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『絹乃国』〜推しの小栗上野介を救いたい転生幼女、まずは天保の大飢饉から村を救います〜  作者: 天のまにまに
第4章:転章

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第27話:飢饉の前の静けさ

 水門のいつもの石に腰掛けて水面をぼ〜っと見ながら思い出そうとしていると声をかけられた。


「その石はの。天明の浅間焼けの名残じゃよ」


 振り向くと亀じいが仙人が持つような杖をついて立っていた。


「浅間焼け?」


「そうじゃ。浅間のお山が怒った時にな。石やら砂やら灰やら、そりゃあひどいもんだった」


 私は腰を浮かせて、いままで座っていた石を見る。


 赤黒い。

 角はだいぶ丸くなっている。

 座り心地はそこそこ。

 でもザラザラしている。

 

 いや。

 座り心地評価してる場合じゃない。


「これが?」

「うむ」


 亀じいは杖の先で石をこつんと叩いた。


「この辺りの畑にも、昔はこういう石がごろごろしておった。畑を起こすたびに邪魔になる。それを拾って、端へ端へと寄せた」


 そう言われて周りを見る。

 結構たくさんある。

 畑の境。

 道の脇。

 水路の近く。

 いままでただの石だと思っていたもの。

 石垣のように積まれているところもある。


「⋯⋯全部?」

「全部かどうかは知らんよ。じゃが、浅間焼けの後に寄せた石は多い」


 ぞわっとした。


 ゲームじゃない。

 イベント背景でもない。

 検証スレの書き込みでもない。


 これ。

 本物なんだ。


 私はもう一度石に触った。

 ザラザラしていて、ひんやりしている。

 こんなものが、畑に降ったのか。

 いや、流れてきたのか?


 どっちにしても怖すぎる。


「その時って⋯⋯やっぱり作物は?」


「灰が降れば桑も駄目になる。畑も駄目になる。水も濁る。雨まで重なれば、なおさらじゃ」


「⋯⋯」


 桑も。


 ここに来てから、ずっと見てきた桑。

 お蚕様のご飯。

 村のお金。

 それが一発で駄目になる。


「飢饉って、米がとれないだけじゃないんだ」


 思わず口から出た。

 亀じいが私を見る。


「ようやく気づいたか」


 ぐさっ。

 亀じいのくせに、たまに言葉が鋭い。


「米が取れん。桑も駄目になる。薪を取りに行く者も減る。病が出る。物の値も上がる」


 一個だけじゃない。

 一個が次を呼ぶ。

 シルジェネで言うところの連鎖イベント。


 冷害。

 水害。

 虫害。

 病。

 米価高騰。

 流民。


 ゲームだったら、

《複合災害ボーナス発生!》

 とか出るやつ。

 いらんわ、そんなボーナス。


「亀じい」

「なんじゃ」

「天明のとき、村はどうしたの?」


 亀じいは少しだけ黙った。


「食えるもんは何でも食った」

「何でも?」

「粟、稗、芋。木の実。山菜。食える草。木や動物の皮を削ったものまで食った。塩が足りんので台所の下に敷いてある藁まで煮出して汁にした」


 うへえ。

 非常食とかいうレベルじゃない。


「それでも足りなかった?」

「足りんところは足りん」


 短い言葉だった。

 でも、その一言が重かった。


「銭のある家はなんとか食いもんを買えた。縁のある家は頼れた。何もない家は⋯⋯」


 亀じいはそこまで言って、口を閉じた。


 私は水面を見る。

 さっきまで、ぼ〜っと見ていた水。

 ちゃんと流れている。


 畑には青い作物。

 空には夏の入道雲。

 蝉も元気に鳴いている。

 何にも起きていない。


 だからこそ。

 今しかできない。


「亀じい」

「なんじゃ」

「食べられるもの、もっと村に増やした方がいいよね」

「ほう?」


「畑だけじゃなくて。家のまわりとか、塀のそばとか。実がなる木とか、葉っぱ食べられるやつとか」


 亀じいがひげを撫でる。


「すぐ実がなる木は少ないぞ」

「それはそうだけど。でも今から植えたら、次には間に合うかもしれない」


 次。

 言ってから、自分で嫌になった。

 次が来る前提。


 でも。

 来るかもしれない。

 いや。 たぶん来る。


「粟や稗も、もっとあった方がいい」

「うむ」


「お芋も」

「うむ」


「薬草も」

「欲張りじゃな」

「欲張りでけっこうです」


 命がかかってる。

 遠慮してる場合じゃない。

 亀じいが笑った。


「昔から、飢饉の時に役立つ草木は野にも山にもある。薬になる草もある。だがの」

「だが?」

「知っとる者がおらなくなれば、それまでじゃ」


 私は顔を上げる。


「知識も備蓄?」

「なんじゃそりゃ」

「なんでもない」


 でも、たぶんそうだ。


 米を貯める。

 薪を貯める。

 種を残す。


 同じように知っている人の知識も残しておく。

 どの草が食べられる。

 どの草が薬になる。

 この草は毒。

 いつ採る。

 どう干す。


 これ、帳面にできないかな。

 亀じい。

 住職。

 お母さんたち。


 知ってる人に聞いて、書いて残すんだ。


 また仕事が増えた。


 いや、増やすんじゃない。


 分ければいい。

 私が全部やらなくてもいい。

 そうだった、忘れるところだったよ。


「今年は豊作じゃな」


 亀じいが畑を見ながら言った。


「うん」

「ええことじゃ」


 その声は穏やかだった。

 夏の日差しが水面に反射している。

 蝉がうるさい。

 遠くでは誰かが笑っている。


 何もおかしくない。

 何も起きていない。

 亀じいが杖をついて、ゆっくり立ち上がった。


「じゃが」

「うん?」


「好事魔多しとも言う」


 私は亀じいを見る。


「安心せぬことじゃな」


 風が吹いた。

 稲の葉が、いっせいに揺れた。


 私はもう一度、浅間焼けの石を見る。


 今年は豊作。

 今はまだ⋯⋯

 平和だった。

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