第1話:推し活を勘違いする女
『奸物、小栗忠順。錦の御旗に不敬を働いた罪、万死に値する。斬首を申し付ける!』
上州権田村にほど近い烏川の河原、仁王立ちの官軍指揮官が叫ぶ。
『お主、名はなんという?』
縄で縛られた中年の武士が悲惨さの欠片もない声で聞く。
『儂は岡村作次郎。奇兵隊じゃ』
『農民か』
『無礼であろう! 幕臣こそ滅ぶべし』
中年の幕臣、小栗上野介忠順は柔らかに言う。
『それでいい。これからはお主のような百姓が国を造っていけ』
顔を真赤にした岡村は手にした鞭をへし折る。
『斬れ! 幕府は倒れたのじゃ!』
ごろり
幕府一の切れ者の頭脳が河原に転がった。
〈完〉
ざーーーー。
「ふぎゅ、ふぎゅ。小栗様〜、死んじゃ嫌だ〜〜〜」
私、塩原絹乃は『幕臣小栗上野介』の最終シーンを見て百一回目の涙を流した。
おのれ、長州。
薩摩も嫌い、土佐も嫌い。
勝海舟なんかもっと嫌い。
⋯⋯とか、思うのは普通の小栗信者だよ。
私の小栗様への思いは、そんなもんじゃない。
「小栗様はその優秀な才能を絞り出して、七十のじーちゃんになるまで第一線にいるべし! 百年後の教科書に『日本近代化の父・小栗忠順』って太字で二ページくらい載ってしまえぃ! そうなってこそ存在小栗は永遠の輝きを放つのだよ!」
◇◇◇◇
「では、ライブはっじめまーす」
てきとーに宣言して、私はライブ配信を開始した。
さっきの余韻に乗っかってゲームに集中だ。
私は群馬出身、東京在住。
二十九歳。
独身。
ゲーム実況者だ。
使っているのは、日本政府肝煎りの動画配信サービス、通称『Jカル』。
主に世界のジャパヲタ相手にサブカルも含めて日本の文化を配信するとポイントが貰えるありがたいサービス。
私みたいな変人プレイをするゲーム実況者でも観たい人はいるらしい。
投げ銭?
切ってあるよ。
お金をもらったら、頼まれたゲームをやらなきゃ悪い気がするじゃん。私は、自分がやりたいゲームしかやりたくないのだよ。
なので今夜も好き勝手にやる。
本日もいつもと同じ、
『SILK GENESIS 幕末シルク物語』
通称、シルジェネ。
養蚕農家から始めて、なぜか幕末日本そのものまでひっくり返せる変態ゲームである。
このゲームにハマった理由。
もちろん我が最推し、小栗様との出会いだけど、それ以前に、初回プレイの私は家計を桑畑に全振りして村を滅ぼした経験がハートに火をつけたんだ。
食料が尽き、隣人が逃げ、養蚕どころではなくなったのはトラウマ。
二周目からは『いのちをだいじに』が基本方針になったよ。
いい思い出ですよ。
今じゃもう、普通のシナリオじゃ物足りない。
今回も無印のシルジェネではない。
導入MOD、二十三個。
難易度、ナイトメア。
今回の目玉は、人生初の乙女ゲーム化MODである。
「⋯⋯疑問が一つ。このゲームをどうやれば乙女ゲームにできるん?」
インストール直後から、すでに妙なゾクゾク感はしていた。
通常版のシルジェネには、人物との信頼関係や人脈は存在する。だが、恋愛パラメータや恋愛エンドなんてものはない。そこを無理やり拡張して、
特殊会話。
個別イベント。
専用スチル。
恋愛好感度。
人生評価。
さらに複数のキャラ別エンディングまでぶち込んだのが、この乙女MODセットらしい。立ち絵までジャパンアニメ風にコンバートされている。
「⋯⋯小栗様、若なってない?」
顎が細い。
睫毛も長い。
「盛ったな、乙女MOD。小栗様はあの仏頂顔だからいいんでしょうが」
まあ、スチルが増えるから許す。顔が変わっても存在小栗は尊いのだ。
これ、恋愛するかどうかはプレイヤー次第⋯⋯らしい。
私はいつか小栗様の登場する全MODを制覇するという、我ながらひねくれた目標を立てている。だから乙女ゲームだろうが、BLだろうが避けては通れないのである。
逃げたら負けだ。
そうこうしているうちに、モニターの向こうにも暇な変態どもが集まり始めた。
《栄一:おっ、今日もやるかね。お嬢ちゃん》
《どくとる:うちの娘にシルジェネ紹介したが、見向きもしないで遊びに出かけたよ》
《キートン:健全に育っていて羨ましいよ》
《栄一:お嬢ちゃんは今日はどんな趣向を見せてくれるんかの?》
「ん〜。本日のメインは乙女MOD、確定死MOD、それから激烈難易度MOD」
私は設定画面を順番に指さした。
「で、いつもの小栗上野介シナリオ」
人物一覧から、小栗忠順を選択する。シナリオに小栗上野介忠順が頻繁に絡んでくるコースだ。
シルジェネやるなら小栗様。
これ常識。
異論は認めない。
他のシナリオもやれって?
⋯⋯なんで?
