第21話:経験神、降臨!
「きぬちゃん。おかいこさま、いっぱいだね。うれしいね」
「そうだね。私もうんと嬉しい!」
ついに、お蚕様五十匹をゲットだぜ。
去年は五匹。
しかも、途中まで育った子を分けてもらっただけだった。
今年は違う。
最初から見る。育てる。
小さなお蚕様を棚に並べる掃立てから、眠って、起きて、大きくなって、繭になるまで。
二階の養蚕部屋の隅に、五つの笊を並べた。
まだお蚕様は小さいから、笊の中もすかすかだ。
五十匹もいるのに、ちっさ。
シルジェネだと画面の中でわちゃわちゃ動いていたから、もっと存在感があった気がするんだよね。
「糸ちゃん、さっき言ったように、お蚕様をよく見て、違いがあったら教えてね」
「うん。去年よりいっぱいだから、ちゃんと見ないとね」
お。
糸ちゃん、去年よりしっかりしてなさる。
「さすが糸研究員。頼りにしております」
「けんきゅういんってなに?」
「偉い人です」
「じゃあ、やる」
よし。
一発採用ですな。
私は帳面を開いた。
昨日考えた計画では、五十匹を十匹ずつ五組。
基準。
葉っぱ。
餌。
広さ。
掃除。
一度に変える条件は一つだけ。
科学神さまの御教えである。
「では糸研究員に聞き取り調査です。小さいお蚕様には、どんな葉っぱがいいですか?」
「やわらかいの」
「どのくらい?」
「やわらかいのは、やわらかいよ」
⋯⋯。
説明になっておりませぬ。
「じゃあ、大きくなったら?」
「おおきくなったら、もう少しかたい葉っぱでもいいよ。ずっとやわらかいのじゃないよ」
「え?」
私は帳面を見た。
『葉っぱ群』
⋯⋯。
待て。
葉っぱって、ひとつの条件じゃないじゃん。
「糸ちゃん。ちょっと待ってて」
私は桑の枝を何本か持ってきて、葉っぱを一枚ずつ並べた。
大きいの。
小さいの。
色の濃いの。
まだ薄いの。
「この中なら、今のお蚕様にはどれ?」
「これ」
即答。
「じゃあ、こっちは?」
「これかな」
「これは?」
「それはまだちょっとかたいよ」
私は糸ちゃんが選んだ葉を並べてみた。
大きさが似ている。
色も似ている。
触ると、たしかに柔らかい。
「どうやって分かるの?」
「見ればわかるよ」
「その『見ればわかる』が分からんのですよ!」
糸ちゃんは不思議そうに私を見る。
私は一枚取って、まねして触った。
「これ?」
「ちがう」
「じゃあ、こっち?」
「それもちがう」
「どこが?」
「うーん⋯⋯なんか、ちがう」
経験論の申し子は単純な言葉でしかくださらない。
去年だったら、ここで経験論の使徒襲来!
科学の力で殲滅してくれるわ〜、とか考えていたところだ。
でも今年の私は一味違うのだよ。
糸ちゃんは適当に言っているわけじゃない。
毎年お蚕様を見て、桑を触って、その中で残ったやり方なんだ。
理由を説明できないことと、間違っていることは同じじゃない。
「⋯⋯お味方になっていただけばいいのか」
「きぬちゃん?」
「糸ちゃん。本日より経験神に昇格です」
「けいけんしん?」
「はい。科学神さまの新しいお仲間です」
「わたし、かみさまなの?」
「神様です」
糸ちゃん、にぱ〜っと笑った。
「じゃあ、がんばる」
可愛いのでよし。
科学神さま。
本日、新しい神様が御降臨なされました。
祭壇で仲良く同居してください。
ただし経験神さまには、ひとつ重大な弱点がある。
「なんでこの葉っぱがいいの?」
「いい葉っぱだから」
説明能力、ほぼゼロ。
なら、そこを私が調べればいい。
葉っぱの位置。
色。
柔らかさ。
お蚕様の大きさ。
食べ残し。
糸ちゃんが「いい」と言うものを記録して、あとから共通点を探す。
おお。
これなら経験を科学できるんじゃない?
「糸ちゃん。元気がないお蚕様って、なにか違う?」
「たべなくなるよ。葉っぱものこすし、うごきも少なくなる」
「なるほど」
私は帳面に書いた。
『食べ残し:なし・少し・多い』
『動き:元気・ふつう・少ない』
数字じゃない。
でも去年の「なんとなく元気」よりずっとましだ。
そこで、ふと頭の中にシルジェネの画面が浮かんだ。
養蚕小屋。
何段にも並んだ蚕棚。
温度表示。
換気。
それから――
「⋯⋯網、かな?」
たしか、蚕の上に網みたいなものが載っていた。
あれ、なんだったっけ。
ゲームでは背景の一部くらいにしか見ていなかった。
でも、今なら分かる。
たぶん、意味のないものじゃない。
「糸ちゃん。新しい桑を上に置いたら、お蚕様ってどうする?」
「食べに上がってくるよ」
「上に?」
「うん。桑があれば来るよ」
⋯⋯。
私の頭の中で、ゲーム画面の網と、目の前のお蚕様が重なった。
あ。
これ、なんか使えるんじゃね?
でも、まだ分からない。
決めつけるのはやめよう。
去年より一つだけ賢くなったことがある。
分からない時は、まず見る。
「糸研究員」
「はい」
「今年は忙しくなるよ」
「うん。でも、たのしいね」
「そだね。楽しい!」
五つの笊の中で、お蚕様たちは何も知らずに桑を食べている。
去年は五匹。
今年は五十匹。
増えたのは数だけじゃない。
私も。
糸ちゃんも。
たぶん、去年より少しだけ先に進んでいる。
そして、科学神さまには経験神という強力なお味方が加わった。
あとは――。
私は帳面に大きく書いた。
『温度』
⋯⋯。
温度計、ないんだよなあ。
科学神さま。
今年は道具まで要求なされますか。




