第2話:転生した?やったっ、小栗様に会える!
え、雨かな?
顔に水が落ちてきた。
いけない、洗濯物しまわなきゃ。
あれ?
私、どーしたんだっけ?
えーっと、ゲームしていて寝落ちしたのかな。
うん、毎度のことです。
問題ナッシング。
よっこいしょ、っと?
ん?
起き上がれない。
誰かに抱えられているみたい。
「⋯⋯ぬの! おきな⋯⋯」
布?
翁?
「絹乃! 死んじゃだめ! 起きて!」
女の人が叫んでいる。
ホワァット?
ふぅいずです?
ここは誰? 私はどこ?
目を開けると、涙を流していた女の人の顔が急にほころんだ。
「目を覚ました。あんたぁ、絹乃は生きていたよぅ!」
女の人に抱きしめられて、おっきな胸に顔が埋まった。
ギブです、ギブ。
苦しくてほんとに死にます。
「おかあちゃんよ。わかる? 絹乃」
ごめん、わかりません。悪いけど、かーちゃんは小さい時に死んじゃったんで、顔あまり良く憶えていないんだよね。
で、この人誰よ?
「あなた、誰ですか?」
途端に、さっきの笑顔が困惑顔に急変。
これはなんかしくじったかな?
「絹乃、あなたは湯浴みの後におかあちゃんが服着替えさせていたら、急に仰向けに転んで頭打ったんだよ」
あぅ。
そういやちょっと寒いです。
そう思い、自分の体を見てみると、素っ裸に着物を羽織っているだけ。
ほわっ?
体よ。
少し見ないうちに、お前ちっさなってない?
おこちゃま体型だし。
さっきの私の声も妙に甲高かった。
うっ、それに私の大事な奥ゆかしい胸はどこいった? 隠れていないで出てきなさーい。
だが、着物の前をはだけてみても出てこない。
「あの〜、私の胸、知りませんか?」
お母さんと名乗る女の人に聞いてみた。
「何言ってんの絹乃、しっかりして。あんた、絹乃がおかしいよ。どうしよう?」
振り向く女の人の視線の先には、囲炉裏の前に座る着物姿の男ひとり。
え、なにその着物。いい感じに年季が入っていますね。レトロ趣味かな? ところどころセンスの良いツギハギがしてある。
だがすぐに、趣味ではないことがわかってしまったよ。
この部屋。
よく知っている雰囲気。実家のお隣の静江おばあちゃんちの昔バージョンのほうみたいですな。
この古さ。暗さ。薪のニオイ。煙で燻されたような梁や柱。最近では見ることができない囲炉裏。その上には自在鉤だったっけ? 天井から吊るしてあるカギに大きな鍋がかけてある。さっきから匂っている食べ物の匂いの出どころはこれか。
とある結論が頭に浮かんできた。
目の前の女の人も、よく見ると若そうなのに古風な着物を着ている。
化粧も全然していなさそう。
なによりカツラのような髪型。
男の人は⋯⋯。
ちょんまげです。
本当にありがとうございます。
あいむおーらい。
ざっつらい。
ここがどっきり撮影スタジオじゃなければ、どうやら私は⋯⋯。
「一つ、質問いいですか?」
なんか妙な表情になっちゃった、二人とも。
「今年は何年でしょう?」
「あんたぁ、やっぱり絹乃がおかしくなっちゃったよ。天狗様に頭を撫でられたのかも」
しっけいな。頭はしっかりしていますぜ。
たまに「お前の考え方そのものがおかしい」とは言われるけど、それは小栗様関連だけだよ。
「で、何年でしょう?」
「⋯⋯卯年だいね」
「えっと、元号は?」
「天保」
「何年ですか?」
「二年だんべ」
おぅ。見事な群馬弁。
いや、それは今はメモリのすみに書いとく。
頭が高速演算をして、年表を思い出す。
天保二年。
西暦一八三一年。
そして忠順暦五年。
小栗様は数えで五歳だ。
私の胸が早鐘を打つ。
もしこれが噂に聞く逆行転生だったら⋯⋯。
「勝った! 小栗様の幼体に会える!」
私の勝利宣言に、二人は顔を見合わせて心配そうな顔をしていたが、本人は天井へとどけとばかりに片手を上げてガッツポーズ。