小栗様がニヤついている立ち絵から目をそらし、気を取り直して重要項目チェック。
通常イベント。
特殊イベント。
スチル。
個別エンディング。
「わお。増えてる増えてる。いいねいいね」
そしてエンディング一覧の一番下。
条件不明。
名称すら伏せられた一枠があった。
《??????》
「⋯⋯これだね」
こういうのを見ると駄目。
取りたくなる。
絶対に取りたくなる。
ゲーマーってそういう生き物だよね。
《どくとる:もう嫌な予感が》
《キートン:まだ何も始まってないよ》
「まず小栗様は絶対に生存。これ結論」
指を一本立てる。
「横須賀製鉄所も完成させる。失脚もしない。できれば幕末が終わっても第一線。あと特殊スチル全回収」
指が増えていく。
「それと恋愛ENDは回避」
《栄一:待ちなさい》
《どくとる:最後がおかしい》
《キートン:乙女MODを入れた意味とは?》
「あるよ。スチルが増える」
《キートン:そこ?》
「そこ」
だって、せっかく入れたのだ。見たことのない小栗様のスチルは全部見たいじゃない。ちょっと乙女ナイズドされてるけど。
気にしたら負けだ。
ただし、恋愛したいかと言われると、それは違うかな。
遠くから眺めていたい。
できれば誰にも邪魔されず、思う存分暴れていただきたい。
「だってハイパーSSR幕臣だよ? 勘定奉行やって外国奉行やって陸軍奉行やって、行く先々で結果出して、横須賀製鉄所造って、近代陸軍作って、その財源までひねり出して、西欧も自分の目で見てる現実派で、フランスと組んで大英帝国のヴィクトリアお嬢さまを牽制して、ロシアまで外交カードに使おうとするとか、何その全部盛り! 幕末に一人だけ文明開化の攻略本持ってるみたいな男なのに!」
息継ぎ?
知らんがな。
「なのに慶喜! お前は何をしている! そんな最強ユニットを自分から編成解除するな! しかも最後は権田村で斬首!? イベントの作り方が雑すぎるでしょ! そこは横須賀完成させて財政立て直して、新政府にもぶち込んで、社会科授業で『また小栗か!』って言われるくらい働かせるところでしょ! そういうスチルが見たいの私は!」
もう止まらん。
「私を好きでなくてもいい! 私の名前なんか覚えてなくていい! その代わり七十まで働け! ガシガシ働けぃ!」
ぜひゅー、ぜひゅー。
《栄一:始まったな》
《キートン:本日の小栗礼賛もどき高速詠唱、一回目》
《どくとる:脈拍、推定百八十》
《キートン:それ、恋愛するより重くない?》
「何が?」
心外である。
これこそ正しい推し活ではなかろうか。
アクスタを買う。
聖地巡礼する。
限定グッズを集める。
それも立派な推し活だ。
だったら、
推しが殺される
↓
助ける
推しに金がない
↓
稼ぐ
人が足りない
↓
連れてくる
邪魔する奴がいる
↓
どかす
幕府が潰れる
↓
歴史を変える
これくらい普通でしょ。
《栄一:普通ではないと思うがの》
「え?」
何を言っているのだ、この人は。
「推しのためにやってるんだから、推し活でしょ?」
さあて。
腕まくりして推し活だよ。
「今回こそ小栗様の最高ENDを取ります」
《栄一:前回は?》
「四十で死んだ」
《キートン:史実より早くない?》
げ、げふん。
さて。ここからが問題だ。
作戦を練る。
「⋯⋯あれ?」
私はしばし画面を見つめた。
「これさ。小栗様の最高END取るだけなのに」
もう一度、条件を頭の中で並べる。
「なんで幕府まで立て直さなきゃいけないの?」
コメントが止まった。
三秒ほど。
そして一気に流れ始めた。
《栄一:やっと気がついたかの》
《キートン:乙女ゲームとは》
《どくとる:もう診断名つけていい?》
「乙女ゲームってこんなに大変なんだ」
《キートン:たぶん違う》
「頭おかしいでしょ、このMOD」
《栄一:お嬢ちゃん。たぶんMODではなく、君の攻略方針がおかしい》
「?」
意味が分からない。
私はただ、小栗様に死なずに働いて、作れるだけ作って、歴史に名前を残してほしいだけなんだけど。
そんなに難しい要求だろうか。
「まあいいや。やれば分かるっしょ」
私は難易度設定を一番下までスクロールした。
《NIGHTMARE》
《歴史上の死亡補正が大幅に強化されます》
《重要人物の死亡は原則として取り消せません》
《一部イベントではセーブデータの巻き戻しが制限されます》
小栗忠順。
幼名、又一。
史実では、慶応四年。
上州権田村で斬首。
つまり、このMODも放っておけば、ほぼ確実にそこへ向かう。
「よし」
私はマウスを握った。
小栗様の性能、一滴残らず使い切ってやるのだ!
「⋯⋯まあ、そのためには多少、日本がおかしくなっても仕方ないよね」
私は開始ボタンをクリックした。
「推し活に、やりすぎなんてないでしょ!」
画面が暗転する。
やがて、白い文字が浮かんだ。
《天保二年》
《上野国》
こうして、幕末最強クラスの不遇幕臣をめぐる、激烈推し活ドラマが始まってしまった。
この時の私は、まだ知らない。
その願いを、本物の歴史で叶えることになるとは。
3年ぶりの本格連載です。
よろしくお願いいたします。




