第2話
その日の授業が終わり、紘輝はいつも通りにセッションルームで思い切り課題曲の練習をするため、借りた鍵を手の中で転がしながら校内を歩いていた。
(……思ったより初心者が多くて、ちょっと張り合いがないな……)
やはり去年流行ったバンドアニメの影響もあるのだろうか、ここに来るまでギターに触ったこともないという者がクラスの過半数を占め、どうしても紘輝は自分が高校一年生のときの『誰も演奏しないで駄弁ってばかりの軽音楽部』を思い出してしまう。
ただ、やはり講師を務めるプロのギタリストの演奏の域に自分はまだまだ届かないと痛感はしているし、小学生からずっと弾いているとは言っても、すべて独学でやってきたおかげで基礎は全く手つかずだった彼にとって、ここで学べることは山のようにあった。
(音楽理論なんて、今までカケラもやってこなかったからなあ、それだけでも全然違う。俺がここに来た意味はある……と思いたいんだけど……)
借りてきた鍵を見て、小さなため息をつく。
(教室の中ばっかりじゃダメなんだ、……ライブがしたい)
この間、妹とチャットで話した、自分が通っていた高校の恒例行事で、文化部の中間発表会の場である中庭ライブの盛況ぶりに、自身が三年生の時のその日を思い出す。
(楽しかったなあ。あの時は、みんなのピースがバチっとハマってて、俺たちは最高のバンドだと思った……)
気心知れた二年生の丁寧で几帳面なドラムと、ブレのない軽快なリズムギターの二人に、ひとつ上の先輩直伝のベースをびしっと弾きこなしてみせた妹、それまでクラシックしか触れてこなかったというのにあっさりと水に馴染んで、はじけるような演奏を披露したキーボードの一年生。
そして自分がほんのりと淡い恋心を抱いていた、儚げで線の細い麗しい容姿ながら、そこから想像もできないような強烈に甘い声で喋り、突拍子もない言動で悪目立ちしつつ、一度歌えば誰の心でも鷲掴みにしてしまう魔法のような歌声を持った少女――牧之原くるみと、彼女が全身で想いを寄せていた、ベースを弾かせれば右に出るものがいないほどの腕前を持ち、軽音楽部の有り様そのものを変えてくれた、口髭がトレードマークの顧問の教師。
彼らと共に軽音楽部で過ごした高校最後の一年間は、間違いなく自分のこれからの人生のイメージの基礎になっている。
(あんなに全部がうまく噛み合うことなんて、この先もあるのか、わからないくらいだった)
その中から一人離れ、こうして東京に来てみたものの、人前で演奏する機会は毎日の授業の中でしかない。狭い教室の中でクラスメイトを前にするのと、ステージの上で観客を相手に勝負を挑むような気持ちで演奏するのとはわけが違う。
(かと言って、一人でライブハウスに行って、道場破りみたいなことするのもアレだし……一応歌えるったって、そこまで上手いわけじゃないからなあ、アコギでソロってのも難しいよな……やっぱり、バンド組むくらいしか思い浮かばん……でもどうやって探せばいいんかな、俺から話しかけても、田舎者だから相手にしてもらえないかもしれないし……)
再びため息をつきながら部屋のドアノブに鍵を差し込む紘輝は、東京で暮らす者の半数が地方出身だということを、このときまだわかっていなかった。
そのとき、背中から廊下いっぱいに、わん、と響く男の声がした。
「あー! いたいたー! そこのギターしょってる人ー、ちょっと待ってー!」
まさか自分のことではないだろうと思いつつも、借りる部屋でも間違えたか、と振り返ると、背中まで伸びた金色の長い髪をたなびかせた人影が、全力ダッシュでこちらにやってくる。
もしかしなくても、自分を捕まえに来ている。
そう感じた紘輝は思わず逃げだしそうになるが、それよりも先にその人物は彼のところにやってきてしまった。
