第34話:逃げたら負けだ
転生してから四年目、天保五年、西暦一八三四年が明けた。
私は数えで八歳、令和だと小学一年生。
ちなみに小栗歴を忘れたわけではない。
小栗様を忘れるはずがなかろう。
小栗様も数えで八歳になったはず。
早く会いたい!
が、意地悪なやつがいるんだ。
これに比べたら人斬り撃退なんか甘い甘い。
落雁に蜂蜜かけたより甘いぜ。
その名は天保の大飢饉。
⋯⋯。
でもなんか自信がなくなっちゃったよ。
飢饉一年目は何とか越せた。
周りの農村では逃散、夜逃げする農家も出てきている。
正直に言えばさ。
全部放り出して、江戸へ行きたいと思う時もある。
小栗様のそばまで逃げて、
「もう私、推し活だけして生きます!」
とか言えたら、どれほど楽だろう。
いや。
八歳の小栗様に何をしてもらうつもりだ。
向こうも小学一年生だわ。
昨年、榮ちゃんに言われた一言を思い出す。
「お前も逃げるな」
きっと榮ちゃんも怖いんだ。
なんだかんだ言っても私よりも二歳年上の、まだ十歳。
小学三年生だよ。
にしては、出来過ぎ星人だが!
だけどもうすでに一端の庄屋だね。
その気概が、プライドが自分を奮い立たせているんだろう。
それに引き換え、令和っ子絹ちゃんは肝が座っていません。
先を知っているのは諸刃の剣だよね。
この先「戦争かよ」ってレベルの死者が出るんだ。
お花畑のぬるま湯社会で二十九年生きてきたんだから、仕方ないか。
「小栗大明神様。頑張ってる私にお恵みを」
正座している私の正面にある小栗大明神の御札(自作)に手を合わせた。
隣の科学神さまの御札にも拝礼。
その隣の経験神、工夫神、芋神さまの御札にも拝礼。
最後に天狗のお面の髭を引っ張る。
「そういえばシルジェネのいたるところに天狗印が出てきたよな」
たしか、からくり堂の社章も天狗印。
なんかこだわりがあるのか?
「絹乃〜。ご飯よ〜」
お母さんの明るい声。
「は〜い」
囲炉裏端に座ると、囲炉裏に掛かっている鍋でぐつぐつとおっ切り込みが煮えていた。
「今日は奮発して、鮒の干物を入れてみたよ」
冬にため池の掻い掘りをした時に獲った鮒だ。
焼いて囲炉裏の煙で燻製っぽくしたものを、お母さんが少しずつ使っている。ちょっと生臭いけど、重要なタンパク源だ。
鍋から湯気が立ち登り、味噌と野菜と魚の匂いが広間いっぱいに広がる。
「いただきます」
まだ魚を入れたおっ切り込みが食べられる。
まだ薪もある。
まだ味噌もある。
まだ笑ってご飯を食べられる。
天保五年の正月は、そんな年明けだった。
うちだけは。
◇◇◇◇
四月。
飢えの春だ。
田口でも半分くらいの家の備蓄が尽きた。
村の野っぱらから野草がだいぶ減った。
「押さない。押さない。順番だ。列を乱せば備蓄は渡さん」
本家の敷地に建てられた村倉の門が開いた。
すぐ隣のお寺の敷地へと運ばれて、様々な俵が並べられる。
その脇には、みんながそれぞれ取ってきた薪や柴が置かれていく。
この燃料と交換で備蓄の麦と稗、粟などが配られた。
冬場、田口には「燃料となるものと食料を交換する」と庄屋からのお触れが出た。
本家の背後には天狗っ子の影もちらついたけどね。
この木々を前橋に持っていき燃料として売り、少しでも食料を確保するのだ。
現在、私の提案で炭焼き小屋が完成して、小作の人を中心に炭焼きを試行錯誤している。
私も手伝いたいけど無理でした。
あんな力仕事、無理っす。
私には知識はある。
たとえば、炭団や練炭の作り方。
Web小説で読んだな、なんか飢饉を練炭と七輪作って乗り越える話だ。
だからなんとかなるかも、っと思って、海藻を集めて練ろうとしたら止められた。
やっぱりここでも輸送コストが足を引っ張ったよ。
榮ちゃんに提案したらさ。
「海藻で屑炭固めて売れば儲かるよ!」
「で、海藻をどこから持ってくる?」
「海」
「どこの?」
「⋯⋯太平洋」
「誰が?」
「⋯⋯」
チーン。
終了。
じいちゃんが言っていたよ。
「全ては輸送力じゃ。いくら金があっても物があっても、運べなければ意味がない」
令和でもタンカー一隻で大騒ぎしてたっけ。 軽油が高くなって、通販の送料も高くなったし時間がかかるようになった。
結局、物は『ある』だけじゃ駄目なんだ。 ここへ運べなきゃ、ないのと同じ。
内陸の上州では無理っぽいです、はい。
糸ちゃんちが家族総出で柴を持ってきた。
糸ちゃんも駆り出されている。
最近、糸ちゃん先生とあそんでいない。
「糸ちゃん、手伝おうか?」
糸ちゃんはつかれた表情を一瞬吹き飛ばして私に笑顔をくれた。
「うん。ありがと。でもこれは私の仕事だから」
前なら、私が持とうとしたら素直に渡してくれたのに。
一年で、ずいぶん大人になっちゃったな。
大分言葉もしっかりしてきたよ。
苦労は人間を成長させるんだね。
でもね、苦労しすぎるとひねくれるんで、糸ちゃん心配だよ。
今回の配給は一人につき平均一週間分。
麦で二升、それと稗が一升。
持たせれば二週間は飢えずに済む。
備蓄が残ってる家はもっと持つ。
糸ちゃんちは、本当ならとっくに備蓄がなくなっていいはずだけど、絹糸研究所のお給金で備蓄が増やせたらしい。
「みんな。大事に食いつなげや。これから田起こし、代掻きじゃ。がんばんべ」
江戸表から帰ってきた福吉さんの声で、すこしみんなの表情に生気が宿った。
みんなが麦と稗を背負って立ち上がった。
食べて働く。
働いて次の飯を作る。
これしか飢饉に勝つ方法はないのかも知れないね。
みんなでできることを分業して、協力して乗り越えるんだ。




