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『絹乃国』〜推しの小栗上野介を救いたい転生幼女、まずは天保の大飢饉から村を救います〜  作者: 天のまにまに
第3章:小栗歴六年

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第18話:亀じい

 嫌な予感は当たるんだよね。

 ここへ来る途中、お気に入りの草履のカラフルな鼻緒が切れて、すっ転んだ。

 その直後にカラスに爆撃されて頭に直撃弾を食らった。

 黒猫が目の前を通り過ぎて、さらに狐の嫁入り(にわかあめ)が通り過ぎたよ。


 今、その原因ではなかろうかという人が目の前にいる。


「なんじゃ、べっぴんの若いおなごが訪ねてくると、継太郎の坊主が使いをよこしたから布団を用意して待っておったのに。まだかの。嬢ちゃん、べっぴんさんはいつ来るのか聞いとらんか?」


 田口の古老、亀吉。

 今年で齢九十二歳。

 現役を退いてはいるが、村の中核的存在らしい。

 下半身はまだ現役らしい⋯⋯。


「塩原本家に取次をお願いしたのは私です。絹乃と申します」


 あの後、本家の継太郎さんに榮ちゃんが飢饉対策を進言してくれた。

 継太郎さんも天狗様の言うことを信じたのかな?

 だったらチョロいぜ。

 それに比べてこのジジイは⋯⋯


「帰れ。儂の下半身の相手は下が十八、上は四十までじゃ。お前は及びではない」


 一応、私も精神年齢、こいつの守備範囲ではあるが、こっちが願い下げだ。当たり前田のクラッカーだよ。

 そういや金造じいちゃんも八十過ぎても現役だったなぁ。

 相手はいなかったけどね。


「あなたが亀じいですか?」

「だれが亀じいじゃ。亀吉さんと呼びなさい」


 ヒゲじいとか蜘蛛じいとかは可愛げがあるけど、『亀じい』はなぁ。

 まあエロ頭脳でイメージすれば、このヒヒジジイにはぴったりな名前かな?


「せっかく焼酎を手土産に持ってきたのに、このまま持って返ってお父さんにあげよ」

「待ちなさい。ちょうどお前のような可愛い童子《わらし》と話がしたかったんじゃよ。入りなさい」


 こいつ、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかさっぱりわからん。

 あまり長居したくないなぁ。

 こいつがおこちゃま大好きの変態老人だった時は、懐の護身用ブラックジャックの出番だね。


 ◇◇◇◇


「おぬし、天明の飢饉の話を聞きたいとは、悪趣味じゃのぅ」


 亀じいの家に入ると、早速焼酎の徳利を奪って、茶碗をもってドカリと座って飲み始めたこのジジイ。

 これでも古老だからね。

 ご機嫌を損ねるとあとがコワイ。


「はい。小栗歴紀元前四十五年、げふん、今から六十年以上前のことでも、しっかり憶えている村役人経験者はいないと聞きました」

「あの時、だいぶ死んだからの」


「どんなことが起きたのでしょう。その原因は? その対策は? 全部知りたいんです」

「お前さん、本当に六つなのか? 本当は三十くらいのべっぴんが化けておるんじゃないのか?」


 げっ、なんでそう直感鋭い?

 本当はすごい人なのでは?


「まあいい、そこへ座りなさい」

「もう座ってます」


 焼酎で口が回りだしたのか、亀じいは天明の飢饉について語りだした。




「天明三年。あの年は、夏が来なんだ」

「浅間山?」


 浅間の噴火が原因の一つと、中学校の社会科の先生から聞いた。


「山も荒れたが、それだけじゃねぇ。雨が続いた。日も出ねぇ。風が冷めてぇ。稲が育たねぇ。桑もやられた」


 エロジジイはどこ行った、というくらい真剣な声。


「灰が降って、桑はひどい有様じゃった。菜っ葉も駄目、稲も実をつけない。米の値段が上がる。しかし」


 ごくり


「食うものがなくなってからが本番じゃった」


 亀じいが焼酎で喉を潤す。


「米を売らなくなる家が出始めた。金があっても米が手に入らねぇ。蓄えの少ない家は、来年の種籾《たねもみ》に手を付けだした。家畜はすぐに売り払われた。次第に田畑を質に入れて食料に変える物も出た。村を出て働きに出るものもいた。村のあちこちで病人が出るが薬などねぇ」


 亀じいの顔が赤らむ。


「向こう三軒目の家は、最初に牛を売った。まだ牛があるやつはええ。飼っていない家は、娘を奉公に出した。それでも足りず、来年の希望、種籾を喰った。そして次の年には一家が消えた」


 亀じいの目が少し潤んでいる。


「⋯⋯一番怖かったのは?」


「食い物がなくなることじゃねぇ。⋯⋯、人じゃ。皆が自分たちだけ助かろうとした」


 亀じいの茶碗が空になった。

 私は黙って焼酎をついでやった。


「種を食えば来年がない。だが今日腹を空かせた子が泣いとる。親なら食わせる。そうやって翌年も作れなくなる」


 涙が一滴、茶碗に波紋を作った。


「だから飢饉は一年じゃ終わらねぇんだ」


 ひと冬分の備蓄じゃ足りないんだ⋯⋯


 必要なのは、

 種を残す

 米だけに頼らない

 薪も残す

 現金も必要

 借金で未来を食いすぎない

 村全体で支える


 今まで飢饉を甘く考えていた。


「お前さん、一人も死なせん言うたそうじゃな」


「⋯⋯はい」


「若いな、死なせたくて死なせたと思うか? そんな冷酷なやつは一人もおらぬ。いつもは笑顔一杯のいいやつじゃった。それを好き好んで見捨てるか」


 答えに詰まった。

 でも、声を振り絞る。


「だからこそ、悔いのないように全力で備えたいの」


 徳利が空になる。


「教えて。食料が尽きない方法。何を育てればいいか。どれだけ備蓄すればいいか。そのお金は? 協力体制は? 医療は? 暖房は? 蚕の世話は?」


 私の疑問は尽きない。

 でも、亀じいは答えてくれない。


「酒が切れたわい。あとはおなごを差し入れが来てからじゃ。三人もいれば飢饉も逃げてく、世の中極楽じゃわい」


 こいつ、寝やがったよ。

 ここからは私の灰色の脳細胞をフル稼働。NVIDIOの演算処理能力とキオクスルの記憶力を召喚して自力でやるしかないね。


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