「いやー、やっと捕まえたー! 専攻違うと、こーも顔合わせないとは思わなかったー」
金髪に全身黒の服というコントラストの激しい姿のその青年は、よく見れば背中に自分と同じようにギグバッグを背負っている。
「君さー、オープンスクールで『パープル・ヘイズ』、弾いてたよねー?」
「……あ、ああ、うん。確かにそうだけど……」
軽音楽部の後輩と顧問に腕前を褒められた勢いのまま調子に乗ってやってみたら、思った以上にとんでもなくへなちょこになったその時の演奏が思い出され、やっぱりとっとと逃げ出しておけばよかったと目を逸らしながら後悔する紘輝に、青年は自分の右手を差し出す。
「その君の度胸を見込んで、ぜひうちのバンドに来てくれないかと思ってさー。すぐにライブハウスで演奏できそうな人探しててさー、いまメンバー募ってんだー。君、演奏慣れしてるでしょー? やってみないー?」
(見込まれてんのは腕前の方じゃないのか……)
渡りに船とはこのことで、思いがけず今しがた考えていたことに誘われたのはいいが、微妙な気分に即答しかねて、紘輝はその手を握り返すことをためらう。
そうしているうちに、急に廊下ががやがやと賑やかになり、すぐに彼がやってきた方向から、足音と共に幾人かの若者たちが、口々に喋りながらやってきた。
「名護くん、その人?」
いちばん背の高い、日焼けした肌の青年が声をかける。
「あー、そーだよー」
「ジミヘン弾いてたんだって? すごいじゃん」
アッシュグレーのボブヘアの先だけをブルーに染めた、妹とだいたい同じ背丈の、まだあどけなさの抜けない顔に似つかわしくない濃いメイクをした少女が、ハイトーンのハスキーボイスで感心する。
「へえ、誰かと思えば藤枝か、今から真面目に練習すんのに声かけて悪いな」
「あ、至深院くん……」
同じギター科の見知った顔がいて、紘輝は少しだけほっとする。
「なあ、俺ここの学校の生徒じゃないけど、本当にそのまま入っちゃって平気か?」
しんがりを歩いている眼鏡の男性が、心配そうに名護と呼ばれた青年に声をかけた。
「へーきへーき、さー、とりあえず話しよっかー、悪いけど一緒に中入れてー」
「え、ちょっと待ってくれって……」
金髪の青年は紘輝の手から鍵をするりと奪うと、さっと扉を開いて中に入ってしまう。
「おじゃましまーす」
「失礼します」
「早く入れよ、藤枝」
「本当に大丈夫なのかな……」
紘輝を廊下に残して、全員が防音扉の向こうに消えると、廊下は再びセミの鳴き声がどこからともなく聞こえるだけになる。
(……こりゃ、今日はまともな練習は無理かもなあ)
紘輝はため息をついて、仕方なしに中に入った。
「さーて、これでいい感じにメンバーは集まったかなー」
「……俺、まだ君らのバンドに入るとは言ってないんだけど」
渡りに船とは言い難い気分で金髪の青年にそう返すと、紘輝はとりあえず練習の支度だけはしようと考え、バッグから愛用のストラトキャスターを出す準備を始める。
誘ってもらえたのはありがたいが、どうにも胡散臭さが抜けなくていただけないという気持ちの方が先行し、本来なら二つ返事で乗りたい話のはずなのに、紘輝はなんとなくいい答えを返したいと思えなかった。
「ギター、もう至深院くんがいるんだろ。俺がいなくても演れるだろうに」
部屋の奥に立てかけてあるパイプ椅子を勝手に広げて座り始めた一団に、若干の図々しさを感じながらそう言って彼はため息をつく。
「まーまー、そうツンケンしないー。……今から何弾くのー? 課題曲ー?」
「週末、テストだから。練習しながらでいいだったら話は聞くけど」
人懐っこいのラインをギリギリオーバーして馴れ馴れしいの域に入ろうとしている金髪の青年の物言いを、紘輝は出来得る限りの生真面目さをもって切り離そうとし、
