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『絹乃国』〜推しの小栗上野介を救いたい転生幼女、まずは天保の大飢饉から村を救います〜  作者: 天のまにまに
第3章:小栗歴六年

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第20話:天狗どん、仕事をぶん投げる

 翌日。

 本家の広間に朝っぱらから人が集められていた。


 誠一郎さん。

 八郎さん。

 福助さん。

 喜平次さん。

 五人組の組頭たち。


 私も呼ばれた。

 いや、呼ばれてないっす。

 勝手にまぎれこんでいますだ。

 てへぺろ。


「絹。お前は向こうに座っていろ」

「なんで!」


「今日は大人の話だ」

「発案者なんですけど!」


「発案は天狗様だろ?」

「⋯⋯はい」


 自分の設定が邪魔をする。

 天狗様、会議に出席できない件。

 仕方があるまい。

 天狗どん、座敷の隅にちょこんと座る。

 ええ、六歳児ですよ。

 見た目だけなら。


「みな揃ったな。では始める」


 継太郎さんの声で、部屋が静かになった。


「今年から田口では、飢饉に備える」


 ざわ。

 そらざわつくよね。


「飢饉?」

「今年は作柄も悪くねえぞ」

「なんで今から?」


 ですよね〜。

 私だって令和で、


『一年後に大災害が来ます。食料を備蓄してください』


 とか町内会で言われたら、


『どこの陰謀論ですか?』


 って思うであろ〜。


「天狗様のお告げだ」


 継太郎さんが言った。

 ⋯⋯げ、科学的根拠、一切なしの宣言。

 でもみんな、


「天狗様か」

「迦葉山の?」

「なら養蚕にも関係あるか」


 と、妙に納得している。

 宗教バフ、強すぎな世界。

 まあ令和の不信心ものの世界常識とは違うか。


「まず、田口にどれだけ食い物があるか改める」


 榮ちゃんが帳面を開いて細部を説明し始めた。

 これも修行の一環かな。


「米、麦、豆、粟、稗、蕎麦。種にする分も別に数える」


「全部ですか?」

「全部だ」


「それは必要なことですかい?」

「面倒じゃな」


「飢えてから数えても遅い」


 ぐうの音も出ない。

 榮ちゃん先生、本日も絶好調です。


「村倉は誠一郎」

「承知しました」


「前橋の米価と作柄は八郎」

「任せてください」


「薪、炭、農具は福助」

「頑張ります」


「喜平次には、備蓄用の棚と箱、それから農具の修繕を頼む」

「おう」


 次々と担当が決まっていく。

 昨日まで私の帳面の中で、


『食料』

『燃料』

『農具』

『種』

『情報』


 としか書かれていなかったものが、人の名前に変わっていく。

 すごい。

 タスキ管理表、本当にタスキが渡ってる。


「五人組には、家ごとの人数と蓄えを調べてもらう」


 継太郎さんが言った。


「隠す者もいるでしょう」


 組頭の一人が困った顔をする。


「無理に納屋を開けとは言わぬ。ただ、備え分量の数だけでも正確に教えてもらう」

「それで足りるんですかい?」

「足りぬ。だが、最初から全部やろうとすれば誰も動かん」


 これが政治というもの?

