第4話:初めての養蚕は無理ゲーでした
「きぬちゃん、はい、おくち、あ〜ん」
あ〜ん。
もぎゅもぎゅ。
「おいしいよ。糸ちゃん」
「きぬちゃん、おかあさんって、いわなきゃいけなんだよ〜」
「はいはい。おかあさん、おいしいね」
「よくできました。ごほうびにもうひとくちね」
皆様こんにちは。
塩原絹乃(29)は、久しぶりに、おままごとをやっちょります。
なにがかなしゅ〜て、アラサー女子がいまさらおままごとを!
まあ、しかたないんよ。
江戸っ子絹ちゃん――江戸時代っ子にクラスチェンジしました――の毎日のルーチンワークがこれであったのだ。
近所の糸ちゃんとのおままごと、毎日欠かせません。
糸ちゃんのお父ちゃんとお母ちゃんが畑に出ている時は一緒に遊ぶ。これないと糸ちゃんちが成り立たないのだ。
「じゃあ、こんどはきぬちゃんが、おかあさんのばんね」
「は〜い。ガンガンのギンギンで、ご飯作っちゃうぞ〜。今日はイタ飯でいきます!」
「⋯⋯?」
説明はあとあと。
独身女のウルトラ炊事能力を見せるよ!
棚から鍋を出す、ふり。
蛇口を開ける、ふり。
コンロに火をつける、ふり!
パスタをザザザっときれいに鍋に投入する、ふりっ!!
クイクイの、ぐ〜るぐるで、ツルツルの、ポ〜トポトで、じゃ〜ん。
グンマー帝国風大盛りボンゴレビビン麺の出来上がり〜。
「きぬちゃん。ぜんぜんだめだよ〜。いとにわかるようにおりょうりしないと」
ぐぬぬ。
これもだめか。
江戸時代にシステムキッチンは再現できなかった。
この世界がMOD世界だとしたら、どうやらパントマイムのサブルーチンは実装されていないみたいだよ。
どうせMOD世界ならあってもいいよね、もっと私の実力を解放できるミニゲームとか。
早く蚕を育てて、小銭を貯めねば。
早速、お母さんに養蚕作業への参加を申し込んでみよう。
「お母上様。折いってお話が」
「なに馬鹿言ってんだい。もうすぐご飯だからお水を湯呑に注いてお父さんのところへ持っていきない」
「はーい」
そうなんだよ。
私にはそんな程度の仕事しか任されない。ちょっとうちの両親は子供を甘やかし過ぎではあるまいか?
ま〜、満でいうと四歳だからなぁ。
下手にご飯とか運ばせると「ばしゃ、びしゃっ」となる。
毎日それやってれば、こうもなるか。
湯呑も木製に変えられたよ。
「お父様もお聞きくだひゃい、もとい、ください」
意気込んで舌をもつらせちゃったい。
「一生のお願いです。私も蚕の世話をさせてくださいませ」
私は年季の入った仕草で土下座をした。
私の人生二十九年、何百回も一生のお願いをしているから堂に入っていると思う。
「だめだ」
お父さま、なんとそっけない。
「そうよ。おままごとじゃないんだからお手伝いはさせられない」
「そこをなんとか」
私は天狗に頭を撫でられた天才。
だから役に立つよ。
お父さんは、湯呑を片手にぷいっと向こうを向いてしまう。
「絹乃。あなたがお手伝いしてくれる気持ちは嬉しいけどね。お蚕様がもし病気になったり繭を作らなかったりしたら、うちは破産、一家心中なんだよ」
う、そうか。
そうだよね。
おままごとじゃないんだよ、江戸時代は。
年金制度も保険制度もない。
失敗したらそこでおしまい。
一家心中まで行かなくても、水呑み百姓に落ちる。
「絹乃、ちょっとこっちへ来ない」
夕餉の支度を中断して、お母さんは納戸の奥から箱を引っ張り出してきた。
平たい箱だ。
なんだろ?