そこへ水を差すような男の声。
「⋯⋯誰に勝ったん?」
え⋯⋯っと。
「歴史?」
しかし、自分も幼体だったのには後で気がついたよ。両親(仮)の前で、半裸の幼女がいばりんぼポーズ。
こうして私は、転生っぽい状況を把握したのだった。
◇◇◇◇
その晩、興奮が去って、幼女キヌノンは布団の中で考えたよ。
上州。
天保年間。
養蚕農家の子。
いやいやいや。
待て待て待てい。
この条件、どこかで見たぞ。
というか、ものすごく見覚えがある。
「⋯⋯シルジェネじゃね?」
口に出した瞬間、背中を妙な寒気が走った。
シルジェネ。
正式名称、
『SILKGENESIS 幕末シルク物語』
インディーゲーム会社【からくり堂】が世に放った怪作である。
この会社は昔から、「いったい誰に、何を遊ばせるつもりで作ったんだ」と言いたくなるゲームを、懲りもせず世に送り出すことで一部では有名だった。
そのメーカーの代表作がこれ。
プレイヤーは幕末へと向かう時代の上州の、しがない養蚕農家の子として生まれる。
プレイヤーからの評価は、
「農業ゲームの皮をかぶった国家運営ゲーム」
「相場ゲーム」
「人間関係シミュレーター」
「幕末沼人生ゲーム(無理筋)」
何でもありの化物ゲームなんだけど、最初にできることは、ものすごく少ない。
蚕を育てる。
繭を売る。
小銭を貯める。
近所の商人と顔見知りになる。
以上。
地味です。
とても地味です。
で、お金貯めたら、そこから先は好きにしろという始まり方。
生糸商人になるもよし。
江戸へ出て学問を修めるもよし。
尊王攘夷に走るもよし。
何もせず蚕を育ててスローライフするのも自由だ。
だが、ゲームシステムをしゃぶり尽くした一部の変態プレイヤーは、やがて気づいてしまったんだ。
人を集める。
金を集める。
産業を育てる。
政治家を動かす。
そのすべてを積み重ねれば、幕末日本そのものまでひっくり返せる。
なぜ養蚕がテーマのRPGシミュレーションゲームなのに、そこまでプレイできるシステムなのか? それは⋯⋯からくり堂なので仕方がないのだよ。
が、今の問題はそこじゃない。
私は自分の小さくなった手を見た。
上州。
養蚕農家。
天保二年。
条件が合いすぎている。
偶然?
いや。ここまで重なったら、ミスター偶然様も過労死するな。
だとすればだ。
私はシルジェネの世界に転生した?
いや、本当にゲームの世界なのかは分からない。画面も出ない。ステータスもない。さっきから選択肢の一つも表示されない。
でも。
少なくとも私の知っているシルジェネと、ものすごくよく似た時代と場所にいる。
そして。
小栗様もいる。
五歳。
私も五歳とのこと。
同じ時代。
同じ年齢。
⋯⋯。
なんだこれ。
勝てる。
私、勝つるのではないですか?
三十年以上あるんだよ?
小栗様が権田村で斬られる、その日まで!
時間はあるんだ。
だったら、地味でもいい。
養蚕して。
銭を作って。
人を集めて。
できることを増やしていけばいい。
何度もシルジェネでやったみたいに。
よし。
やることは決まった。
絶対、どんな方法を使ってでも小栗死亡フラグをへし折ってやる!
⋯⋯ん? まてよ。
えーっと。そういえばシルジェネって、確か最初は――。
「⋯⋯いや。なんか忘れている気がする」
かなり大事なことを忘れている感じ。
「まー、思い出せないんだからしょうがないよね。私は心に大きな棚を持っているから、そこに置いておこー」
なお、その棚ですが、後ほど盛大に崩れます。
建てつけわりーな、私。
この作品は七部構成、約80万字を予定しています。
だいぶ遠い道のりですが、約一年をかけて執筆していこうと思います。
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