第26話:まずは四ヶ月
小栗歴六年、天保三年、西暦一八三二年――夏
先月までの嵐のような研究生活にやっと終止符がうたれたよ。
皆様、六歳児のおこちゃま心臓を、レビュコメでハリセンボン状態にしていたぶってくれちゃってさ。
でも解決された時の快感。
清々しさは格別だったね。
これなら来年もやれそうだよ。
私は研究成果をまとめた帳面
『科学的養蚕考察:田口養蚕研究会編』
秘匿名称
『生糸の起源経典』
(つまりSILK GENESIS経典だね)
を、抱えて、本家の榮ちゃんに報告に向かう。
赤城の裾野には入道雲が高く伸びている。
真夏だ。
汗が額に流れる。
でもな〜、酷暑じゃないんだよね。
令和っ子絹ちゃんには過ごしやすい。
気温は体感で三十度前後ではあるまいか?
じいちゃんが生きていた時代は酷暑なんかなかったけど、三十五度を越えるといつも昭和の夏を懐かしがっていた。
昭和の夏は三十度越えると暑いという感覚だった、と。
家の東には東西に沼田街道の本道が通っている。
それをぶった切るように東は大胡から桐生、西は桃ノ木川を橋で渡って、利根川を渡し船で渡れば吉岡や箕郷に出る。
やっぱ、交通の要衝だね。
なんで令和の時代は片田舎だったんだろう?
ま〜、途中からでっかい道ができて倉庫とか倉庫とか倉庫とかが立ち並んでいたけどね。
あぜ道よりも広い大胡への道を北へ入っていくと、そこには塚のようなこんもりとした林で覆われた丘と神社、そのとなりに本家があった。
本家の敷地らしいところに大きな倉を建てている職人さんが大勢。
あれはきっと村倉の増築だ。
飢饉対策が順調に進んでいるのかな?
さすが榮ちゃん。
おもわず脱帽します。
帽子なんか江戸時代にないけどね。
「榮ちゃん、研究報告に来たよ〜」
村倉の増築現場に立ち会っていたらしい榮ちゃんに声をかける。
「お前な、来る時は先に前触れを出すのが礼儀だ」
「そんなことおっしゃらずに〜。私はまだ六歳のおこちゃまです。前触れなんか誰がしてくれます?」
それはそうか、という表情。
勝ったな。
たまには勝つのもいいものだね。
たまに、だが!
私はKinuzonレビューを表にしたものを見せた。
ちょっと不思議顔をしてたけど、榮ちゃんは後でじっくり見ると言ってくれたよ。
「で〜、飢饉対策、どうなってますか?」
内心、恐る恐る。
表情は明るく聞いてみたよ。
「進捗状況は三割といったところか」
もう三割進んでいらっしゃるとな。
流石、榮⋯⋯、もういちいち言わなくてもいいか。
「もうすぐ新しい村倉が完成する。これでおおよそだが穀類を村人の四ヶ月分は備蓄できる」
「ほぇええ」
昨年の三日分から四十倍になったよ。
「だが足りない、のだろう? 天狗殿」
「だれが天狗? 私は鼻高ではないです。いつも謙虚な絹ちゃんです」
「⋯⋯、まあいい」
この呆れ顔には慣れてきましたよ。
「収量低下の想定を三割と考えての四ヶ月分だ。だが」
「次の年、足りなくなる」
「そうだ」
いくら備蓄しても再生産できなければ、そこで詰む。
外部からの支援がなければ、自力で生産できるものを増やさないと間に合わない。
「お前が言う、凶作連鎖。もしあったら相当な困難をもたらすだろう。だから」
「雑穀とお芋さん、手間のいらない栄養のある植物が必要」
「いちいち私の先回りをするな」
「へいへい」
私はシルジェネの凶作コンボを思い出していた。
私の初プレイがJカル新着欄に載った時、シルジェネの女配信者が珍しかったらしく冷やかしの視聴者が結構来ていた。
チャット欄はこんな感じ。
《初見殺し来たこれ》
《上州スタートの洗礼》
《ここで備蓄してないと詰む》
《養蚕全振りプレイ死亡のお知らせ》
始める前にアドバイスをしないのがシルジェネプレイヤーのお決まり。
根性いいよね。
これは悪口です。
あ〜、今思い出した。
そんなチャットに紛れて検証班が書き込んでいた気がするよ。
《検証班:一応言っておくけど、このイベント確率かなり史実準拠》
《検証班:上州の災害史と照合すると異常なくらい一致する》
《検証班:冷害・水害・浅間・虫害・飢饉が別イベントじゃなくて連鎖イベント》
《検証班:このゲームの設定魔、たぶん郷土史料まで読みこんでる》
《検証班B:グンマーに恨みでもあるのかと思って調べたら、史実のほうが酷かった》
《検証班C:それはない。チーフPの群馬愛は狂気だ》
ある程度沼ってから、検証スレを覗くとこんな書き込みを見たよ。
《村別に石高と水利まで違うらしいぞ》
《街道沿いかどうかで流民イベントの発生率まで違う》
《桑の作柄悪化で現金収入まで落ちるの、普通そこまでゲーム化する?》
《浅間山イベントの影響範囲、古地図と史料から作ってるらしい》
やっぱ設定魔が、からくり堂に生息していらっしゃる。
それもチーフ・プロデューサー。
その極悪イベントを緩和するための、大甘MODは発表と同時に次から次へと誰かの手によりすぐに消されていった。
シルジェネあるある案件です。
そこまで史実に基づいているんだったら、シルジェネのことをもっと思い出さなくちゃ。
きっと解決策があるはず。
そう思いつつ家に帰った。




