第20話:天狗どん、仕事をぶん投げる
翌日。
本家の広間に朝っぱらから人が集められていた。
誠一郎さん。
八郎さん。
福助さん。
喜平次さん。
五人組の組頭たち。
私も呼ばれた。
いや、呼ばれてないっす。
勝手にまぎれこんでいますだ。
てへぺろ。
「絹。お前は向こうに座っていろ」
「なんで!」
「今日は大人の話だ」
「発案者なんですけど!」
「発案は天狗様だろ?」
「⋯⋯はい」
自分の設定が邪魔をする。
天狗様、会議に出席できない件。
仕方があるまい。
天狗どん、座敷の隅にちょこんと座る。
ええ、六歳児ですよ。
見た目だけなら。
「みな揃ったな。では始める」
継太郎さんの声で、部屋が静かになった。
「今年から田口では、飢饉に備える」
ざわ。
そらざわつくよね。
「飢饉?」
「今年は作柄も悪くねえぞ」
「なんで今から?」
ですよね〜。
私だって令和で、
『一年後に大災害が来ます。食料を備蓄してください』
とか町内会で言われたら、
『どこの陰謀論ですか?』
って思うであろ〜。
「天狗様のお告げだ」
継太郎さんが言った。
⋯⋯げ、科学的根拠、一切なしの宣言。
でもみんな、
「天狗様か」
「迦葉山の?」
「なら養蚕にも関係あるか」
と、妙に納得している。
宗教バフ、強すぎな世界。
まあ令和の不信心ものの世界常識とは違うか。
「まず、田口にどれだけ食い物があるか改める」
榮ちゃんが帳面を開いて細部を説明し始めた。
これも修行の一環かな。
「米、麦、豆、粟、稗、蕎麦。種にする分も別に数える」
「全部ですか?」
「全部だ」
「それは必要なことですかい?」
「面倒じゃな」
「飢えてから数えても遅い」
ぐうの音も出ない。
榮ちゃん先生、本日も絶好調です。
「村倉は誠一郎」
「承知しました」
「前橋の米価と作柄は八郎」
「任せてください」
「薪、炭、農具は福助」
「頑張ります」
「喜平次には、備蓄用の棚と箱、それから農具の修繕を頼む」
「おう」
次々と担当が決まっていく。
昨日まで私の帳面の中で、
『食料』
『燃料』
『農具』
『種』
『情報』
としか書かれていなかったものが、人の名前に変わっていく。
すごい。
タスキ管理表、本当にタスキが渡ってる。
「五人組には、家ごとの人数と蓄えを調べてもらう」
継太郎さんが言った。
「隠す者もいるでしょう」
組頭の一人が困った顔をする。
「無理に納屋を開けとは言わぬ。ただ、備え分量の数だけでも正確に教えてもらう」
「それで足りるんですかい?」
「足りぬ。だが、最初から全部やろうとすれば誰も動かん」
これが政治というもの?
正論で殴らないで、できるところから動かす。
継太郎さん、やっぱり庄屋なんだね。
すごく頼もしい。
「それから、米だけに頼るな」
榮ちゃんが続ける。
「麦、蕎麦、粟、稗。畑の空いているところは全部使う」
「全部ですかい?」
「全部だ」
「桑畑まで潰すのか?」
ざわつく。
これは揉めるね。
養蚕は現金収入。
桑を減らせば銭が減る。
でも食料を作らなければ腹が減る。
「桑畑は潰さない」
榮ちゃんが即答した。
「養蚕を捨てれば、飢饉になった時に外から食料を買う銭がなくなる」
おお、なるほど。
言われてみれば当然。
「空いている畑、畦、使っていない土地から始める。桑は残す」
反対していた人たちも、少し納得した顔になった。
うん、そうだね。
食料だけ増やせばいいわけじゃない。
銭もいる。
私は昨日まで、
『食べ物! とにかく食べ物を備蓄じゃ〜』
だった。
危ない。
文明崩壊系主人公、開始一日で経済を忘れる。
備蓄一本足じゃ、倒れるよね。
やはりあらゆる可能性を考えてそれに備える。
じいちゃんの言葉が改めて大切と実感。
「それと、村倉に入れる分ですが」
誠一郎さんが腕を組んだ。
「今年の収穫から、少しずつでも出してもらわないといけません」
空気が重くなる。
そこだよね。
備蓄は空から降ってこない。
誰かが今食べられる分を減らして、未来へ回さなきゃならない。
「強制はせぬ」
継太郎さんが言った。
「まず本家が出す」