「あと俺、夕方からバイトだから、そっから先は何言われても居残りしないからな」
ついでに嘘をついて突き放してみた。
本当のことを言うと今日のバイトは元から休みで、この後は昨日電車の中でたまたま痴漢から助けた女性――しかも偶然というべきか幸運というべきか、自分と同郷のその人に、紘輝は「お礼がしたいので会ってくれ」と頼まれていた。
昨日はその件で夜中まで警察署で調書を取られ、自分の服装が服装だっただけにやや怪しまれながらも、カツ丼ではなく小さなお茶の缶一つをお礼にもらって解放されたのだが、相手はその疲れが吹き飛ぶような容姿の持ち主だったため、今までの人生で『女の子』というものに妹以外ほぼ縁のない人生を送ってきた紘輝にとって、絶対に外せない約束だった。
もちろん、夕方に会うからといって何をするでもなく、その辺で適当にお茶を飲んで終わりという可能性のほうが高いのだが、東京に来てから事あるごとに故郷の空気や言葉を懐かしんでいた紘輝にとって、変に格好をつけずに話ができそうな相手がいるというだけで、十分彼女と会うことに意味と価値がある。
ゆえに、今日は誰から何を誘われても絶対に断って彼女に会う、と、相手から昨夜その誘いのチャットが来てからずっと心に決めていたのだった。
だからといって、浮かれついでに練習をサボるつもりは一切ない。
紘輝はストラップを肩から掛け、バッグからクリップチューナーを出してヘッドにつける。
「ストイックだな、……ええと……名前、なんだっけ」
背の高い青年が、紘輝の名を呼ぼうとしてそれを知らないことに気が付き、戸惑う。
「……誘うならまず、そっちから名乗るのが筋ってもんじゃないのか?」
6弦の音を合わせながら、先ほどから抱えていた違和感の正体のひとつに気付いて、紘輝は部屋の奥に溜まっている五人にそう声をかけた。
「あー、そりゃそーだー。名前もなーんにも言ってなかった。失敬失敬」
金髪の青年は申し訳なそうに頭を掻いて肩をすくめると、パイプ椅子から立ち上がって紘輝のほうに向きなおった。
「俺、ベース科一年の名護澄人。一応発起人っていうことで、今んとこリーダーカッコ仮って感じかなー。んで、この子がボーカル科一年の高松寧々ちゃん」
「いいよ、自分で自己紹介するから」
澄人を軽くいなしながら、寧々は立ち上がる。
「あたし、香川から来た、高松寧々です。よろしくね」
そう言って後ろに手を組み、小首をかしげた彼女の隣に座っていた、日焼けした肌の青年が立ち上がって頭を下げる。
「日高彬です。打楽器科の一年」
彬の端的な自己紹介に続いて、眼鏡の男性がやや委縮した様子で立ち上がる。
「あー……澄人の友達で、ピアノとキーボード弾いてる、川越裕です。ここの生徒じゃないんで、俺がここにいるのは言わないでもらえるとありがたいな」
「大丈夫だって、バレないバレない」
裕の後ろで足を組んでパイプ椅子に寄り掛かって座る青年が、長い前髪を揺らし、腕を組んだ。
「俺は言わなくてもわかると思うけど、流れ的に言っとくか。ギター科一年の至深院亜炉我」
何となく挑発するような亜炉我の視線に促され、紘輝も黙っているわけにはいかなくなる。
「……ギター科一年の藤枝紘輝です」
「ひろきくん、ねー。とりあえずこうして会ったのもなんかの縁だしさー、あとで個チャ交換させてよー」
「……連打してきたらブロックするけど、それでいいなら」
「ちぇー、つれないぞー」
澄人のブーイングを無視して、とりあえず練習がしたい紘輝はチューニングに戻る。
(構成はほとんど変わらないのに、なんか危うい感じがするな……なんでだろう……)
三年生の時の軽音楽部よりも脆い地盤の上に足があるようで、妙に落ち着かない気持ちのまま、彼は5弦の音を合わせた。
