第7話:二十九歳児の自由研究
考えてみればさ。
お父さんも若いんよ。
怒られてから気がついたけど、お父さんの年齢は満で二十三だよ。
私より六歳も年下。
お母さんも同じ。
私が小学校卒業した時、ピカピカの一年生で入学じゃん。
ちょんまげと日焼け顔に騙されたよ。
ついでに名前が『作造』だもんね。
うちの金造じいちゃんのイメージ強すぎでございました。
金造じいちゃん、田口の家で五歳まで一緒に住んでいたけど、糖尿病が悪化して透析生活の後、死んじゃったんだよね。
あの家、まだ空き家で残っているけど、もうボロくなって住めないだろうな。
住めれば住居費浮くんだけど。
そろそろお金貯めて、地に足をつけた人生を送ろうかなと、ちょっとだけ考えていた。
よし、今回の屋根登り騒動でも懲りたから、地道に生きよう。
地に足をつけて、安全に慎重に計画的に生きるんだ。
◇◇◇◇
「ということで、今日から地上の星を探すんだ。地道に養蚕を科学します」
「? かがくってなあに?」
糸ちゃん先生が五匹のお蚕様に餌をあげながら質問してきた。
「むふー。よくぞ聞いてくれました。そう。科学。昨日と今日を比べて、どうすればお蚕様がもっと元気に育つか調べるのです」
糸ちゃんに取って代わって先生になってやる。
自慢ポーズをとって講義を始める。
「ふ〜ん」
しかし反応が薄い。
ちっ。
いいでしょう。
今に見てなさい。
科学の神様、あなたの信奉者にご助力を。
技術の天使さま、我に力を。
糸ちゃんよ、二十一世紀の知識チートの津波に押し流されるがよいぞ。
ふぁ〜っ、はっはっは〜。
「きぬちゃん。ここ、うんちあるよ」
「⋯⋯片づけます」
下剋上失敗。
科学以前の問題でした。
「まずは個体管理からです」
私は小さな板切れと消し炭を用意した。
そこへ、
一。
二。
三。
四。
五。
と書く。
「いち、にい、さん⋯⋯?」
糸ちゃんが覗き込む。
「こっちがカイコ一号。隣がカイコ二号。その隣がカイコV3、まちがい、三
号」
「なんで?」
「一匹ずつ成長を記録するからなのだよ」
「せいちょう?」
「大きくなったかどうか」
「ああ」
わかったらしい。
さすが糸ちゃん先生。
ではカイコ一号さんから観察しましょう。
「⋯⋯あれ?」
五匹がもぞもぞ動いている。
一号が二号の場所へ。
二号らしき個体が三号の方へ。
三号と四号は接触。
「一号、どれ?」
「わかんない」
「二号は?」
「わかんないよ?」
「⋯⋯」
識別不能です。
五匹とも白いナイスなバディ。
五匹とも似てる。
「個体管理、開始五分で終了しました」
「おわったの?」
「おわりました」
ま、最初からうまく行かないのはお約束。
ならば全体の管理から始めよう。
「次。記録です!」
桑をあげたら一本線。
掃除をしたら丸。
食べ残しがあったら三角。
板に消し炭で記録する。
うん。
わかりやすい。
昼。
板の半分が埋まった。
「⋯⋯」
夕方。
ほとんど埋まった。
「⋯⋯保存領域が足りない」
「ほぞん?」
「書くところがなくなりました」
「けせば?」
「消したら昨日と比べられないでしょうが!」
「なんでおこるの?」
「ごめんなさい」
二十九歳児、満四歳児にたしなめられる。
さて、どうする。
紙があれば。
いや、紙はある。
でも現代みたいにノートを何冊も使える世界じゃない。
そもそも私は五歳児だ。
自由研究用ノート買ってきて、なんて言ったらお父さんに、
「じゆうけんきゅうとはね〜」
から説明しなきゃならない。
面倒くさい。
「きぬちゃん」
「なに?」
「いしじゃだめ?」
「石?」
