第14話:初号機乙型完成
夢みたいだよ。
まさかあの消し炭サンドが認められるとは。
科学の神様は初めてご利益を授けてくれた。
「八郎、お前さんは前橋に行き、黒鉛を調べなさい。お前の話術を活かせ」
榮ちゃんが、家人を集めてすぐに動き出した。
なんか、かっこいいな。
「福助、お前は木地師と左官を呼べ。若くて工夫の好きなやつを選べよ」
うん、指示が的確だね。
「材料はこの倉に運び込め。帳面は誠一郎さん。頼みます」
誠一郎さんは家令みたいな人かな?
「八郎には一朱。福助には手付金で二朱渡してください」
一朱ってどれくらいかな?
シルジェネは全部「文」単位だったからな。
「榮ちゃん、一朱ってどのくらいの価値?」
ちょっとだけ呆れ顔をされたけど、こっちを真正面から見つめて教えてくれた。
「まあ五歳の女子なら知らずともしかたないか。今なら一朱が二百六十文。大人の日雇なら二、三日分というところだ」
そして私の顔をじろりと見てから、真剣な声で言う。
「これが予算の半分。あとは材料の入手金に当てる。締めて一分と二朱。これで成果を出さねばお前の蚕もどうなるかわからぬ」
え、お蚕様の危機じゃん。
小栗様へと続く細い糸すらできないで終わるのは嫌だ。
「で、では私も張り切って仕事します。手始めになにをすれば?」
「口を挟むな。静かにしていろ。それが仕事だ」
なんという軽い扱い。
猫よりも役に立つ手がここに二本も生えているし、頭は天狗様の知恵がついちょりますぞ。
しかし榮ちゃんの意図は別にあったんだ。
「お前は、よく観察して、人がどう動くか、動かせるかを覚えろ。それが今回の役目だ」
え、これって管理職候補じゃん。
なんか私って、出世街道に乗った?
まさかね。
そんなに人生甘くないよ。
◇◇◇◇
大人が動く、働く。
初号機ver1.2.1を完成させるため、汗水垂らして働く。
たかが五歳の幼女の浅知恵を基にして。
まず黒鉛は、飛騨の山奥で取れる石墨らしい。
そんなに高いものではなさそう。
だけど、飛騨の山奥から、上州の田口まで運ぶとなるとそれだけ高くなる。
輸送コストがバカ高い。
これは令和の時代とは比較にならない。
けど、私のいた年には原油や軽油が高騰して、流通が大変なことになっていた。
あと一年もすれば遠くから運んでくる資源は使うのが馬鹿らしくなると、動画解説者が言っていたよ。
「それで厩橋屋さんはいくらで受けてくれると?」
「へい。あのオヤジ様もすみに置けません。持ち出しで受けるので、もし採算が合うのなら販売を任せてくれと」
「だが、その条件を引き出したのはお前さんの手腕だ。よくやったね。残りの予算はどうなった?」
「五十文です」
「少ないな。いや、責めているのではない。駄賃としては少ない。これをやろう」
榮ちゃん、すごいね。
八歳児には到底思えませぬ。
「こ、こんなに?」
「ああ、取っておきなさい。お前さんの家には長男が生まれたばかりだろう。その祝いも兼ねてだ」
「ありがたいです。おっかあも喜びます」
榮ちゃんは懐から、四角い銀貨を出して八郎さんの手のひらに載せて、上下から相手の手のひらを包みこんだ。
「次回も期待しているぞ」
なんか手品みたいだね。
これが人身掌握術か。
ゲームじゃ、
<声をかける〉
<褒美を出す〉
<給料を増やす〉
くらいだったもんな。
やっぱりリアル技術はむずいよ。
私もなにかしたい。
そこで夜の作戦会議でアイデアを出してきたので実行に移す。
まずはお茶くみ。
これで職人さんの好意を得る。
そしてちょっとだけアイデアを出す。
使う炭はちょっと高級でも備長炭みたいな硬いものを女中さんに土下座して出してもらった。
芯を挟む板は、この前顔見知りになった木工職人さんに会えたので、二枚だけ結構いいやつを譲ってもらえた。
代わりに次も修理に呼んでくれと約束させたれたが。
ただより高いもの、にならなければいいけど、今は予算がないからね。
木の接着には糊ではなく、膠を使いたい。
木地師さんに無理にお願いして、ちょっとだけ試しに使ってもらった。
するとみごとに鉛筆もどきが完成。
すごいね。
江戸時代の技術。
伝統工芸の技術は精密機械よりもすごいものもあると聞いたけど、本当にそうだったよ。
簡単な説明でどんどん形にしていく。
「こんなもんでいいですかね。若旦那」
初号機ver1.2.1、いや江戸時代っぽく初号機乙型一号と命名しよう。
「出来栄えが良いな。さすが根利一番の木地師。いい腕前だ」
褒めるのがうまいね、榮ちゃん。
「絹乃、お前の仕事だ。実際に使ってみるんだ」
なんと、私にそんな大役を?
そりゃ喜んでやりますぜ。
やっぱ、人を使うのがうまいなぁ。
よしっ、現場の蛮用に耐えられるか、ためしてみよ〜ぞ。
「初号機乙型一号、始動!」
鉛筆を右手に持ち、天に差し出して叫ぶ幼女が一人。
科学の神様、ご照覧あれ!
あれ? 科学使ってないな。
まいっか。
まずは紙。
和紙の分厚いやつは難なく書ける。
『てんぐ』
と書いてやった。
次はおっかなびっくり
『かがくのがくしゅう』
これだけ書いても折れないぞ。
そして慎重に一番大事な文字を、刻みつけるように書き込む。
『小栗大明神様』
書けた。
漢字で書けた。
これぞ科学の⋯⋯、ごめんちがった。江戸時代の職人の勝利だね。
それから私は、様々な材質の違うものに文字を書いていった。
薄い和紙。
なんとか書ける。
杉板。
書ける。
布。
書ける。
陶器。
当たり前だが書けない。
榮ちゃんの手のひらに「ありがと」と書きたかったが、拒否られた。
やっほ〜い。
これで大富豪が目の前?
「完成した。なんとか書ける物ができた。が、作れると売れるとは大きな隔たりがある」
榮ちゃん様。
それはそうですな。
では、如何程で売れますかな?
「父上にお見せしてからだ」




