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『絹乃国』〜推しの小栗上野介を救いたい転生幼女、まずは天保の大飢饉から村を救います〜  作者: 天のまにまに
第2章:十匹の約束

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第10話:万に一つの娘

 ――榮太郎視点――



 面白い娘だったな。


 抜けているように見える。

 実際、抜けてもいる。

 親にも黙って本家まで来たらしいし、本家の場所すら知らず、糸に連れてこられたという。


 なのに。


 物の見方が、どこかおかしい。

 五匹の蚕を育て、三匹が繭になった。

 普通なら、三匹できたことを喜ぶ。


 が、あの娘は違った。

 二匹はなぜ駄目だったのか。

 それを知りたいと言った。


 ⋯⋯面白い。


 五歳。

 確か、作造の一人娘だったはずだ。


 度胸もある。

 本家の門を叩き、蚕を百匹寄越せと言う子供など聞いたことがない。


 使えるかもしれない。

 使えなければ、作造に蚕を返してもらえばいい。

 十匹なら損もたかが知れている。




「榮太郎。本日の報告を」


 声に背筋が伸びた。


「はい」


 父上の書斎。

 机を挟んだ向こうに、父、塩原継太郎が座っている。


 大きい。

 立てば自分などまだ肩にも届かない。

 座っていても、妙に大きく見える。


「万事、予定通り進んでおります。繭の出来もまずまず。今年は黒で締められるかと」


「そうか」


 父上の鋭い目が帳面からこちらへ移った。

 背中に汗が流れる。


「帳面にはだいぶ慣れたようだな」

「はい」

「では、次に必要なものは何だ」


 まただ。


 父上は、答えを教えない。

 何を見た。

 何を考えた。

 次に何をする。

 毎日それを聞かれる。


 簡単なことを言えば、さらに聞かれる。


 なぜだ。

 その根拠は。

 他に手はないのか。


 だから父上との話は疲れる。


「本日、面白いものが飛び込んでまいりました」


 父上の目が細くなった。


「もの?」

「人です」

「ほう」


「西の集落、水門を任せております作造の娘と、桃ノ木川沿いの桑畑を任せております留吉の娘です」


「作造のところの⋯⋯絹乃か」

「はい」

「糸も一緒か」

「はい。その二人が、蚕を貸せと申してまいりました」


 父上の眉が少し動いた。


「子供がか?」

「百匹」

「百?」

「最終的には十匹でもよいと」


 父上が少しだけ笑った。


「ずいぶん値切られたものだな」

「いえ。こちらは何も申しておりません」

「勝手に下げたか」

「はい」


 今度は、明らかに笑った。


 私は先ほどの一件を話した。


 五匹を育てたこと。

 三匹が繭になったこと。

 二匹が駄目になったこと。

 その理由を知るため、もっと蚕を育てたいと言ったこと。


 話し終えると、父上は少し考えた。


「それで」


 来た。


「お前は何を得る」


 ここが大事だ。

 儲け、と答えてはいけない。

 十匹程度で得られる銭など知れている。


 そんな答えをすれば、父上は必ずもう一度聞く。

 その先は何だ、と。


「人材を」


 父上の目がわずかに変わった。


「人材?」

「はい。使える者か、見てみたいと思います」

「使えると思うのか」

「⋯⋯四分六」

「できる方が四か」

「はい」

「根拠は?」


 来た。


 私は少し黙った。


「⋯⋯勘です」

「榮太郎」

「はい」

「帳面に勘、とは書けんぞ」

「⋯⋯はい」


 やっぱり来た。


 父上はしばらく私を見ていたが、やがて頷いた。


「だが、悪くない」


 詰まっていた喉の奥が少し軽くなる。


「十匹くらいなら任せよう」

「ありがとうございます」

「ただし」


 軽くなったものが、元に戻った。


「作造の家は絹乃一人だ」

「はい」

「あの家を絶やしてはならん」


 私は黙って聞く。


「人は銭とは違う。失えば、同じものは二度と買えん」


 父上が言った。


「試すのはよい。働かせるのもよい。だが、使い潰すな」


 そこまでは考えていなかった。

 十匹。

 損をしても十匹。

 そんなことしか見ていなかった。


 だが。


 絹乃が失敗すれば。

 怪我をすれば。

 病になれば。

 それは十匹では済まない。


「⋯⋯はい」

「覚えておけ。家を栄えさせるのは、人だ」

「はい」


 胸に刻んだ。


 人は使う。

 だが、使い潰してはならない。

 私にはまだ、田口のことすら十分には見えていないらしい。


 ◇◇◇◇


 祖父上は、変わった人だった。

 書が好きだった。


 商いの本だけではない。

 論語、中庸、大学。

 老荘、朱子、陽明学。

 他にも、どこから集めたのか分からない書物が家にはたくさんある。


 私はそれを読むのが好きだった。


 滑稽本などくだらない。

 ⋯⋯と思っていたが、一冊だけ隠してある。

 父上には内緒だ。


 もっと読みたい。

 もっと知りたい。

 できるなら、いつか江戸へ行って高名な師から学んでみたい。


 だが。

 私は本家の跡取りだ。

 ここを離れるわけにはいかない。


 田口を栄えさせる。

 そのために学んでいる。

 それでいい。


 ⋯⋯それでいいはずだ。


 ふと、あの娘を思い出した。

 親に黙って家を出て。

 道も知らないのに本家まで来て。

 蚕を寄越せと言って。

 失敗した理由を知りたいと笑っていた。

 ああいう者を何人も見つければいいのかもしれない。


 自分が全部やる必要はない。

 できる者を見つけて。

 やらせる。

 必要なら支える。

 そして、結果を見る。


 ⋯⋯それなら。


 少しだけ、面白いかもしれない。少なくとも夢を完全に諦めることにはならない。


 まあ。


 あの絹乃という娘が、本当に役に立つ可能性など、万に一つだろう。


 まずは十匹。

 それで十分だ。

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