第23話:失敗は大成功
運が良かったよ。
前に家へ来た木工職人さんが隣の家の雨戸を修理しに来ていた。
「おじさん。この前はありがとう。おかげであのあと本家の人たちがえんぴつというのを作っちゃった」
六歳の女の子が発明とか言っても信じないもんね。
私の存在は消すのだよ。
そのほうが問題が起きない。
「やっぱりそうか。最近職人の間で、あのえんぴつは結構人気だぜ。最新式の色えんぴつが偉え便利だと評判だ」
そうでしょうそうでしょう。
色つけられると格段につかい勝手が良くなるよね。
「それで、今日は何の用だい?」
「うん。実はこういうの作ってもらいたいの」
一緒に来ていた糸ちゃんが、試作ネット一号を職人さんに渡す。
ま、まだネットじゃなくて竹の格子だけどね。
「竹か。なにに使うんだ?」
「お蚕様の引っ越し」
「よくわかんねぇままじゃ、作れねぇから細かく説明しな」
そうだよね。
こんなの多分世界でも私だけしか作ろうとはしていない。
たぶん。
私はその原理を説明。
いろいろと注文をつけた。
「そうか。本当なら網がいいんだな。それだと俺にはできねぇが」
「まずは竹で何種類か作ってよ。うまく行くようだったら誰かが使ってくれると思うし、その人が網を作ってみるんじゃないかな」
木工職人さんが、私の顔を見つめる。
やだわ、そんなに見つめないで。
照れちゃう。
私に惚れないでね。
「お前、本当に子供か? まあ、子供だから欲がないのか」
「なんのこと?」
韜晦しておく。
目立たず、危険から遠ざかる。
大人に責任はおっかぶせる。
これで行こう!
⋯⋯でも発明権利だけは隠れて握っておきたいが。
だって不労所得だし〜。
えんぴつ案件で味をしめた三十歳児はここです。
◇◇◇◇
なんとか木工職人さんには、二百文で手を打ってもらったよ。
ちょっと安すぎるようだけど顔つなぎらしい。
「次も俺のところに注文しな」
と、言われた。
おじさんってば、青田買いうまいね。
この六歳児、中身が三十の未来人と知らずに安値で購入。
気がつくと価値が五倍になっていると。
お、ここでも、五倍五倍か。
自然界には、五倍の法則というものがあるのかも。
まさかね。
庭先で職人を見送る。
糸ちゃんが嬉しそうにしている。
それを見てふと思ったね。
私は答えを知ってる。
でも、糸ちゃんは違う。
自分で考えて、自分で作ろうとしてる。
「きぬちゃん、たのしみだね」
糸ちゃん、ご満悦。
だって、自分が考えたものを大人が作ってくれる。
これはたまらん快感です。
「うん。楽しみ」
庭先での交渉が終わった後、私たちは蚕室へ戻った。
糸ちゃんは、さっきからずっとご機嫌だ。
「きぬちゃん。できたら、すぐつかえる?」
「うーん。そこはやってみないとわかんない」
「わかんないの?」
糸ちゃんが不思議そうな顔をする。
うん。
未来の知識があるからって、何でも一発で成功するわけじゃないのだ。
ネットを使って蚕を移動させる方法そのものは知ってる。
でも、ここは令和じゃない。
プラスチックの網なんてない。
寸法を測る道具だって大雑把。
材料は竹。
作るのは職人さんの手作業。
つまり。
私が知ってるものと、似てるけど同じものにはならない。
「たぶん、一回じゃうまくいかないよ」
「えー」
「だから楽しいんだよ」
「?」
まー、六歳児に研究開発の楽しさを説明するのは難しい。
「うまくいかなかったら、直すの」
「なおす?」
「うん。穴が大きかったら小さくする。小さかったら大きくする。使いにくかったら形を変える。それでまたやってみる」
糸ちゃんは少し考えて、
「それでまただめだったら?」
「また直す」
「また?」
「また」
「ずっと?」
「うん。できるまで」
糸ちゃんが笑った。
「きぬちゃん、しつこいね」
失礼な。
でも否定できない。
研究とは、しつこくないとできないのだ。
小栗様攻略で睡眠時間と食費を極限まで削った私をなめてもらっては困る。
私は蚕棚の前にしゃがみこんだ。
お蚕様たちは今日も桑の葉をむしゃむしゃ食べている。
静かなものだ。
でもこれ、何千匹もいると世話する人間は全然静かじゃないんだよね。
桑をやって
糞を取って
病気を見て
温度を見て
眠に入ったら気をつけて
また桑をやって。
昔の養蚕って、とにかく人手がかかる。
しかも忙しい時期には寝る時間まで削られる。
お蚕様は可愛い。
可愛いけど。
数が増えると、かわいい顔した労働力ブラックホール。
しまいには東京タワーも折ってしまう程の猛威を振るうのだ。
「これで少し楽になるといいなぁ」
私が言うと、糸ちゃんもしゃがみこんだ。
「おっかあも?」
「うん」
糸ちゃんのお母さんも。
うちのお冬お母さんも。
村の女の人たちも。
みんな。
養蚕をやるのは男だけじゃない。
むしろ細かい世話は女の仕事が多い。
というより。
家の仕事って、だいたい女の人がやってない?
ご飯を作って。
水を汲んで。
洗濯して。
子供を見て。
畑も手伝って。
その上で蚕まで。
江戸時代のお母さん。
働きすぎです。
労働基準監督署は何をしている!
