第11話:最初の難関は天保の大飢饉
「ええええ〜。お蚕様の引き渡し。来年なの!?」
ショックでめまいがする。
このショックを与えた張本人。江戸時代のショッカーこと、塩原さんちの榮ちゃんが無愛想にこっち向いてる。
「当たり前だ。このあたりでは蚕の孵化は春に一度、春繭のみ」
なんですと。
シルジェネでは最高で年四回繭をとれたのに。
あ、思い出した。
課金だ。
専用の課金サイトで購入するポイントで、ちまちま研究で貯める期間を大幅に縮めることができる。
私はそれを小栗様に沼ってから、十二月の交流イベント『年末幕臣感謝祭・小栗又一プレミアム福箱』にボーナス全ブッパしたんで、最初期から年四回だったんだよ。
いい買い物だった。
福袋の中身はリアルグッズが
小栗アクスタ
小栗家家紋入り算盤
横須賀製鉄所設計図風ポスター
仏頂面マグ
西洋レンガ型USB
小栗忠順握手券(手の形のテレカ)
権田村ペナント
ゲーム内アイテムは
小栗専用若年立ち絵
特殊スチル3枚
小栗人脈イベント発生率アップ
研究ポイント十倍チケット
勘定系能力成長補正
隠しイベント「又一の帳面」解放
外れの『小栗忠順の無表情缶バッジ』が意外と評判で。全部で十二種類あり、表情が全部同じに見えて、眉や口元が一mmくらい微妙に違う。
これを推し活SNSに載せて、四コマ漫画つくってドヤるのが通の仕草だったね。いくつ持っているかが推しの厚さの指標だ。
私はプレミアム福袋が当たるまでに五十万円以上使ったけど。
雀の涙のボーナス七年分よ、良い働きをしてくれた!
だからリアル養蚕で年に二度三度育成する方法を考えられれば大富豪、か〜ら〜の〜、小栗モードに最短ワープでできる!
「今、なにかくだらない事を思いついた顔をしているな、おまえ」
榮ちゃんが、顎をひねりながら怪訝そうな顔でこっちを見ていた。
「はい。よく分かりましたね、さすが御曹司。では最初の研究として⋯⋯」
「却下だ」
「まだ何も言っていないのに〜」
「聞かなくてもわかる。冬をまたいで蚕を育てるから資材をよこせだろう」
よくおわかりで。
さすが私が見い出した予算の神様。
「なんでよ? それが成功すればこの家だってもっと儲けが出るし」
「すでに私の曽祖父、そのまた曽祖父から、その方法を考えているが全て失敗に終わった」
む。
そうか、そうだよね。
夢の技術は、夢のまた夢なんだ、この時代は。
私の知識チートも通用しないだろう。
だって私のチ-ト、いまだ一度も成功していないしな、ハッハッハ。
「今日は大人しく帰れ。引き渡しは来年春。これは変わらん」
ご無体な。
「よいではないか。研究の準備にたんと時間を取れるぞ」
しゅん。
またまた厳しい現実を思い知ったよ。
ゲームのようにうまく行かないんだよな、リアルは。
ナイトメア、悪夢モードだ。
◇◇◇◇
本日も寝床の作戦会議室にて、知恵を絞っています。
榮ちゃんの言うことも一理ある。いや二理も三理もあったよ。
一度、最初に失敗したら、次はない、たぶん、いや絶対にないだろう。現実はゲームではないんだ。再交渉チャンスをスロットで当てるようには行かない。課金での途中セーブも不可。
今はまだ天保二年、一八三一年の六月十日。
次にお蚕様を育てられるのは、来年の春。桑の葉が揃って、お蚕様を掃き始める頃だという。
⋯⋯遠い。 ほぼ一年じゃん。
まさか一年に一度しか本番の研究ができないなんて計算外だよ。ゲームだったら迷わず早送りボタンを押すところだ。
しかも今年は、途中まで育った五匹を分けてもらっただけ。
来年は最初からやる。十匹全部、小さい蚕を棚に並べる掃立てから繭になるまで観察する。
だったら今のうちに準備しておかないと。
桑、育てる場所、道具、記録方法。
⋯⋯それでも一年近くあるのか。
養蚕だけじゃ時間余るなぁ。
お父さんとお母さんは、これからお米を作るのに大忙し。
糸ちゃんちなんか自分の狭い畑だけじゃなくて、本家の田んぼを世話するので大変だとか。
暇っ子絹ちゃんはこの十ヶ月をどう使うか。 田植えとか草刈り、稲刈りのときはお手伝いするけど、それ以外はきっと暇。
そうだ。
やっぱり文字を憶えないと。
榮ちゃんちには本がたくさんあるらしい。
その中にはきっと農業専門雑誌や、養蚕クラブとかいう月刊誌なんかもあるに違いない。
しかしな。
この時代の文字ってあれよ。草書みたいなミミズがのたくった字。
あれは読めん。
それに書けん。
もし小栗様の隣の席に座っても教えるどころか、こっちが教えられることになる。
一般人の推し活ならそれもありだが、私は推し活の玄人、小栗パワーアップが目的でそれを追い求めているのだ。
小栗ユニットをレベル999にして、縦横無尽に日本というゲーム板の上で暴れてほしい。
それのみを楽しみにしている!
