第24話:Kinuzonレビュー、★3.5
次の日には木工職人のおじさんが改良品を持ってきてくれた。
名前は喜平次というらしい。
工夫に沼ったようですな。
そのうち工夫神に神化を遂げるであろう。
試作二号機は網目を少しだけ細かくしてあった。
竹の本数を増やしてある。
注文していないのに、縁が蔦みたいなので補強してあるし。
ありがたし。
「ふふふ、勝ったな。この試作二号機で、今度こそ、お蚕様のうんこ問題に終止符を打つのだ!」
「きぬちゃん」
「なんですか?」
「きぬちゃん、うんこすきだね」
「ちがう!」
たしかにちっちゃい子は、うんことか、うんちが好きだ。
だが私はアラサーだよ?
糞尿を見て感激する異常者ではない。
⋯⋯便秘が一週間続いた朝は除く。
新しいおもちゃ、げふん、試作品が届いたらやっぱ実証実験をせねば。
だけど今回は、実験室を飛び出して実際に使ってもらうんだ。
「喜平次さんも一緒に来て」
今ならお母さんが近所のおばさんたちと一緒に、二階でお蚕様の世話をしている。
みんなに使ってもらおう。
私は駆け出した。
早くうんこを撃退するシーンをこの目で見たい。
こてん
足がもつれました。
まだまだ体はアラテン、四捨五入で十歳になったばかり。
早く、せめてローティーンにならないと、自分の力で解決できないことが多すぎる。
◇◇◇◇
二階へ続く急な階段を上がる。
また転けそうになる。
ここはもっと作業のこと考えて緩やかにすべし。
「みなさま。よければ試供品をお使いくださいませ。今なら、糸ちゃんの笑顔がついてきます」
勝手にサービス品にしてしまった糸ちゃんの笑顔。
まあ、成功すれば私の笑顔もつけちゃいますんで、どうか遠慮せずに使ってくだせ〜。
「あらあら。なんなんだいね? 天狗様の贈り物かしらね」
皆様、作業の手を止めて近くに来てくれた。
全員が背伸びをしたり腰をもんでいらっしゃる。
だいぶ重労働みたい。
私と糸ちゃんとで、使い方の説明をする。
大人用の作業場所は、私には高くて作業しづらいな。
高さ調節機能とかあればいいのに。
⋯⋯いやいや。
また始まったぞ。
未来人お得意の「ないなら作ればいいじゃん病」。
まずは目の前の一個を片付けよう。
あれもこれも手を出すと、完成するものまで完成しなくなる。
「それで、これをお蚕様の上に置くのかい?」
「そう。上に桑を置いてみて」
お母さんが試作二号機を持ち上げた。
ん?
ちょっと待て。
持ち上げた瞬間、顔が微妙に曇ったぞ。
「重い?」
「重いってほどじゃないけどねえ。これを何枚も扱うとなると、ちっと骨だいね」
喜平次さんがすぐに格子を見る。
「丈夫にしようと思って、竹を増やしたからな」
あ。
強くしたら重くなった。
当たり前です。
なんということでしょう。
耐久性を上げたら重量が増えました。
産業革命への道は物理法則に阻まれております。
「まあ、とりあえずやってみようか」
お母さんが蚕の上へ試作二号機を載せる。
その上に桑を広げた。
しばらく待つ。
もぞ。
もぞもぞ。
おお、上がってきた。
昨日より明らかにいい。
一匹。
二匹。
三匹。
下からお蚕様が竹の隙間を抜けて、新しい桑へ移ってくる。
「「おおー!」」
糸ちゃんと同時に声が出た。
今度は落ちない。
いや、一匹落ちた。
見なかったことにしよう。
いや研究者としてそれはダメですな。
一匹落下、と。
心の実験ノートへ記録。
しばらくすると、かなりの数が上へ移った。
下には食べ残した桑と糞。
「これなら、下のをそのまま片付けられるねえ」
一人のおばさんが感心したように言った。
「でしょう!」
ふふん。
どうだ。これが文明の利器。
これが未来人の力……
「でも、ちっとんばっか大きいねえ」
……。
はい?
別のおばさんが端を持つ。
「一人だと扱いにくいよ。二人いればいいけど」
「ここに手を掛けるところが欲しいね」
「あと、この角。着物の袖が引っ掛かりそうだよ」
「竹がささくれてるところもあるねえ」
待って。
待ってください。
Kinuzonユーザーレビューが始まってしまったよ。
★3.5。
『発想は良いです。ただし少し重いです』
『女性一人では使いづらい』
『持ち手があると便利だと思います』
『細部の仕上げに改善の余地あり』
『今後に期待して★四つです』
やめて!