糸ちゃんが庭から小石を拾ってきた。
白っぽいのをこっち。
黒っぽいのをあっち。
「くわあげたら、こっちにいっこ」
ころん。
「おそうじしたら、こっち」
ころん。
「⋯⋯」
「だめ?」
「いや」
待て。
これ。
「記録できてるじゃん」
「きろく?」
しかも消し炭みたいに擦れて消えない。
板みたいに書く場所もなくならない。
昨日の分は少し離して並べておけばいい。
「糸ちゃん先生」
「なあに?」
トンビ座りの太ももの上、糸ちゃんのお手々をグァシと握る。
「あなたが神ですね」
「?」
幼女の皮をかぶった科学の神様は、理解できずににっこりしていた。
次は桑だ。
「毎回同じ量をあげます」
ひとつかみ。
これで一回分。
「糸ちゃんもやって」
「うん」
ひとつかみ。
「⋯⋯」
小柄な糸ちゃんの手の方が小さい。
当然、桑の量も少ない。
「手の規格が違う」
「きかく?」
「なんでもありません」
だったら秤。
……ない。
技術の天使さまは、早くもお助けになってくれませんです。
「これでいいんじゃない?」
糸ちゃんが持ってきたのは、小さな竹籠だった。
前におままごとで使ったやつ。
「これにいれるの」
「⋯⋯」
一杯。
二杯。
誰がやっても同じくらいになる。
「計量カップじゃん」
「おままごとのだよ」
「本日より主力研究兵器に昇格しました」
「?」
科学技術の進歩とは、身近なものから始まるのである。
たぶん。
午後。
糸ちゃんが、すっと障子を開けた。
ほんの少しだけ。
「なんで開けたの?」
「あつそうだから」
「糸ちゃんが?」
「おかいこさま」
「⋯⋯」
私は蚕を見た。
わからん。
「どこ見てそう思ったの?」
「なんとなく」
出たな経験則め。
科学の敵。
⋯⋯いや。
待てよ。
糸ちゃんは朝からずっと蚕を見ていた。
桑を食べる様子。
動き。
触った感じ。
私は?
部屋が暑いとか。
風があるとか。
障子から日が入るとか。
そっちばかり見ていた。
「私、部屋見てた」
「へや?」
「糸ちゃんは、お蚕様見てた」
「うん」
当然みたいな顔をされた。
解せぬ。
いや。
これ、解せるぞ。
部屋の状態だけ記録しても駄目なんだ。
そのとき蚕がどうだったか、一緒に残さないと意味がない。
「⋯⋯糸ちゃん」
「なあに?」
「石、もっと拾おう」
「いっぱい?」
「いっぱい」
障子を閉めた日。
ちょっと開けた日。
たくさん開けた日。
桑を一籠食べた日。
二籠食べた日。
よく食べた日。
あまり食べなかった日。
全部並べておけばいい。
そして、あとで比べる。
「ふふふ」
「きぬちゃん?」
「見えてきましたよ」
お蚕様、五匹。
研究員、二名。
小石、いっぱい。
研究器具、おままごとの籠。
予算、ほぼゼロ。
「田口村養蚕研究会、ここに発足です!」
「いとと、きぬちゃんだけ?」
「最初はいつだって少数精鋭なのです」
「なにするの?」
私は五匹のお蚕様を指さした。
「こいつらを元気に育てて、いっぱいお金を稼ぎます」
「おかね?」
「そう。そして江戸へ行く」
「えど?」
「そして小栗様に会う!」
札幌のクラーク博士ポーズ、決まったな。
やはり大志は持つべきですよ。
糸ちゃんは、お蚕様を見た。
私を見た。
もう一度、お蚕様を見た。
「⋯⋯とおくない?」
「⋯⋯」
蚕五匹。
小栗様まで約百三十キロ。
「まあ、始まりなんてこんなもんです」
たぶん。
五匹のお蚕様の御殿、小さなザルがおいてある廊下の片隅。
そこに並べておいた小石をお母さんが片付けたと聞いて、愕然とした。
「あそんだら、しっかり後片付けしなさい」
科学技術発展の道は険しい。




