第12話:定番チート撃沈
手詰まりだ。
防災備蓄をお父さんとお母さんに声高に訴えかけたけど、やっぱりダメでした。
深夜の、邪魔っ子絹ちゃんに夜のお勤めを邪魔されたことが理由ではなかった。当たり前だけど。
「そんな銭は、ねぇよ」
とのこと。
「だって、うちの田んぼ結構広くない? それを売らずに備えれば憂いなしだよ」
「お前、とれた米が全部うちのものになるとでも思っているのか?」
そ、そうだった。
ここは江戸時代よ。
神君家康公だっけ? 幕府の基本政策は「百姓は生かさず殺さず」だったような。
四公六民が吉宗の時代に五公五民になった、と授業で言っていたよ。
とある大藩なんか、所によっては九公一民という地獄があったとか。
ここは前橋藩、ではなく、川越藩の飛び地でお奉行様が治めている。
「川越の殿様と、前橋陣屋におられるお奉行様の安井さまは良いお方だ。だがそれでもうちの収穫のうち四割は年貢として納めねばならん」
お父さんの顔は真剣だ。
「うちの田は良田だ。だからまだいいが、これ以上の田は維持できない。桑畑もお糸坊のうちの手伝いがなければ摘み取りすらできん」
現実を知ったね。
取れたお米の三割から四割しか食べられない。
ほかは種籾としてたくわえたり、米問屋に売って現金の足したりする。
貯蓄用には一俵ものこらない。
令和の時代、どこかの大国が戦争おっぱじめて、原油と穀物が高騰。
どんどん日本人の余裕を削り取っていたけど、江戸時代はもっと余裕がないんだ。
私はすごすごと、引き下がったよ。
うちの周りは三方向が水路で囲まれている。
その端っこにある石に座って、ぼ〜っと水面を見て色々考えた。
この水路が危ないんでお父さんたちは、私を箱入り幼女にしていたんだね。最近は少しだけ外へ出てもいいようになったけど。
この水路はもちろん用水路だけど、昔は堀の役割もしていたそうで。
考えてみると本家は小高い丘の上にある。攻める人が登りにくそうな坂で囲まれている。
この西集落は平地だから水堀りで防御していたんだろうか。
まあ、三mくらいの簡単なお掘りだけど。防戦にはこれだけでもだいぶ違うと思う。
そんな一族郎党的な血縁関係でしっかり結びついた集落だという。
だからもしも飢饉になっても助け合うのだろうけど、なにせ迫りくる敵はあの悪名高い天保大飢饉だ。餓死者がとんでもない数。武家すら一家離散とかあった。
食料の絶対数が足りないんだ。
少しでも備蓄ができれば。
だけどそれにはお金がいる。
本家に借りる?
ダメダメ。
榮ちゃんの
「却下だ」
という声が聞こえてくるよ。
だいいち、じいちゃんの教えに反する。
「いいか、絹乃。借金はな、いい借金と悪い借金がある。いい借金は、返す時までに借りた金よりでかいものを生む借金だ。田んぼでも、店でも、道具でも、人でもいい。返したあとに何か残る。
悪い借金は、食って終わり、遊んで終わり、穴埋めして終わりだ。返す頃には金も残らんし、稼ぐ力も増えてねえ。
もっと悪いのはな、返すためにまた借りる借金だ。
そうなったら、金を借りてるんじゃない。未来を食ってるんだよ」
なるほどでした。
備蓄にお金使っちゃうと、いざというときに食べちゃうからな。
返せない。
借金計画は封印!
では稼げばいいのだ。
それこそ、現代知識チートの出番ですな。
よくあるじゃん?
異世界転生物の定番チート。
マヨネーズ。
石鹸。
印刷物。
パンやケーキ。
それに誰もが大好き、焼肉!
よ〜し。
今度こそ、現代知識チートの津波で飢饉を押し流してやるぞ。
ふぁ〜〜〜っ、はっはっはっ!
「お母さん。卵ある?」
「あるけど、何するんだい」
「新しい食べ物を作る!」
よっしゃ。
異世界転生もの定番。
マヨネーズ!
卵と油と酢。
作るの簡単、混ぜるだけ。
勝ったな。
「卵ひとつ使うんだね」
「うん」
「七文くらいかかるよ」
「へえ」
「油は?」
「これくらい」
指で示したらお母さんの顔が曇った。
「そんなに?」
「うん」
「二十文近いよ」
「⋯⋯え」
「酢も使うんだろ」
「はい」
「じゃあ三十文くらいになるね」
三十文。
数字だけ聞いても、いまいち実感がない。
「高いの?」
「高いよ。灯りにも使う油をそんなに入れて、卵まで一個潰すんだろ」
「でも、おいしいよ?」
「それで腹いっぱいになるのかい」
「⋯⋯ならない」
「何日も置いておけるのかい」
「⋯⋯たぶん無理」
「じゃあ誰が買うんだい」
終わった。
私のマヨネーズ事業。
企画会議、三十秒で廃案となりました。
チート商品を書き出した紙の一行目に消し炭でバッテン印をつける。
知識チート、またしても敗北。
「未来では安いんだけどなあ」
「未来ってどこだい」
「⋯⋯天狗様の向こう」
お母さんが深いため息をついた。
無念であります、小栗大明神さま。
あのあと、お父さんに「こういうの作ったら売れる?」と聞いたけど、「野菜を生で食うやつは聞いたことがない。生で食ったら腹壊すぞ」と言われ止めを刺されたよ。
下肥とか使っちゃうからね、この時代。
寄生虫コワイ。
石鹸。
「なんで自分で作れる糠袋の代わりを買わなくちゃいけない? え? お大名に売る? どうやって会うんだ?」
敗北、二回目。
バッテンがちょっと歪む。
印刷物。
「かわら版で十分だろ? 本は印刷があるし、そんなもん誰が欲しがる」
撃沈でござる。
バッテンが成長してきた。
夢が膨らむのはいいけど、お前は膨らまなくていい!
パンとケーキ。
「お焼きのほうが簡単に作れるさ。お絹ちゃんも大きくなったらこの味が好きになるさ〜」
採算が合わず、撃破さる。
バッテンくん、パンのように膨らむ。
負けるもんか、最終兵器、焼肉ぅ!
「なんという罰当たりな。だいたい牛と馬は家族同然。死んだら丁重にお寺に葬るのが人間ってもんだ」
うぉおおー。
バッテンの大行進だぁああーーーー!
ついでに大爆発して肉の代わりに焼け焦げました。
倫理観パネーっす。
結局、ラノベはラノベ。
実現性がないから夢を持てるんだよね。
その専門家ならまだしも、中途半端な知識しかないおこちゃまが大出世するなど夢のまた夢。
そういやじいちゃんいつも言ってたな。
「知っているとのと、できるとは一緒じゃねぇ」
くぅ、一度でいいから令和に戻りたい。そしたら思う存分、ネットを検索して、AIとも相談して科学と技術を習得するんだ。
え?
またここに戻れるとは限らないって?
ま、まあ。
夢のまた夢でっせ。
夢くらい見てもいいじゃん。
けど、悪夢はノーセンキュー。
じっと水面を見つめて、幼女しんみり。




