第17話:一年の計
小栗歴六年、天保三年、西暦で言えば一八三二年が開けた。
ま〜、西暦ではもう二月だけどね。
太陰暦だと本日が元旦。
田口の住人は昔から本家を皮切りに、格式の順番で家々を巡り新年のご挨拶。
それが済むともうお昼時。
普通は一日二食だけど、この日は特別。
豪華なお雑煮が出た。
江戸時代、江戸や大阪京都では一日三食になっていたらしいけど、田舎じゃ田畑の野良仕事の一服のとき、嫁さんたちが差し入れる軽いおつまみ程度でお昼は済ませていた。
お隣の家で飼っているニワトリを締めて、うちにもお裾分け。
鶏肉がお雑煮に化けていた。
あの断末魔の叫びが耳に残ってちょっと美味しくなかった。
自分で締めろと言われたら絶対に食べないね。
ましてや牛さんやお馬さんを自分で殺して食べろ?
食べ物は自分で取れる、料理できるものしか食べちゃダメとお寺の住職さんが言っていたのをなんか実感した。
それでもお腹いっぱいに食べたよ。
転生してから初めてお腹がはち切れるまで食べた。
お米の神様と、ニワトリの神様にお礼を言ってね。
今、横になる前に、礼拝台の前で正座してお祈りではなく、去年の出来事を整理していた。
今年の計画を立てるためだよ。
去年起きたこと。
一:転生しちゃった、テヘッ
二:小栗推し活計画立てたよ、エッヘン
三:親友糸ちゃん先生と仲良し、ワ〜イ
四:五匹のお蚕様から初の糸取り、ウレピ〜〜
五:予算の神様、榮ちゃんと出会う、ハハ〜ッ
六:えんぴつで銭稼いじゃった、ウッシッシ
七:読み書きそろばんはじめたよ、ワタシエライッ
なかなか頑張ったね、私。
まあ、これもお父さんとお母さんがいてくれたおかげだ。
大事に育ててくれ、悪さしてもすぐ許してくれる。
ちょっとたまに頭が痛くなるけどね!
前世のお父さんは、生活費を送ってくれていたけど、音信不通、ほとんど顔を見ていない。
お母さんが死んだ時、心が死んだんだって。
だからここへ来て初めて私は両親の温かみを知ったんだ。
ありがとう、お父さんお母さん。
長生きしてネ。
そして今年の計画だ。
もう来年は冷夏の年。
その後、ゲーム通りなら四年間は大凶作だ。
これを乗り切るためには、うちだけの力じゃ無理。
かといって、令和でもそうだけど公助、つまり幕府のお助けは期待薄。だっていつの世も国家予算は火の車だもんね。
だから共助が主軸だ。
自助はまだいい。
うちはへそくりがあるらしい。
人には言ってはいけないと言われたけど、銭がお米に換算して半年分くらいは貯めてあるという。お蚕様様だ。
これなら不作の年でも、一年だけなら十分足りる。
しかし、普通の農家では厳しい。
さらに糸ちゃんちのような、毎年かつかつの生活をしている家は、多分相当深刻な食料事情になると思う。
それを見過ごすには人のつながりが濃すぎる。
だからせめて田口の人だけでも、一人も死なせない。
そういう準備をしなくては。
そのための約一年間の準備期間だ。
私は普段使っている帳面の新しいページに、今年の計画と方策を書き込んでいった。
一:現状把握。飢饉対策を調べる。
二:蚕をもっと効率よく育てる研究。十匹をもっと増やせるよう交渉。
三:更に副業できるものを探す。
四:大福帳を読めるようになる。
五:体力を付ける。
六:えんぴつ弐号機試作。赤えんぴつだね。
七:田口のみんなを一人も死なせない!
八:文字書けるようになったら小栗様にラブレター書く。内容は飢饉対策。幕府要職になったらすることを列記。どやっ。きっと驚愕してくれるにちがいない。
ここまで書いた後の記憶がないんだよね。
いつもの寝落ちか。
問題ナッシング!
◇◇◇◇
「なんだ、これは」
三賀日を遠慮して、四日に榮ちゃんに練りに練った計画書を見せた。
「来年の飢饉に向けての作戦書です」
呆れている。
わかっているよ。
「だれが飢饉になると決めた」
「天狗様です!」
いつもの天狗様発言。
「まあ、話半分、いや話四分の一くらいで聞いてやろう。お前の言が一応当たったからな」
おっ、なんか信じてくれる?
天狗攻撃ノ効果ヲ認ム。
「一つ目は、田口の古老、亀蔵さんを紹介する。尋ねるが良い。くれぐれも粗相のないように」
古老って何でも知っている人かな。
「二つ目は、そうだな⋯⋯、幼蚕を五十匹に増やしてやろう。大事に育てて結果を出せ」
おお、五倍、五倍。
二倍よりもいっぱい。真綿よりも高価な絹の寝具でも売れそう。
じいちゃん、こういう昭和のネタ、大好きだったよね。
「三つ目は、なにか思いついたら言いに来れば父上に繋いでやろう」
ありがたし。
「四つ目、お前、計算できるのか?」
「おう、任かしてくんな」
呆れた視線、ありがとうございます。
「五番目、女子御も力仕事は必要だが、お前は頭のほうを伸ばしたほうが良さそうだな」
長所伸長法か。
この時代じゃ最先端かな。
褒め上手の松蔭さん、とか、じいちゃんの口癖。
全然褒められた思い出はないけどね。
「六番目。赤えんぴつはすでに研究中だ。他の色もそのうち出来上がるだろう」
いつもながらの仕事の速さに脱帽。
「七番目。これは現実的ではない」
「え、だって、それを目指したほうがいいじゃん」
「実現できない計画ほど脆いものはない。完璧を期すあまり、助けられる命を落とす場合もある」
ほんと、榮ちゃん何歳?
まだ九つだよね?
まあ、きっと本を読んだ知識でしょけどね。
「八番目は、全くわからんぞ。小栗様とは誰だ」
「え、知らないの? 幕末の有名人だよ?」
「幕末だと? お前しょっぴかれたいのか? 幕府が潰れるはずはない」
「祇園精舎の鐘の声って知らないの? いつかは潰れるの。そのとき活躍する幕臣だよ」
「お前、幕臣に会ったのか?」
会ったよ〜な、会わないよ〜な。
「夢で会ったの。で、一目惚れ」
榮ちゃんの眉が、ほんの少し動いた。
変な表情。
「⋯⋯。幕臣で小栗さまか。上州権田に知行を持つ旗本の小栗家か?」
「よく知っているじゃん。私の最推し!」
呆れ顔、三回目、いただきました!
「いちいち、マトモに相手をする必要は無さそうだな」
「いやいや、マトモになりますんで、マトモに相手してください。そして予算をガッポガッポ」
「帰れ」
追い出されました。
まあいいか。
予想よりもうまくいきましたよ。
お蚕様、五十匹は最高の交渉結果だね。
五倍、五倍。
当分、口癖になりそうだわ。