だから文字が読めないのは大問題だよ。じゃ、早速明日にでも、お母さんに習字をせがんでみよう。
よし、自分のパワーアップ計画は決まった。この余った時間、ゲーム知識でチートができるのでは? 私の優秀なCPUメモリはここに使うのだ。
いいチートないかなぁ。
でも思い起こせば、ゲーム序盤は大変だったよ。初見殺しの天保大飢饉真っ只中のゲームスタートにはびっくりしたね。
だいたいなんなんよ。
「このゲームは幕末から明治にかけての日本を支えた養蚕をしていきましょ〜」とか公式が宣伝するもんだから、普通は養蚕を最初からするよね。
だけど養蚕し始めた途端、冷夏だ〜の、大雪だ〜の、川の氾濫だ〜の? ゲーム制作者のニヤリ顔が頭をよぎったよ。
その後、真剣に攻略サイトを読み始めた。
笑ったのは、公式のゲームとルール説明の詳細はほんの百分の一程度で、残りは全部各種MODの説明とAAR(ゲームリプレイ解説)。
これがどのようなゲームかをよく表しているよ。
⋯⋯。
ん?
なんか引っかかった。
そういや、こっちへ来た時から、なにかとっても重要なことを忘れている気がしていたんだよね〜。
なんだっけ。
天保二年。
今は天保二年。
シルジェネでは大飢饉の真っ只中から始まった。
でも。
ほんの付け足しみたいな公式の時代設定に、「実際の天保の大飢饉は天保四年から始まっています」とか書いてあった気がする。
⋯⋯天保四年。
今、天保二年。
「え」
再来年じゃん!
ここ、平和な時代じゃなかった。
人が大勢死ぬ。
再来年から!
糸ちゃんは?
榮ちゃんは?
お父さんとお母さんは?
ゲームじゃイベントで済んだ。
続く冷夏。
深刻な不作。
極端な米価高騰。
多くの流民。
目を覆う病気。
でも、ここでは全部本物だ。
再来年になったら、今そこにいる人たちが腹を空かせる。
死ぬかもしれない。
「早く、飢饉対策しないと! そっちが先だよ!」
私は飛び起きて叫んだ。
「お父さんお母さん! お米買おう! いっぱいいっぱい買って災害備蓄。缶詰にアルファ化米。ポータブル電源にソーラーパネルも!」
お父さん、おかあさ、ん⋯⋯?
こっちを見た二人の顔は凍っていた。
すみません。
夫婦の営み、真っ最中でしたか。
とんだ粗相を。
喪女の私はすっこんでいます、はい。
寝ぼけているふりをして、バタンキューと寝床へリターン。
こりゃ、明日「備蓄を!」とかいってもガン無視されるなぁ。
布団を頭まで被った。
⋯⋯いや。
でも、どうする?
お米を買えば終わりじゃない。
ゲームでもそうだった。
食料。
銭。
仕事。
人。
産業。
一つ足りなくなると、別のところまで壊れていった。
私は小栗様を助けるために、養蚕で銭を作って、人を集めて、産業を育てるつもりだった。シルジェネでは、そうやって少しずつできることを増やして、最後には幕府や国までいじくり回した。
でも。
その前に、ここが壊れたら?
養蚕どころじゃない。
銭どころじゃない。
小栗様に会いに行くどころじゃない。
⋯⋯まず田口だ。
ここを飢饉から生き残らせる。
日本をどうこうするなんて話はそれからだ。
文字もまともに読めない。蚕五匹にも苦戦中。そんな五歳児が、いきなり日ノ本を救おうとか、そりゃ無理ゲーにもほどがある。
でも、田口なら目の前にある。
ここで何ができるか。
まずやってみよう。
小栗様。
どうやら私の推し活。
思っていたより、ずっと手前から始めないと駄目みたいです。