 正論で殴らないで、できるところから動かす。

 継太郎さん、やっぱり庄屋なんだね。

 すごく頼もしい。


「それから、米だけに頼るな」


 榮ちゃんが続ける。


「麦、蕎麦、粟、稗。畑の空いているところは全部使う」

「全部ですかい?」

「全部だ」

「桑畑まで潰すのか?」


 ざわつく。

 これは揉めるね。


 養蚕は現金収入。

 桑を減らせば銭が減る。

 でも食料を作らなければ腹が減る。


「桑畑は潰さない」


 榮ちゃんが即答した。


「養蚕を捨てれば、飢饉になった時に外から食料を買う銭がなくなる」


 おお、なるほど。

 言われてみれば当然。


「空いている畑、畦、使っていない土地から始める。桑は残す」


 反対していた人たちも、少し納得した顔になった。


 うん、そうだね。

 食料だけ増やせばいいわけじゃない。

 銭もいる。

 私は昨日まで、


『食べ物! とにかく食べ物を備蓄じゃ〜』


 だった。

 危ない。

 文明崩壊系主人公、開始一日で経済を忘れる。

 備蓄一本足じゃ、倒れるよね。

 やはりあらゆる可能性を考えてそれに備える。

 じいちゃんの言葉が改めて大切と実感。


「それと、村倉に入れる分ですが」


 誠一郎さんが腕を組んだ。


「今年の収穫から、少しずつでも出してもらわないといけません」


 空気が重くなる。


 そこだよね。

 備蓄は空から降ってこない。

 誰かが今食べられる分を減らして、未来へ回さなきゃならない。


「強制はせぬ」


 継太郎さんが言った。


「まず本家が出す」

「父上」

「本家が出さずに、村の者へ出せとは言えぬ」


 榮ちゃんは黙った。

 その顔は反対じゃない。

 計算している顔だ。


「それで足りなければ、余裕のある家へ頼む。貸しとして記録する」

「貸し?」

「飢饉が来なければ返す。来たなら、村のために使う」


 そうだよ。寄付じゃない。

 あくまでも貸し。

 これなら出しやすい。


「それでも出さねえ家は?」


 誰かが聞いた。


「出さぬ自由もある」


 継太郎さんはあっさり言った。


「ただし、困った時に村倉から受け取る優先順位は遅くなる」


 部屋が静かになった。


 こわ。

 でも公平だ。保険料と同じか。

 協力した人と、協力しなかった人が同じじゃ揉める。

 保険に入らなければ保険金は降りない。

 この辺、綺麗事だけじゃ村は回らないんだな。


「継太郎さま」


 私はつい口を挟んだ。


「なんだ」

「それ、ちゃんと帳面に書いておいた方がいいよ」

「書く」


「誰がどれだけ出したかも」

「書く」


「返したかどうかも」

「書く」


「じゃあ完璧」

「お前は黙って座っていろ」

「はい」


 六歳児、怒られました。


 話し合いは昼近くまで続いた。

 でも。

 全部は決まらなかった。

 当たり前だ。


 どの畑に何を植えるか。

 誰が薪を集めるか。

 種をどこから持ってくるか。

 村倉をどこまで増やすか。

 病人が出たらどうするか。

 考えることが多すぎる。


 けど、昨日の夜とは違った。

 私の帳面に書いてあった問題が、少しずつみんなの問題になっていた。

 いい感じに会議が終わろうとした時、一人のおじさんの不安そうな声がみんなを凍りつかせた。


「俺達が生き延びることはできるかもしれんが、他の村のやつはどうなる? もしかすると田口に食いもんを恵んでくれと押しかけてこねえか?」


 みんなが顔を見合わせる。

 自分だったら見境なく行動するだろう。

 家族が死にそうなら何でもするはず。


「田口は生き残ることに全力を尽くす」


 継太郎さんの力強い声が響く。


「が、儂らの手の届く範囲のものは、誰も見捨てぬ」


 ざわつく。

 そんな余裕はないはずと誰もが思った。


「助けられる者を見捨てては、死んで閻魔様になんと弁明するのだ。胸を張って閻魔様にこう言おう。儂らは、これ以上できなかった、と」

 

 令和の感覚では全く理解不能。

 だけど、天狗様のお告げで動く村には、この宣言は響くのだろうね。


「それにこの善行は田口のためでもある。飢饉が終わっても村の付き合いは続く。そのとき田口は悪者になっていては困る。逆に恩を着せるための行為だ」


 拍手なんてなかった。

 だけど、さっきよりも少しだけみんなの顔が明るくなった気がしたよ。




「終わった?」


 外で待っていた糸ちゃんが駆け寄ってきた。


「終わった〜」

「疲れた?」


「何もしてないのに疲れた」

「また怒られた?」


「なんで分かるの?」

「絹ちゃんだから」


 はて、どういう意味でしょう。


「で、これからどうするの?」

「大人たちに全部ぶん投げた」


「ぶん⋯⋯?」

「お願いした」

「最初からそう言えばいいのに」


 はい。

 糸ちゃん先生、今日も正しいです。


「だから私たちは、こっち」


 私は籠を持ち上げた。

 中には。

 もぞもぞ。

 もぞもぞ。


 さっきもらった五十匹。

 去年の五倍のお蚕様。

 糸ちゃんが目を輝かせる。


「いっぱい!」

「ふふふ」


 私は鉛筆を取り出した。


「今年こそ科学の勝利を見せてやりますよ」

「なにするの?」


「まず五つに分けます」

「なんで?」


「実験だから」

「どう違うの?」


「⋯⋯」

「絹ちゃん?」


「これから考える」

「考えてなかったの?」


「科学とは試行錯誤なのです」

「それ、昨日も聞いたよ」


 ぐぬぬ。

 村を救う仕事は、大人たちへ。

 私には私の仕事がある。

 五十匹のお蚕様。


 そして隣には。

 私よりずっとお蚕様を知っている糸ちゃん。


「糸ちゃん」

「なあに?」


「今年もよろしくお願いします」

「うん!」


 元気よく返事をしてくれた。


 さて。

 天狗様は仕事をぶん投げた。

 あとは私が自分の仕事をちゃんとやるだけである。


 ⋯⋯。


 五十匹。


 なにげに多くない?


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