チューニングを終え、キーボードのメトロノームでリズムを取りながら、今月の課題曲の『That'll Be The Day』を弾き始めた途端、全員の視線が自分に向いたのがわかった。
(うわー、完全に俺を値踏みしてる空気だ……でも、こういうのにも慣れとかないと)
中間部分のソロを弾いたとき、向こう正面でひそひそ話が始まったが、一切気にしないように自分の演奏に集中する。
(チャック・ベリーは知ってたけんど、バディ・ホリーはノーマークだったから、ここに来なかったらきっと一生知らなかったよなあ……)
メトロノームにきっちり合わせるようにリズムを刻みながら、のんびりしたテンポに少しだけ退屈するが、
(わかってる。早く弾けばうまく聞こえるし、エフェクター使えばいくらでもごまかしがきく。ひとつひとつの音をきれいに丁寧に、しっかり弾くことはすごく難しい。俺に足りてないのはそれなんだ)
そう思って辛抱強く、最後までテンポを維持するように、音を間違えずに弾き終える。
(……ソロのとこ、少しテンポ走った気がする。よし、頭からやり直し)
ふう、とため息をついて、もう一度頭から弾き直そうとした時、部屋の奥の五人が拍手をしながら立ち上がり、澄人と寧々が走り寄ってきた。
「いーじゃんいーじゃん! クリーントーンでそこまで弾けるってなかなかいないよー! ぜひ加入してくれー!」
「フツーに上手いよ、ねえ、いっしょにやろうよ!」
「待て待て待て、練習させろって!」
二人揃っての押しの強さに紘輝の顔はひきつる。
「澄人、寧々ちゃん、落ち着け。藤枝くんが困ってる」
まるで犬の飼い主のように裕が声をかけると、二人はしゅっと大人しくなる。
「すごくいいと思うよ。特にソロのとこ、メロディーラインがしっかりしてる」
その裕が素直に感想を述べながら改めて拍手をすると、澄人と寧々も再びぱちぱちと拍手を始める。
「リズムが少しだけ途中で走ったけど悪くない。楽譜渡されて四日でこれって、相当弾き込んでるな」
亜炉我が教室で誰かを褒める時と同じトーンでそう言いつつ、紘輝に拍手を贈る。
「……いいね、君のギター、華があるよ」
彬の日焼けした顔は、楽しそうに微笑んでいる。
「なー、ここまで弾けんのにどっこもバンド入んないの、絶対もったいないってよー! ものは試しってことでさー、俺らと組もーよー! ライブハウスだって伝手あるからさー、やろうと思えばいつでもブッキングできるし、授業ばっかり真面目に受けてたってプロには絶対なれっこないんだからさー、何事も経験だよー!」
澄人は紘輝の腕を掴んでぐらぐらと揺すりながら、どうにか仲間に引き入れようと笑顔の中に必死さを滲ませる。
「……」
なんと言葉を返したらいいものか、紘輝は考えあぐねて押し黙る。
(俺の腕前のことはさておき、一回セッションするなり、演奏聴いてみないとわかんねーな。なんたって、今日初対面のほうが多いし、至深院くんとも一度も合奏したことないから)
こういう時にさっと誰かしらがなにかの曲を引っ張り出して来て、それを全員がある程度弾けるくらいには、実力も信頼もあった去年の軽音楽部の面々を思い出して、どうしても比較してしまう自分を慌てて止める。
(だめだめ、去年と比べたら良くない……でも、課題曲ばっか弾いてて飽き飽きしてたとこだ、俺が弾ける曲の中から提案してみよう)
部屋の中を見渡せば、ドラムセットもアンプも、メトロノームに使っていたキーボードもある。
(ボーカルの子の声質なら、くるみちゃんと違ってあの歌もいけるだろう。弾けないやつには大人しく見ててもらって、最悪、俺だけでも演奏して、それからどうするか考えよう)
久しぶりに部長時代の仕切り癖が頭をもたげ、紘輝は唇を舐めた。
「……なあ、『群青日和』って、みんな演れるか? それ演ってから決めるでもいいよな?」
その提案に、五人は各々ざわついた。
数秒の間の後、
