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『絹乃国』〜推しの小栗上野介を救いたい転生幼女、まずは天保の大飢饉から村を救います〜  作者: 天のまにまに
第4章:転章

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第30話:食いしん坊神

「……かたじけなし」


 佐津間胤親《さつまたねちか》さまは、膳の上の白米を見たまま動かなかった。


 本家らしく、今日の飯は雑穀《ざっこく》も混じっていない真っ白な白米。 しかも山盛りだ。 味噌汁に漬物、煮しめまでついている。


 やがて胤親さまが、静かに両手を合わせた。


「かような馳走を賜り、忝《かたじけ》のうござる。この御恩、決して忘れ申さぬ」


 重い。

 たかがご飯なのに、主君から拝領品でもいただいたみたいな空気になってる。

 継太郎さんも、さすがに相手が帯刀したお侍さまとあって、いつもの調子ではない。


「粗末なものではございますが、どうぞお召し上がりくださいませ」

「恐れ入る」


 胤親さまは背筋をすっと伸ばしたまま、箸を取った。


 そして。

 ものすごい勢いで食べ始めた。


 武士の威厳は保っている。

 姿勢もいい。

 箸遣いもきれい。

 なのに白米だけが猛烈な速さで消えていく。


「……美味なる飯にござるな」


 一杯目、消滅。


「誠に、五臓六腑へ染み渡り申す」


 二杯目、消失。


 誠一郎さんがお櫃《ひつ》に手を伸ばした。


「もう一膳、いかがでしょう」


 胤親さまの目が、ほんの一瞬だけ鋭く輝いた。


「……されば、もう一膳だけ頂戴いたしたく存ずる」


 もう一膳だけ。

 三杯目です。

 誠一郎さんが、胤親さまの食べっぷりを見ながら静かに尋ねた。


「失礼ながら、胤親さま。あの種芋を背負われ、なぜ田口まで?」


 胤親さまは箸を置いた。

 そこだけ見れば、やっぱり立派なお侍さまだ。


「某《それがし》、武州の村々を巡り、甘藷《かんしょ》の栽培を広めており申した」


 おおっ。


「このところ、米の実りが思わしくない土地が増えておりまする。米ばかりを頼みとしておれば、ひとたび天候が崩れた折、多くの民が飢えることとなりましょう」


 うんうん。


「ゆえに、より寒き土地でも甘藷を育てられぬものかと、種芋を携えて北を目指した次第にござる」


 おおおっ。

 この人、やっぱり芋神様じゃない?


「されど道中、路銀も尽き申した」


 あ。


「宿を取る銭もなくなり申した」


 ああ。


「二日ほど、何も口にしておりませぬ」


 ……お、おぅ。

 榮ちゃんが種芋を見る。


「でしたら、その芋を一つ召し上がればよかったのでは?」


 胤親さまの顔が引き締まった。


「それはなりませぬ」

「なぜでしょう」


「某一人が食えば、一食にて終わり候。しかし春に植えれば、数十人、いや、うまく殖やせば数百人の命をつなぐ種となりますゆえ」


 立派だ。

 すっごく立派だ。


「ゆえに某、種芋には決して手を付けぬと決めており申した」

「それで行き倒れたのでございますか」

「左様」


 ……。

 継太郎さんが、ものすごく困った顔をした。


「胤親さま。それでは、栽培法を知る胤親さま御自身が亡くなられてしまいます」

「……」


「種芋だけ残りましても、村の者には育て方が分かりませぬ」

「……ごもっともにござる」


 武士が小さくなった。

 榮ちゃんも、そっと口を挟む。


「次からは、種芋より先に御自身のお命も大切になさってくださいませ」

「面目次第もござらぬ」


 そう言いながら、胤親さまは三杯目の白米をきれいに平らげた。

 そしてお櫃を見た。

 見たよね、今。

 絶対見た。


 そんな胤親さまが、ふと思い出したように続ける。


「そう申せば、小田原には二宮金次郎なる者がおると聞き及んでおりまする。百姓の身ながら、荒れた田畑を立て直し、困窮した村を救っておるとか」


 その名前を聞いた瞬間、私の頭の中にシルジェネの人物画面が開いた。


 二宮金次郎。

 後の二宮尊徳。

 シルジェネでは序盤から存在だけは確認できる超重要NPCだ。


 初期身分。 百姓。

 初期資産。 ほぼ無し。

 学問。 低め。

 剣術。 当然ほぼ無し。


 なのに隠しステータス上限が


 勤勉 S

 観察 A

 農政 A

 財政再建 A

 信用形成 S

 災害復旧 A

 組織育成 S


 そして固有スキル。

《積小為大》

 小さな利益、小さな改善、小さな信用を積み重ねるほど、地域全体へ補正が乗るという、序盤では意味の分からない地味スキル。


 初心者はだいたい見落とす。

「百姓NPCじゃん」

 で終わる。


 でも数十年単位で追うと、とんでもない。

 荒れ地を復旧する。

 借金を減らす。

 村の信用を上げる。

 人材を育てる。

 そして本人がいなくなっても仕組みだけ残る。


 廃人勢からは、

『序盤最弱、長期運用最強候補』

 と呼ばれていた。


 ……いるんだ。

 この時代に。


 しかも、もう活動し始めてる。


「某も、武士の端くれにござる。民が飢えておるのを見ながら、禄を食むばかりでは面目が立ちませぬゆえ」


 胤親さまが言う。

 いや。

 その志は立派なんだけど。

 いま白米三杯食べた人なんだよね。

 四杯目狙っている人だよね。


 私たち四人は顔を見合わせた。

 今朝、福吉さんを南へ送り出した最大の任務。

 甘藷の種芋を手に入れること。


 そして何より、栽培法を知る人材を連れて帰ること。

 その両方が、いま目の前で四杯目を遠慮している。


「……もし差し支えなければ、もう半膳ほど頂戴してもよろしかろうか」


 ⋯⋯遠慮してなかった。


 私は思わず、福吉さんの向かった南の空を見た。

 福吉さん。

 ごめんなさい。

 あなたの一番大事な任務。

 たぶん、もう終わっちゃいました。


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