第25話:養蚕革命は一日にしてならず(第3章終わり〜)
冗談で絹格子と名付けられそうになった竹製のお蚕様引っ越し装置。
「やめてよ〜」と騒ぎ立ててそれだけは回避できたよ。
発案者の名前をつけるのは、この時代ではあまりない。
結局、誰かに聞かれた際には『田口格子』と呼ばれることになったよ。
もしへたに名前が後世に残っちゃったら、歴史の教科書とか資料集に載ったりするかもしれない。
『塩原絹乃考案、絹格子』
とか。
やめて、それだけはやめてくだせえまし。
顔写真もないのに、名前だけ何百年も晒されるとか怖すぎる。
SNSのデジタルタトゥーより怖いっす。
しかも後世の研究者に、
「絹乃という名から取ったものと考えられる」
なんて真顔で考察されて研究論文が出た日にゃ、私は墓の中からでも全力で否定する。
発明は広がってほしい。
便利ならみんな使ってほしい。
でも私の名前はいらない。
功績とか名誉とか、そういうのは偉い人が好きに取り合ってください。
私は陰から不労所得だけいただければ、それで結構です。
⋯⋯まあ、この時代に特許制度なんてないけどね。
だから『田口格子』。
うん。
地名ならいい。
広がっても、私は知らないふりができる。
もしとんでもないことやっちまっても晒されないことは超大事です。
これは外せない。
ほかにも私発案、皆様発明の養蚕器具も徐々にできつつある。
視聴者の皆様、それではここでおなじみの、Kinuzon開発中商品のご紹介です。
まずはこちらをご覧ください。
『田口格子・網型』
ユーザーレビュー。
★★★★★
『軽くしてください』
はい。
それ、レビューじゃなくて開発命令ですね。
竹の格子を糸の網にできないかというもの。
だって現代では網だったもんね。
軽いし
丸められるし
場所を取らないし
目の大きさも変えられる。
絶対こっちのほうが便利じゃん!
⋯⋯と思った私が浅はかでした。
細い糸で作る
↓
たるむ
↓
太い糸で作る
↓
重い
↓
目を細かくする
↓
もっと重い
↓
洗う
↓
乾かない
↓
桑の水気を吸う
↓
さらに重くなる
↓
そして切れる。
「現代の網、すげえ⋯⋯」
当たり前に使っていたものが、いざ自分で作ろうとすると文明の結晶だった件。
現在、喜平次さんが木綿や麻の糸を使って試作品を作っている。
「柿渋でも塗ってみるか」
とか言い出した。
工夫神様が、また勝手に進化しております。
Kinuzon評価。
★★★☆☆
『将来性はあります』
『濡れると重いです』
『喜平次さんが帰ってきません』
最後のレビューを書いたのは喜平次さんの奥さんでしょうか。
ごめんなさい。
次。
『お蚕様個室型・試作まぶし』
お蚕様は繭を作るとき、いい感じの場所を探してうろうろする。
だったら最初から、一匹ずつお部屋を用意してあげればいいじゃん。
現代では四角い部屋がずらーっと並んだ、紙のマンションみたいなものがあった。
名前は確か⋯⋯。
なんとか蔟。
まあ名前なんてどうでもいい。
再現できれば勝ちです。
厚い紙を折って仕切れば⋯⋯
「へたるねえ」
はい。
お母さんから一撃もらいました〜。
湿気ますからね。
紙ですからね。
お蚕様の部屋なのに、梅雨に弱い集合住宅とか欠陥住宅にもほどがある。
建築基準偽装は重罪でっせ。
そこで竹を細く割って格子状にする案。
藁を組む案。
薄い木片で仕切る案。
現在、開発陣は三派に分裂しております。
Kinuzonレビュー。
★★★★☆
『竹製は丈夫です』
★★★☆☆
『藁製は安いです』
★★☆☆☆
『木製は重いです』
そして、お蚕様本人からのレビュー。
評価不能。
好き勝手なところに繭を作っておられます。
ユーザー様が仕様書を読まない件
いや、読めないけど。
「ここをもう少し狭くしたらどうだ」
「こっちは暗いほうが入りそうだね」
「上に登りたがるから、少し傾けるか?」
また始まったよ。
おばちゃんたちと喜平次さんと糸ちゃんによる勝手に商品開発会議。
私は発案者です。
一応。
たぶん。
次。
『桑運搬かご・改』
これは地味、
超地味。
今ある籠の取っ手と形を変えただけ。
ところが。
Kinuzonレビュー。
★★★★★
『持ちやすい』
『腕が痛くなりにくい』
『これはいい』
⋯⋯。
なぜだ。
未来知識をふんだんに投入した新型まぶしより、取っ手を少し変えただけの籠のほうが高評価。
技術革新とは。
思わず文明史を研究したくなる私。
私が遠い目をしていたら、お母さんに言われた。
「毎日使うものは、ちょっと楽になるだけでありがたいんだよ」
はい。
また一つ賢くなりました。
次。
『桑葉選別台』
桑を広げて、傷んだ葉や濡れた葉を見つけやすくするだけの台。
これも大したものじゃない。
だけど高さを変えて、座って作業できるようにしたら妙に評判がいい。
「腰が楽だねえ」
また腰。
この時代。
腰痛対策をしただけで文明レベルが一つ上がるんじゃなかろうか。
腰痛べるとノ開発ヲ急グ要アリト認ム
高さを変えられる仕組みも考えた。
板を外して、掛ける段を変えるだけ。
現代風に言えば、
高さ三段階調整!
工具不要!
人間工学設計!
Gデザイン賞受賞!
とか広告に書ける。
が、実態は木の棒だけどね。
Kinuzonレビュー。
★★★★★
『もう前の高さには戻れません』
おお、これは売れるコピーだ。
帳面にメモしておこう。
他にも、
桑を切る台。
道具を吊るしておく棚。
蚕棚の間を通りやすくする配置。
掃除した糞や食べ残しを運ぶ籠。
大発明なんて一つもない。
だけど。
ちょっと軽くする。
ちょっと低くする。
ちょっと持ちやすくする。
ちょっと掃除しやすくする。
そんな改良が増えていった。
百均みたいだね。
そして困ったことが一つ。
「これは絹乃籠でどうだ」
「やめて!」
「じゃあ絹乃台」
「もっとやめて!」
「絹乃まぶし」
「こらこら。絶対わたしの名前はつけないでくんさい!」
危ない。
こいつら油断すると、なんでも私の名前をつけようとする。
未来の郷土資料館に、
『絹乃式桑籠』
『絹乃式蚕棚』
『絹乃式便所』
とか並んでみろ。
最後のやつなんか乙女の仕業と知られたら目と口からビームが出るわ!
断固阻止である。
喜平次さんが笑う。
「じゃあ、みんな田口式にしときゃいいか」
「それでお願いします」
私は深々と頭を下げた。
田口姓の皆様。
未来の責任はあなた達に任せました。
そんなある日、糸ちゃんが難しい顔をして腕を組む。
そして一言。
「ようさんかくめいは、いちにちにしてならずぢゃ」
「誰に教わったの、その言葉!」
六歳児にして格言を生み出す糸神様。
本日も絶好調である。
そんなこんなで、二年目の春は過ぎていったのである。




