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ゴミ山に隠された不都合な真実

「びっくりしたね。このスライムは、餌を食べて大きくなると分裂するんだ」


私は、できるだけ穏やかに言った。


ジョンの目が、ぱっと輝く。

一方で、ロゼは言葉を失ったまま、スライムを見つめている。


「増えるんなら、一匹もらってもいい?」


ジョンは前のめりになる。

興奮を隠せていない。


「ダメよ、ジョン」


ロゼがすぐに制する。


「私は構わないが……」


私は、言いかける。


ロゼの視線が、ゆっくりと落ちる。


「私たちのご飯まで……食べられるかもしれない」


その声は、小さかった。


風が、ゴミの上を撫でる。


スライムは、変わらず動き続けている。


何も考えず、ただ――食べる。


その単純さが、

ここでは脅威にもなりうる。


ロゼの肩が、小刻みに震えている。


視線はスライムに釘付けのまま、動かない。


――あぁ、そうか。


説明が、足りなかった。


「すまない。説明が足りなかったね」


私は一歩だけ近づく。


「まず、スライムたちは増えすぎることはない」


ロゼが、ゆっくりと顔を上げる。


「でも……こうやって、分裂して増えてる」


指先が、震えながらスライムを示す。


「一時的には増える。でも、餌が減ると身体が小さくなる。そうなると、分裂じゃなくて――今度は合体するんだ」


言葉を選びながら、ゆっくりと。


「そうなの……?」


ロゼの声は、かすかに揺れていた。


強がっていた殻が、少しだけ崩れている。


あんなに、張り詰めていたのに。


私は、わずかに息を吐く。


怖がらせてしまった。

「ほら、この村に来るまで時間がかかっただろう。あのスライムたちも、そのあいだ何も食べさせていなかったんだ」


私は、できるだけ穏やかに言う。


「それで……死なないの?」


ロゼが、恐る恐る尋ねる。


「面白いことにね。食べさせずに瓶に入れておくと、だんだんカラカラになるんだ」


手で大きさを示す。


「見ると、もう死んだように見える。でも違う。水をかけると、また戻って動き出す」


ロゼの目が、わずかに揺れる。


理解しようとしている。


「じゃあ……私たちのご飯、食べない?」


握りしめた手が、小さく震えている。


「そこまで減ったら、家にある瓶に入れればいい。それ以上は食べない」


私は、はっきりと言った。


風が、腐った匂いを運ぶ。


その中で、ロゼの肩の力が、少しだけ抜けた。

ロゼは、そっとスライムに近づいた。


まだ少し距離を保ちながら、

しゃがみ込み、目線を合わせる。


「あなたには、私たちが食べないものだけあげるわ。それが全部なくなったら、瓶に入れるからね。いい?わかった?」


小さな声だった。

それでも、はっきりとした言葉。


その直後――


スライムが、大きく跳ねた。


ぬるりとした身体が、弾けるように動く。


「お姉ちゃん!スライムが“わかった”って言ったよ!」


ジョンが声を上げる。


私は、一瞬、言葉を失った。


――反応した。


偶然か、それとも。


「……こんな反応は、初めてだ」


私は、スライムを見つめたまま言う。


「きっと、君の気持ちが伝わったんだと思う」


理屈では説明できない。

だが、否定もできなかった。


ロゼは、少しだけ目を細める。


嬉しそうに。

そして、少しだけ恥ずかしそうに。



「おじさん……」


ロゼが、私の裾を引く。


私はしゃがみ込み、目線を合わせる。


「あのね。向こうに、すごく臭いところがあるの。あそこにスライム置いてきたらダメ?そのまま、ずっと食べてもらうの」


言葉は途切れず、まっすぐだった。


「あそこの近くにね、おばあちゃんがいるの。前にエプロンくれたの。臭くて、夜寝れないって言ってたから」


小さな願い。


私は、わずかに頷く。


「そうだね。それは良いアイデアだ。この増えたスライムを、一匹持っていこう」


ロゼの表情が、少しだけ緩む。


「僕には貰えないの?」


ジョンが、肩を落とす。


「そうだね……」


私は、スライムに目をやる。


「じゃあ、次に分裂した時にあげよう。たぶん、今から置きに行けば、明日には四匹くらいには増えていると思うから」


ジョンの顔に、少しだけ光が戻る。


スライムは、足元で静かに揺れていた。


……

私たちは、ロゼの案内で村はずれへ向かった。


道は細く、人の気配も途切れていく。


やがて、一軒の石造りの家が現れる。

壁は黒ずみ、窓は閉ざされていた。


扉の前に立つ老婆に、事情を伝える。


老婆は、静かに頷いた。

そして、興味を示す。


「……その子が、食べるのかい」


スライムを見つめる目に、かすかな光が宿る。


「見てみたいね」


私たちは、その場に留まる。


スライムを地面に放す。

ゆっくりと動き、臭いの元へと近づく。


そして――食べはじめる。


腐敗したものが、少しずつ消えていく。


時間が、静かに流れる。


一時間ほど経ったころ。


老婆が、小さく息をついた。


「ありがとうね……こんな老婆の言ってたことを、覚えていてくれたなんて」


その目に、うっすらと涙が浮かんでいた。


ロゼが、少しだけ視線を逸らす。


スライムは、変わらず端から食べ続けている。


臭いが、わずかに薄れる。


私たちは、しばらく老婆と話をした。

昔のこと、この村のこと。


やがて、別れを告げる。


振り返ると、

老婆はまだスライムを見ていた。


――これで、少しは変わる。


私は、そう思った。


……


次の日。


私たちは、老婆の家の近くまで戻った。


空気が、昨日と違う。

わずかに――重い。


そして、それはあった。


地面に横たわる、白骨化した死体。


無造作に置かれている。

覆いもなく、隠されてもいない。


老婆は、その前に立っていた。

薄く、苦笑いを浮かべている。


「……ゴミの中に、こんなものがあるだなんて」


乾いた声だった。


私は、一歩近づく。


「この村には、埋葬の風習がないのですか?」


問いかける。


老婆は、ゆっくりと首を横に振る。


「いいや。この村ではね、埋葬だけはちゃんとやるよ」


遠くを見るような目。


「樹海に少し入ったところに、共同墓地があってね。みんな、いっしょくたに入れるのさ」


風が、わずかに吹く。


私は、言葉を探す。


「……もしかして、これは」


最後まで言えなかった。


老婆が、静かに息を吐く。


「外から、持ち込まれたんだろうね」


その言葉だけが、

その場の異様さを、はっきりと形にした。


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