった。

その一言で、場の熱がわずかにほどける。


皿が下げられ、カップが寄せられ、

テーブルの上が少しずつ整えられていく。


「それは食べるんじゃ」


ワトキンが、拾われたチーズを指差す。


「はいはい」


祖母は笑いながら、それをそのままワトキンの口に放り込んだ。


もぐもぐと咀嚼する音が、短く響く。


「……で、トーマス。どうやって息子を救うんじゃ」


ワトキンが言う。


トーマスは腕を組んだまま、視線を落とす。


「そこが問題なのですよ。ただ抗議したところで、国の方針は変えられやしない」


小さく、息を吐いた。


「たしか……アルフレッドの研究は、国王様の叔母様の足も救ったとか、聞きませんでした?」


祖母が口を開く。


「ええ、それは私も聞きました」


母も頷く。


「そうじゃ。叔母様を救ったのに、国王の奴め。恩を仇で返しよって」


ワトキンがまた拳を上げる。


「あなた。叩くのはいいですが、壊れたらお小遣いで買い替えてくださいよ」


祖母が笑う。


拳は、宙で止まった。


トーマスが顔を上げる。


「国王様の叔母様に、動いてもらうことはできないでしょうか」


その視線は、まっすぐワトキンへ向けられていた。


ワトキンは、しばらく黙る。


「……叔母様を救ったのに、国王の奴は動かぬぞ。そんな道理なんぞ、気にかけぬわ」


再び拳が動きかける。

だが、今度は振り下ろされなかった。


食卓の上に、言葉だけが残った。


……

同じ頃――


王城の奥、静かな一室。


マリーは椅子に座り、深く目を伏せていた。

窓から差し込む光が、その横顔を淡く照らす。


「しかし……恩人であるアルフレッドの助けになれぬとは、なんとも情けないこと」


言葉は低く、重かった。


テーブルの向こうで、セバスが一歩近づく。

整えられた料理に手を添え、静かに差し出す。


「マリー様。お気持ちはわかります。ただ、お身体に障ります。食事だけはしっかりとお摂りください」


マリーは、ゆっくりと首を振る。


「私だけが健康になり、恩人のアルフレッドは辺境で苦しむ……考えるだけで、道理に反するわ」


目を閉じる。

そのまま、動かない。


セバスは一瞬だけ視線を落とし、そして言った。


「マリー様。アルフレッド様のお陰で、あなたの足は回復しました。恩に報いるには、まずあなたが健やかであることです。いずれ、機は訪れます。それまでは、どうか英気を養ってください」


頭を下げる。


沈黙が、部屋を満たす。


やがて――


「……わかったわ」


小さな声。


マリーは手を伸ばし、スープの器を取る。

ゆっくりと口元へ運ぶ。


静かな室内に、かすかな音が響いた。


そのとき。


「……マリー様。探偵を雇われてはいかがでしょうか」


セバスの声は、さらに低かった。


一瞬、空気が変わる。


マリーの目が、開かれる。


その奥に、先ほどまでなかった光が灯っていた。


……

王都の外れ。


人通りの途切れた通りに、石造りの民家がひっそりと建っていた。

壁は蔦に覆われ、窓の縁は黒ずんでいる。


入口の脇には、粗末な木の板。


――ボンズ探偵所


雑な文字が、それだけを告げていた。


このあたりで、探偵を名乗る場所は、ここしかない。


「ごめんください」


セバスが、扉の前で声を張る。


返事はない。

しばらくの沈黙。


やがて――


ぎぃ、と鈍い音を立てて、扉がゆっくりと開いた。


隙間から現れたのは、小柄な男。


ぼさぼさの髪。

着古した服。

どこか頼りない立ち姿。


「はい。どちら様で?」


年の頃は三十代後半。

その声も、見た目と同じく覇気がなかった。


「仕事の依頼で来たのですが、お時間を頂けますか?」


セバスの声は、静かで無駄がなかった。


男は答えず、足元から頭の先まで視線を這わせる。

値踏みするように、ゆっくりと。


「……すまない。家の中は散らかっている。外で話してもいいか」


気の抜けた口調だった。


「もちろん構いません」


セバスが頷くと、男は何も言わずに扉を閉め、家の中へ戻る。


すぐに、内側から物音が響きはじめた。

ごと、ごと、と何かを動かす音。


そして――


(ぎゃー)

(びゃー)


場違いな叫び声が、壁越しに漏れてくる。


セバスは、わずかに眉をひそめた。


本当に、この男でいいのか。


選択そのものに、疑いが差し込む。


やがて三分ほどして、扉が再び開く。


男が出てきた。


髪は少し整えられ、服も皺が伸びている。

先ほどより、いくらか人間らしい。


――多少は、ましだ。


セバスは小さく息を整えた。


「あぁ……私はボンズ。この探偵所の探偵だ」


男は気だるそうに名乗った。

壁にもたれかかり、視線だけをこちらへ向ける。


「それで、お貴族様が何の用だ。猫じゃなさそうだし、浮気調査でもなさそうだ……あぁ、そうか。政治絡みか」


唐突に言い切る。


「なぜ、政治絡みだと?」


セバスの目が細くなる。


ボンズは肩越しに、外に積まれた薪へ視線を投げた。


「あんたらの頼みごとを遡ればな。だいたい政治に行き着く」


軽い口調。

だが、断定だった。


「政治絡みかどうかはわかりません。あなたは操作系スライムの件をご存じで?」


セバスが静かに問う。


その瞬間、ボンズの目が変わる。


細く、鋭く。

逃がさない光。


セバスの背中に、冷たいものが走った。


それは威圧でも、暴力でもない。

ただ、見透かされる感覚。


深く、覗き込まれている。


――この男は、違う。


もしかすると、当たりを引いたのかもしれない。


「……そいつは厄介だ」


ボンズは、わずかに視線を外した。


「やめとけ。あんたも、手を引いたほうがいい」


淡々とした言葉だった。

だが、その奥には確かな重みがあった。



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