「ははっ、藤枝くん、なまら無茶振りするね……いいよ、僕は演るよ。みんなは?」
彬が苦笑いしながら、ドラムセットを準備し始める。
「前にライブで演ったことあるからいけるな」
キーボードをスタンドごと運び、音色をオルガンに変えてから、裕も指慣らしをする。
「……コード弾きで合わせるだけ合わせる。リードギターはそっちに任せた。自分で言ったからには、ばっちり弾けんだろ?」
そう言い放つと亜炉我は立ち上がって、壁に立てかけてある自分のギグバッグを取りに行く。
「寧々ちゃん、歌えるー?」
澄人の質問に、寧々は慌てた様子でスマートフォンを出す。
「メロディは知ってるから、歌詞、見ながらならなんとか……」
「よっしゃ、それでいーよー。俺はTAB譜を見れば、たぶんどうにかなるかなー、今からネットで探してみるよー。……しっかし、いきなり『東京事変』なんて、高度なことさせるなー、藤枝くん。怖いねー」
お手並み拝見、という顔で澄人は紘輝を軽く睨み、床に寝かせてあったギグバッグとエフェクターボードのところに歩いて行った。
「これが初セッションだな」
各々の準備の間、隣で楽しそうにそうこぼした裕の言葉に、
(いや、今まで一度も演ってなかったんかい!!!)
紘輝は思わず心の中でツッコミを入れつつ、もしやと思った質問をする。
「……あの、もしかして昨日今日あたりがみんな初対面とか、そういう感じ……?」
「ああ。俺と澄人は、あいつが十六の頃からの知り合いだけど、最初から澄人が俺のとこに連れてきたのは寧々ちゃんだけだよ。あとは全員、二、三日の間に声かけて回ったって感じかな。まあ、大抵みんなもうバンド組んでたり、外部出演してたりで、結構断られまくりで難航したんだけどね」
「……へえ。じゃあ、俺はみそっかすか」
自分が残り物扱いされた気がして、紘輝は少し傷つく。
その苦い表情に、裕は慌てて言葉を続ける。
「そんなことない、君は単純に捕まりづらいって至深院くんが言ってたんだよ。いつも授業が終わると誰かと教室で話したりしないで、さっさと一人で練習に行くから、話しかけるタイミングがつかめないって」
「……俺は誰かと話してる時間も惜しいだけだよ。東京にいられる残り時間が少ないから」
事実だけ話して準備中の澄人と亜炉我をちらと見遣り、紘輝はそれ以上、裕に話しかけさせる隙を与えず、記憶の中から楽譜を引っ張り出して、ざっと弾きながら手早く確認を始める。
自分のシールドにエフェクターを繋ぎ直して、ディストーションを思い切りかける。
(バンド組むかはさておき、今はライブの真似事でもいいから、思い切り演奏がしたい)
心の中に灯る青い火が、ぱっと火花を散らすような気がして、鳥肌が立つ。
(俺はギターを弾きに東京に来たんだ、どんどん弾いてやる)
身体を熱い血が駆け巡り、文化祭の時のステージから見た体育館の空気が胸に蘇ってくる。
(あの時とメンバーは違うけど、今ここに観客がいると思って演ってみよう。……やべ、久しぶりに、すげーわくわくしてきた……!)
半音下げてチューニングしたスモーキーブルーのストラトキャスターのネックを撫で、デニムのポケットにカポタストを入れながら、紘輝は思わず舌なめずりをした。
「こっち準備いいぞ」
亜炉我がフットスイッチを踏んで音色を変えながら声をかける。
「寧々ちゃんは?」
「うん、いいよ。間違えたらごめんね」
「なんくるないさー。よっし、ひろきくん、よかったら始めちゃうよー」
寧々の様子を確かめた澄人が、背中から紘輝に訊く。
「ああ、よろしく」
振り向いた紘輝の目がぎらりと輝いていたことに、澄人は一瞬だけ飲まれそうになったが、
「……彬くん、頼むよー」
笑顔でドラムの方を見て、ベースを構えた。
※次回からは、毎週火曜日の21時に一話ずつの投稿となります。