知らせないと。
……ないです。
メールもないです。
電話もないです。
郵便もないです。
知ってました。
だったら作業そのものを減らすしかない。
一回の手間がほんの少し減るだけでもいい。
それが毎日。
何百回。
何千回。
少しの違いでも、積み重なれば、きっと大きい。
「きぬちゃん?」
「ん?」
「またむずかしいかおしてる」
おっと。
いけないいけない。
六歳児の顔で社会政策について悩んでいたね。
「おなかすいたなって思ってた」
「うそ」
ばれた。
糸ちゃん、最近、私の扱い雑になってきてない?
人の顔色うかがう少女にはなってほしくないですな。
◇◇◇◇
三日後。
木工職人のおじさんが、本当に持ってきた。
二百文よ、良き働きでおじゃった。
試作ネット二号。
正確には、竹格子二号。
「言われたとおり、目の大きさを三つ変えて作ってみたぞ」
「おおー!」
三枚もある。
二百文よ、お前もか。
労働基準監督署に見つかって何万文も罰金支払うのは嫌でござる。
粗いの。
中くらい。
細かいの。
さらに縁には細い木枠までつけてある。
「すごい!」
糸ちゃんが飛び跳ねた。
私も内心飛び跳ねた。
空中で両手はやっぱりお互いの手のひらニギニギ。
さすが職人。
私が適当に描いた図から、ちゃんと使える形になってる。
ま〜、ヲタクは絵心ないと意思疎通ができないので少しは描けるのだよ。
「ただな」
おじさんが一本、指で竹を弾く。
「細かいやつは弱い。これ以上細くすると、すぐ折れるぞ」
なるほど。
そうなるよね。
現代のネットなら細くても強い。
でも竹は違う。
「じゃあ、まずこれでやってみる」
一番粗いものを選ぶ。
桑の葉を上に乗せて。
蚕の上にそっと置く。
「これで上にのぼってくれば……」
糸ちゃんと二人で待つ。
一分。
二分。
三分。
……。
「こないね」
「うん」
来ない。
いや。
正確には何匹かは動いてる。
動いてるけど。
私の脳内では、こう。
わらわらわらー、っと蚕が新しい桑の葉へ集団移動。
古い桑と糞だけ下に残る。
労働時間激減!
科学大勝利!
だったんだけど。
現実。
もぞ。
もぞもぞ。
⋯⋯以上。
「遅っ」
思わず言った。
「おそいね」
糸ちゃんまで言った。
お蚕様。
もうちょっと科学の進歩に協力していただけませんか。
さらに待つ。
やっと十匹くらいが格子を登ってきた。
「きた!」
「きたきた!」
二人で喜ぶ。
よし。
原理は間違ってない。
ところが。
「あ」
一匹が竹と竹の間から落ちた。
ころん。
ボルダリング蚕くん、下の蚕ちやんの上へ落下。
……。
「おちた」
「落ちたね」
さらに一匹。
ころん。
「また」
「うん」
穴が大きすぎました。
試作一号。
敗北。
「だめだね」
糸ちゃんが残念そうに言う。
「違うよ」
「え?」
私は格子を持ち上げた。
「大成功」
「なんで?」
「穴が大きすぎるってわかったから」
糸ちゃんが目をぱちぱちさせる。
「でも、できなかったよ?」
「できなかったんじゃないよ。これじゃ駄目ってわかったの」
駄目だった、は、立派な研究成果だ。
私は二番目の格子を見る。
「次はこっち」
「それでもだめだったら?」
「三番目」
「それでも?」
私は胸を張った。
「おじさんに四番目を作ってもらう!」
後ろで職人のおじさんが吹き出した。
「おいおい。もう次の注文かよ」
「次もおじさんのところに頼めって言ったじゃん」
「言ったけどよ」
ふふん。
言質は取りました。
商売とは恐ろしいものなのだ。
「でもよ」
おじさんは笑いながら、失敗した格子を手に取った。
しばらく眺める。
それから指で竹の間隔を測った。
「こっちを少し詰めて、縦を一本増やせばいいんじゃねぇか?」
私は固まった。
「あ」
それ。
私、思いつかなかった。
糸ちゃんも格子を覗き込む。
「じゃあ、ここもほそくする?」
「そうだな」
二人が勝手に話を始める。
私は黙ってそれを見た。
なんだろう。
少し不思議な感じがした。
私が知っていたのは、完成した道具だけ。
でも、この人たちは完成したものを知らないのに、失敗したものを見て、考えて、次を作ろうとしている。
……そっか。
別に私が全部考える必要ないんだ。
知っていることを少し出せばいい。
あとは、その道の得意な人が考えてくれる。
木を扱うなら職人さん。
蚕なら糸ちゃんのお母さんたち。
商売なら本家。
私は全部できない。
というか。
何一つ、一番にはなれない。
だけど。
みんながそれぞれ得意なことを持ち寄ったら。
私一人より、ずっとすごいものができる。
「きぬちゃん?」
糸ちゃんがこちらを見る。
「ん、なんでもない」
私は自然と笑っていた。
この頃の私はまだ、その意味をほんの少ししか分かっていなかった。
この小さな竹格子が、この先、田口だけじゃなく、もっとずっと遠くまで広がっていくことを。
そして。
私より上手に、私が考えたものより便利に、私の知らない形へ変えていく人たちが現れることを。
この頃の私はまだ、未来の知識を持っている自分が一番物知りなんだと思っていたのだ。




