第19話:作戦名『絆』
色ボケ小屋からの帰り道。
頭の中をぐるぐる回っていたのは、亀じいの真面目な言葉だった。
「種籾を喰うことは、明日の希望を喰うておるのと一緒」
「飢饉は一年じゃ終わらねぇ」
「一番怖いのは人じゃ」
シルジェネでは天保七年の大凶作を乗り切れば、翌年にはかなり回復した。
でも現実は違う。
改めてシルジェネの公式説明を思い起こす。
天保の大飢饉は、何年も続く。
「⋯⋯四年」
一年じゃない。
四年だ。
からくり堂、まさかの甘々設定。
いや、全然甘くないゲームだったけど!
でも現実は初見殺しの遥か上を行っていたんだ。
「どうすんのよ、これ」
金造じいちゃんの言葉を、もっと真面目に聞いておけばよかった。
じいちゃんは戦争で死にかけて、戦後は腹を空かせた。
そのせいなのか、異様なくらい危機に備える人だった。
『災害はな、友達を連れてやってくるんだ。悪いことは連鎖する』
じいちゃん。
いま、そのキキン様御一行が上州へ団体旅行に来ようとしております。
キャンセル手続きのボタン、どこですか?
◇◇◇◇
いつものお布団作戦タイム。
私はうつ伏せになって帳面を開いた。
飢饉で起きること。
食料がなくなる。
米が高くなる。
貯めた金を使う。
家畜を売る。
田畑を手放す。
そして最後には、種籾まで食べる。
翌年、もっと米が採れなくなる。
人が村を出る。
家族が離れる。
病人が増える。
「⋯⋯被災ツリーじゃん」
一個倒したら終わりじゃない。
一個倒れると、次が倒れる。
さらにその次。
ドミノだよ。
「だったら、倒れる前に支えればいい?」
帳面へ書く。
食料。
種。
村倉。
作物の種類。
燃料。
医療。
治安。
前橋との連絡。
家畜。
借金。
養蚕。
⋯⋯。
書けば書くほど増える。
「無理だわ、これ」
六歳児一名、ここに詰む。
天狗様がついていようが、無理なものは無理だ。
そもそもその天狗様とは、実質私である。
「人を使おう」
いや、言い方が悪い。
「みんなでやろう」
こっちだ。
一人で生き残るんじゃない。
田口ごと生き残る。
私は前世で仕事に使っていたタスク管理表を思い出した。
すること。
誰がやる。
いつまで。
必要なもの。
終わったら印。
仕事が終わったら、次の人へ渡す。
「タスキ管理表」
襷をつなぐ。
いいじゃん。
そして、その帳面の一番上に書いた。
『作戦名 絆』
⋯⋯我ながらちょっと恥ずかしい。
でも、これしかないよ。
異世界ものラノベとは違う。
だって一人では絶対に無理なんだから。
◇◇◇◇
「またお前か」
翌朝。
榮ちゃんは私を見るなり、盛大に嫌そうな顔をした。
「昨日あれだけ騒いで、まだ足りないのか」
「本日は真面目なお話です」
「昨日もそう言っていた」
信用がありません。
なぜでしょう。
「手短に話せ」
「では」
私は咳払いした。
「天狗様から、ご神託がありました」
「⋯⋯」
「来年から四年ほど、天の神様がお怒りになり、大きな飢饉が起きるぞよ。これに備えよ。この娘へ知恵を授けたゆえ、それをもって田口を守るのじゃ」
⋯⋯。
自分で言っていて、すっごく恥ずかしい。
でも科学的根拠を説明するより、天狗様の方が通じる時代なのだ。
榮ちゃんはジト目になった。
なぜだ。
この不信心もの。
「昨日、話半分のさらに半分と言ってしまったからな。とりあえず見せてみろ」
「はい」
私は帳面を差し出した。
榮ちゃんは一枚めくった。
二枚めくった。
三枚めくった。
眉間の皺が増えた。
「⋯⋯問題ばかりではないか」
「ですよね~」
「笑うところではない」
「ですよね~」
榮ちゃんはさらに数枚めくり、ため息をついた。
「これは、お前の手には余る。よこせ」
「へ?」
帳面を取り上げられた。
「まず役を割り振る。その責任者に考えさせる。全部をお前一人で考えるから進まないのだ」
あ。
なるほど。
「村倉と種の備えは誠一郎」
榮ちゃんは即座に書き込んでいく。
「前橋の米価や作柄の情報は八郎。薪炭と農具は福助。医事と炊き出しは寺へ話を通す」
「おお⋯⋯」
「五人組も使える。非常時の配給と見回りを組単位にすればよい」
「おおお⋯⋯」
「それから作物だな。米だけでは危険だ。麦、蕎麦、稗、粟。それぞれ誰がどれだけ作れるか調べさせる」
「榮ちゃん様」
「なんだ」
「天狗様とお知り合いで?」
「黙れ」
仕事が速い。
速すぎるぞい。
私が昨夜、布団の中で頭を抱えていた問題が、どんどん人の名前に置き換わっていく。
食料を用意する人。
種を守る人。
薪を集める人。
値段を調べる人。
病人を見る人。
配る人。
見回る人。
⋯⋯ん?