低評価レビューは六歳児の心に、刺さる〜。
なお、当社ではいっさい返品は受け付けておりません。
「こっちを半分くらいの大きさにしたらどうだ?」
喜平次さんが言った。
「え?」
「二枚に分けりゃ、一人でも扱える。枠も細くできるから軽くなる」
おばさんの一人がうなずいた。
「それならいいねえ。片方ずつ替えられるし」
「持つところは?」
「ここを少し出せばいい」
喜平次さんが指で枠の端を示す。
糸ちゃんも参加する。
「くわ、こっちにいっぱいおいたほうがいいよ」
「なんでだい?」
「おかいこさま、そっちにあつまるから」
「桑を縦に置くのと、横に置くのとでも違うさね」
……。
また始まった。
私が知らないところで、勝手に改良会議が進んでいく。
企画者は私です。
たぶん。
一応。
「絹乃」
お母さんに呼ばれた。
「なに?」
「これ、いいよ」
お。
褒められる時間が来ましたか?
さあどうぞ。
もっと言ってください。
褒めると伸びるタイプです、鼻の下だけど。
図に乗るのは得意なんです。
「腰を曲げるのが少なくて済む」
「……腰?」
思っていた言葉と違った。
私は作業中のお母さんの姿を思い出す。
蚕棚に手を伸ばして。
桑を取り除いて。
糞を集めて。
また新しい桑を運んで。
何度も立ったりしゃがんだり。
そういえば、さっきこっちへ歩いてきたときも、みんな腰を叩いていた。
私はずっと、お蚕様のことばかり見ていた。
うまく移るか。
糞が落ちるか。
竹の間隔はどうか。
でも使うのは人なんだ。
「こいつがあれば、掃除が早く終わりそうだね」
別のおばさんも言う。
「少しでも早く終わりゃ、その分ほかのことができるよ」
ほかのこと。
ご飯を作ったり、
洗濯したり、
畑へ行ったり。
もしかしたら、
少しだけ休んだり。
「……そっか」
「どうしたんだい?」
「なんでもない」
なんでもないことじゃないけど。
なんだろう。
鉛筆が売れたときも嬉しかった。
お金が入る。
それは、とても大事。
飢饉を乗り越えるには、なおさらだ。
でも。
「楽になった」
この言葉も⋯⋯、なんかいい。
喜平次さんは、もう試作品を裏返していた。
「ここを削るか。竹も一本減らせそうだな」
「弱くならない?」
「組み方を変える」
即答だった。
工夫神様は順調に神化しております。
「使う奴に聞かなきゃ、使いやすいもんなんて分からねえからな」
喜平次さんは何でもないように言った。
私は黙った。
そうか。
喜平次さんは竹や木のことを知っている。
お母さんたちは、毎日の作業を知っている。
糸ちゃんは、お蚕様のことを知っている。
私は⋯⋯。
未来にあったものを、少し知っている。
誰も全部は知らない。
でも。
みんなが知ってることを持ち寄れば。
最初に私が考えたものより、ずっと良くなる。
「きぬちゃん?」
「ん?」
「にやにやしてる」
「してません」
思わず顔を触ると⋯⋯
どうやらしていたらしい。
◇◇◇◇
その日の夕方、喜平次さんは試作二号機を持って帰った。
「明日までに直してくる」
「無理しなくていいよ?」
「俺がやりてえんだよ」
はい。
完全に沼ったね。
工夫神・喜平次、爆誕ですな。
御神体は鉋でよろしいでしょうか。
私は糸ちゃんと並んで見送る。
「きぬちゃん、すごいね」
「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めてもよいのだぞ」
「でも、つくったの、きへいじさんだよ」
ぐっ。
「かんがえたのも、きへいじさん」
ぐぐっ。
「おばちゃんたちもいっぱいかんがえた」
ぐぐぐっ。
「わたしも!」
「私の発明権がどんどん侵食されていく〜!」
Kinuzon商品ページ。
企画:塩原絹乃。
製造:喜平次。
改良提案:養蚕のおばさま御一同。
蚕行動監修:糸ちゃん。
……。
私、何した?
いや。
最初に言い出した。
それは大事。
たぶん。
きっと。
そのはず。
でも、
みんなで考えたもののほうが、私一人で考えたものより良くなっていた。
だったら、
もっとたくさんの人が、それぞれ得意なことを持ち寄ったら、どこまでできるんだろう。
ちょっとだけ⋯⋯、見てみたくなったよ。