「父上」
「本家が出さずに、村の者へ出せとは言えぬ」
榮ちゃんは黙った。
その顔は反対じゃない。
計算している顔だ。
「それで足りなければ、余裕のある家へ頼む。貸しとして記録する」
「貸し?」
「飢饉が来なければ返す。来たなら、村のために使う」
そうだよ。寄付じゃない。
あくまでも貸し。
これなら出しやすい。
「それでも出さねえ家は?」
誰かが聞いた。
「出さぬ自由もある」
継太郎さんはあっさり言った。
「ただし、困った時に村倉から受け取る優先順位は遅くなる」
部屋が静かになった。
こわ。
でも公平だ。保険料と同じか。
協力した人と、協力しなかった人が同じじゃ揉める。
保険に入らなければ保険金は降りない。
この辺、綺麗事だけじゃ村は回らないんだな。
「継太郎さま」
私はつい口を挟んだ。
「なんだ」
「それ、ちゃんと帳面に書いておいた方がいいよ」
「書く」
「誰がどれだけ出したかも」
「書く」
「返したかどうかも」
「書く」
「じゃあ完璧」
「お前は黙って座っていろ」
「はい」
六歳児、怒られました。
話し合いは昼近くまで続いた。
でも。
全部は決まらなかった。
当たり前だ。
どの畑に何を植えるか。
誰が薪を集めるか。
種をどこから持ってくるか。
村倉をどこまで増やすか。
病人が出たらどうするか。
考えることが多すぎる。
けど、昨日の夜とは違った。
私の帳面に書いてあった問題が、少しずつみんなの問題になっていた。
いい感じに会議が終わろうとした時、一人のおじさんの不安そうな声がみんなを凍りつかせた。
「俺達が生き延びることはできるかもしれんが、他の村のやつはどうなる? もしかすると田口に食いもんを恵んでくれと押しかけてこねえか?」
みんなが顔を見合わせる。
自分だったら見境なく行動するだろう。
家族が死にそうなら何でもするはず。
「田口は生き残ることに全力を尽くす」
継太郎さんの力強い声が響く。
「が、儂らの手の届く範囲のものは、誰も見捨てぬ」
ざわつく。
そんな余裕はないはずと誰もが思った。
「助けられる者を見捨てては、死んで閻魔様になんと弁明するのだ。胸を張って閻魔様にこう言おう。儂らは、これ以上できなかった、と」
令和の感覚では全く理解不能。
だけど、天狗様のお告げで動く村には、この宣言は響くのだろうね。
「それにこの善行は田口のためでもある。飢饉が終わっても村の付き合いは続く。そのとき田口は悪者になっていては困る。逆に恩を着せるための行為だ」
拍手なんてなかった。
だけど、さっきよりも少しだけみんなの顔が明るくなった気がしたよ。
「終わった?」
外で待っていた糸ちゃんが駆け寄ってきた。
「終わった〜」
「疲れた?」
「何もしてないのに疲れた」
「また怒られた?」
「なんで分かるの?」
「絹ちゃんだから」
はて、どういう意味でしょう。
「で、これからどうするの?」
「大人たちに全部ぶん投げた」
「ぶん⋯⋯?」
「お願いした」
「最初からそう言えばいいのに」
はい。
糸ちゃん先生、今日も正しいです。
「だから私たちは、こっち」
私は籠を持ち上げた。
中には。
もぞもぞ。
もぞもぞ。
さっきもらった五十匹。
去年の五倍のお蚕様。
糸ちゃんが目を輝かせる。
「いっぱい!」
「ふふふ」
私は鉛筆を取り出した。
「今年こそ科学の勝利を見せてやりますよ」
「なにするの?」
「まず五つに分けます」
「なんで?」
「実験だから」
「どう違うの?」
「⋯⋯」
「絹ちゃん?」
「これから考える」
「考えてなかったの?」
「科学とは試行錯誤なのです」
「それ、昨日も聞いたよ」
ぐぬぬ。
村を救う仕事は、大人たちへ。
私には私の仕事がある。
五十匹のお蚕様。
そして隣には。
私よりずっとお蚕様を知っている糸ちゃん。
「糸ちゃん」
「なあに?」
「今年もよろしくお願いします」
「うん!」
元気よく返事をしてくれた。
さて。
天狗様は仕事をぶん投げた。
あとは私が自分の仕事をちゃんとやるだけである。
⋯⋯。
五十匹。
なにげに多くない?