「これはね。私が小さいときに遊んだものさぁ。おままごとの箱だけど」
お母さんが蓋を開けると中には、
小さな竹で編んだ笊。
蛹がいなくなった繭。
いかにもおままごとな箒。
木を組んで作った蚕棚みたいなもの。
ほ〜、これはこれは。
見事な江戸時代版、養蚕おままごとセットですな。
「おままごとでもお蚕様のお世話ができるようになったら、本物もちょっとだけ任せてあげられるさね」
「ほんと?」
「糸ちゃんと一緒に頑張ってやってみ」
なるほど。
養蚕シミュレーションというわけですか。
いいでしょういいでしょう。
シルジェネで何千回と蚕を育てた、この私の実力。
五歳児に見せつけてやろうではないか。
そして、決戦の日は来た。
時は五月も終わる五月晴れ、死闘を繰り広げるには良い季節。
って、家の中だけどね。
「きぬちゃん。あさになったよ、くわあげるよ」
「はいはい。給桑ね」
「きゅーそー?」
「桑をあげること」
「じゃあ、くわあげるね」
「うむ」
糸ちゃんが桑の葉に見立てた紙切れを、蚕役の小石の前に置く。
私も小石を同じように載せる。
ふっ、余裕。
「つぎは、おそうじね」
「除沙だね」
「じょさ?」
「糞や残った桑を片づけることだよ」
「じゃあ、おそうじね」
「⋯⋯はい」
なんか負けている気がする。
解せぬ。
「このこ、おねむになったから、くわあげちゃだめ」
「え?」
「ねてるから」
「いや、でも給桑回数が⋯⋯」
「だめだよ」
「⋯⋯はい」
おかしい。
シルジェネでは、眠に入ると自動で給桑ボタンが勝手に押せなくなった。そんな細かい判断、こっちに要求されても、困る〜。
「こっちのこは?」
「げんき」
「こっちは?」
「げんき」
「これは?」
「うんちしてる」
「それ見てわかるんかい!」
しばらくして。
「糸ちゃんの勝ちだいね」
お母さんが笑った。
「なんで!?」
「絹乃は、お蚕様が寝てるのに桑あげようとしただろ」
「いや、あれはシステム上ですね」
「しすてむ?」
「⋯⋯なんでもないです」
ぐぬぬ。
おままごとで負けた。
しかも五歳児に。
こっちも五歳児だけど。
中身は二十九歳なのに。
って、余計に負けてるじゃん。
◇◇◇◇
それから数日。
私は糸ちゃん先生のもと、養蚕おままごと修行を続けた。
そして。
「五匹だけだよ」
お母さんが、小さな籠を私の前に置いた。
桑の葉。
その上に、白っぽい蚕が五匹。
「この子たちなら、絹乃に任せてみようかね」
「きたぁ! お母さんありがとう!」
待ってました。
本番さま。
ここからは私の領分でございます。
シルジェネ養蚕ミニゲームモード、きたこれ。
湿度調整はルーレット。
針が止まったところで加湿時間が決まる。
とんでもない数字を引いたら、そこから弾幕ゲー。
飛んでくる水滴を避けながら、設定時間を適正値まで削る。
意味がわからない?
私もわからない。
からくり堂だからね。
温度設定はスロットマシン。
数字が揃えば一発成功。
外れると今度は落ち物合成ゲーム。
小さい果物をくっつけて、最後の巨大スイカまで作れば温度補正成功。
私、これ得意なんよ。
巨大スイカ、何回も作ったことある。
養蚕とスイカになんの関係があるのか。
知らん。
からくり堂だからね。
ありです。
なんでも。
「よし」
私は五匹のお蚕様を見下ろした。
まずは湿度調整。
⋯⋯。
「ルーレットスタート!」
転生物のラノベチックに叫ぶ。
きっとステータスみたいに出てくるぞ。
からくり堂さんも多分転生ものを見ていると期待。
叫んで五秒ほど待った。
出ない。
⋯⋯まあ、こんなこともあるさ。
次。
「温度設定だね」
せ〜の。
「スロット〜、オープン!」
出ない。
スロット店は定休日らしい。
なら失敗補正だ。
「スイカゲームッ、レディ〜、ゴー!」
出ない。
スイカ農家のかたも本日お休みらしい。
画面も出ない。
ゲージも出ない。
選択肢も出ない。
あるのは、
蚕、五匹。
桑の葉。
私。
以上。
「⋯⋯え?」
もう一度、お蚕様を見る。
当然、何も起きない。
「自力?」
「なにが?」
お母さんが首をかしげる。
「⋯⋯なんでもない」
待て待て待て〜い。
ゲームなら温度も湿度も数字で出た。
桑をやる時間もわかった。
病気になればアイコンも出た。
現実は。
蚕の顔を見ても、腹が減ってるのか眠いのか、さっぱりわからない。
「⋯⋯これ、むずくない?」
今さら気づいた。
私はシルジェネで、何千回も蚕を育てた。
でも。
本物の蚕は、一匹も育てたことがない。
「聞いてないんだけど」
誰に言ってるのか、自分でもわからなかった。