これ、どこかで見たぞ。
シルジェネだ。
最初は自分一人で蚕を育てて、繭を売るだけだった。
でも、そのうち商人と取引して、人を雇って、職人へ仕事を頼んで、役人と話をして。
気がつけば、いろんな人に仕事を振っていた。
そして最後には、国まで動かしていた。
私は榮ちゃんが書き込んだ人の名前を眺めた。
田口には庄屋がいる。
農家がいる。
職人がいる。
商人がいる。
お寺もある。
みんなが働いて、作って、売って、食べている。
⋯⋯小さいけど、これって。
「田口って、小さな国みたいだね」
榮ちゃんの筆が止まった。
「何を馬鹿なことを言っている」
「いや、なんでもない」
また変なことを言い出したと思われたらしい。
榮ちゃんはすぐに帳面へ目を戻した。
でも、なんでもなくない。
まず田口を何とかしないと、小栗様どころじゃない。
この田口でやろうとしていることが、シルジェネで国を動かしていた時と、なんだか似ている。
だったら、ここでうまくいったことは、いつかもっと大きなところでも使えるのかな。
前橋とか。
上州とか。
その先とか。
⋯⋯。
いやいやいや。
先走りすぎですよ、私。
まだ飢饉すら来ていません。
まず田口。
ここを生き残らせる。
話はそれからだ。
そこで私は、今さら大事なことに気がついた。
「榮ちゃん」
「なんだ」
「⋯⋯信じるの?」
「何をだ」
「飢饉が来るって話。やってくれるの?」
榮ちゃんが手を止めた。
「天狗様が申されたのであろう?」
「う、うん」
「ならば備える」
あっさり。
「迦葉山の天狗様は養蚕の守護をなされている。それを無視してわざわざ災いを招く必要はない」
榮ちゃんは帳面へ目を戻した。
「それにな。飢饉が来なかったとしても、村倉を増やし、種を備え、薪を確保して損はない」
「⋯⋯」
「我が田口は危ない橋を避ける。だが、何もしないことが一番安全というわけではない。父上も同じ考えだ」
あの継太郎さんも。
すでに腹を決めているという。
なんだ。
私一人で全部背負わなくてもよかったんだ。
「ただし絹」
榮ちゃんの声が少し低くなった。
「この話を他所でするな」
「なんで?」
「六歳の娘が四年先の飢饉を知っているなど、面倒しか起こらぬ」
「ごもっともで」
未来予知幼女。
下手すると御用になりますな。
「この件は本家に任せろ」
「はい」
「お前には別に、やるべきことがあるはずだ」
「へ?」
榮ちゃんが呆れた顔をした。
⋯⋯おう。
忘れてないよ!
作戦名。
『小栗百年計画』
小栗様を死なせない。
百年くらい現役でこき使⋯⋯いや、日本のために活躍していただく計画である。
そのためには、まず養蚕だ。
田口の養蚕を変える。
生糸を増やす。
金を作る。
その金と技術を、いつか小栗様へつなげるのだ〜。
「忘れるわけないでしょうが!」
「誰もそこまでは言っていない」
ふふふ。
待っていてください、小栗様。
推し活玄人をなめてはいけません。
逃げないで首を洗って⋯⋯違う、首を長くして待っていて。
その前に。
「お蚕様五十匹⋯⋯」
去年の五倍。
榮ちゃんが、じろりとこちらを見る。
「昨年の記録は見た」
「見てくれた? 褒めてもいいですよ」
「まったく読めなかった」
「そこは読んで!」
「今年は、まともに記録しろ」
「初号機がありますから!」
私は胸元から鉛筆を取り出した。
「迫りくる経験論の使徒を、科学の力で撃退してみせます」
「意味は分からんが、仕事をしろ」
「りょ~かい!」
こうして。
天保の大飢饉に備える田口村の計画は、私一人の作戦ではなくなった。
榮ちゃんから誠一郎へ。
誠一郎から村のみんなへ。
誰かができないことを、別の誰かが受け取る。
襷をつなぐ。
だから。
作戦名は『絆』。
そして私は、私にしかできない仕事へ戻る。
お蚕様五十匹。
「さて」
五十匹を見下ろした。
「科学の時間だよ」
⋯⋯たぶん。




