Scene 6(Side-B)
あれから、昼食の時間になるとレオノーラを迎えにいっている。
最初の頃こそ友人たちに『どういう心境の変化だ?』と揶揄われたが、それもその時だけだった。
今日も迎えにいこうと教室を出たところで、小走りで駆けこんできた令嬢とぶつかった。
「きゃっ」
「っと、すまない。大丈夫か?」
転んだ令嬢を立ち上がらせようと、慌てて手を差し出す。
令嬢はまだ転んだことに驚いているのだろう。ぼーっとした表情で俺を見ていた。
彼女は先日編入してきたマチルダ嬢だ。
普通の貴族令嬢ならば学園の廊下を走ったりはしないが、なるほど貴族生活に慣れていない彼女なら、こういうこともあるのかもしれない。
「あ、ありがとうございます! ぶつかってしまったお詫びに、よろしければこれからお昼ご飯でも……」
「いや、婚約者が待っているんだ。失礼」
こんな風に迂闊に異性を食事に誘うのも、やはり貴族生活に慣れていないからだろうな。
そう思いながら、その場を去った。
ガゼボでレオノーラの手料理に舌鼓を打つ。
以前よりも色々なことを彼女と話すようになり、先日は昼食のリクエストを聞かれた。今までは、彼女から俺のことを尋ねられるなんてほとんどなかったのに。
ふと、レオノーラが口許をぬぐうハンカチを見て、昨晩の『悪夢』を思い出す。
俺がじっと見ていることに気付いたのだろう。彼女は少し顔を赤らめた。
「あの…… どうかされましたか?」
「あ、いや。えーっと…… レオノーラもハンカチに刺繍を入れているのか? 良かったら見せてくれないだろうか」
不思議そうな顔をしながら、彼女は傍らに置いたハンドバッグから、別のハンカチを取り出した。
やはり、いい絹を使っている。そして華やかな花の刺繍。刺し方も美しいし、デザインもやさしく女性らしい。
「綺麗だな」
そう言うと、レオノーラは少し驚いたような顔をした。
「あ、あの…… 以前お断りされましたし、こういうのは好まないかと思ったのですが…… よろしければ、今度ブルーノ様の為に何か刺してきましょうか?」
俺の様子を窺いながら、控えめにそう言う。
ああ、そういえばそうだった。
花柄の刺繡入りのハンカチを男が持つなんて恥ずかしいからと言って受け取らなかったのだ。
俺はそんなこともすっかり忘れていた。
友人たちはよく婚約者に手製のハンカチを貰っている。レオノーラが俺にそういった贈り物をしないのは、これが家同士の決めた形だけの婚約だからなのだろうと。俺に特別な気持ちはないからなのだろうと、そう勝手に思っていた。
「ああ、以前はその…… 照れくさくてな、すまない…… その、花柄とか…… あまり華美なものを持つのは恥ずかしいと思って……」
上手く言えればよかったのだが、しどろもどろな言い方になった。
「そうだったのですね。刺繍は花の柄に限らないのですよ。それでしたら、剣や盾などの意匠にいたしましょうか? 馬や鳥、狼などもいいかもしれませんね」
レオノーラは安心したように穏やかな表情になって微笑んだ。
「刺繍と言えば、花の文様ばかりかと思ったのだが、そんなことはないんだな」
「ふふふ。ブルーノ様は、そう思い込まれていたのですね」
そうだな。なんだか俺は自分のことばかり考えていたような気もする。
レオノーラは俺の好みを知ろうとしてくれているのに、俺からは何も――
「なあ。レオノーラはどこか行きたいところはあるか? 今度一緒に出掛けよう」
「え? 急にどうされたのですか?」
レオノーラが驚くのも無理はない。
今までの俺は、婚約者として最低限の付き合いしかしようとしていなかったのだから。
「俺の為に刺繍をしてくれるのだろう? だから、その礼にと思ってな」
少し苦し紛れにそう言うと、彼女はぽっと頬を赤らめて言った。
「で、では…… ブルーノ様と一緒に、人気の歌劇を観にいきたいです」
いつもは少し強気な彼女だが、こうして照れている姿も可愛いと、そう思った。




