Scene 5(Side-F)
あれ以降、まだ『悪夢』は続いていて、今日も学園から夢が始まった。
どうやら『悪夢』が変わったあの後からは、卒業パーティーまでの日々をなぞっているようだ。
一人でひっそりと昼食をとるアンジェラ嬢を見かけて以来、なんとなく彼女のことが気になっている。
といっても、別に探そうとしている訳でもない。なのに何故か俺の行く先で、アンジェラ嬢を見かける機会が明らかに増えていた。
だが、今日見かけたのはアンジェラ嬢ではなく、チェルシー嬢だった。
授業の合間の短い休み時間、なんとなく教室の窓から中庭をぼぅっと見下ろしていると、キョロキョロと辺りを見回している女生徒がいた。
人目を気にしているのだろうが、あれじゃ逆に目立つだけだ。
「おいフィル、何を見てるんだ?」
横に来たエディも、俺の真似をして中庭に目を向ける。
「ん? 誰だあの子は?」
「さぁ」
知らないふりをした。
本当は、彼女のことを俺は知っている。
『悪夢』で何度もあの胸くそ悪い婚約破棄シーンを見てきたからだ。でも俺はこの時点ではチェルシー嬢のことを知らないはずだ。
「あそこ、いつも昼にアンジェラ嬢がいる場所だよな。あの子、何してんだ?」
俺たちが見ているのにも気付かず、チェルシー嬢は中庭の端のガゼボでごそごそと何かをしている。明らかにおかしい。
そうしてしばらくすると、チェルシー嬢は来たときと同じようにキョロキョロとしながらどこかへ去っていった。
「気になるな。ちょっと見てこよう」
俺がそう言うと、エディもノリ気で賛成した。こいつも気になったらしい。
ガゼボを見てみると、壁とベンチの間にハンカチが挟まっている。女性が持つような刺繍入りのハンカチだ。
「これ、さっきの女の子のかな? なんでこんなところに?」
「わからん」
また知らないふりをした。
あの婚約破棄の場面で、チェルシー嬢はアンジェラ嬢に物を隠されたと言っていた。しかしアンジェラ嬢はそれを否定し、チェルシー嬢が自分で失くしたのだと反論した。
なるほど、これが答えってことか。失くすどころか、自分で隠しているじゃないか。
「それとも、実はアンジェラ嬢のハンカチだったり?」
「いや、それは違うだろう。このハンカチの刺繍は伯爵令嬢がしたものにしては、下手……ごほんっ。いや、かなり個性的だ。それに伯爵令嬢が持つハンカチなら、もっと上質な絹を使うだろう」
「すげーなフィル。お前、ハンカチの生地の良し悪しまでわかるのか」
「まぁな」
しれっと返事をして見せたが、本当はフィルとしての知識ではない。現実の俺が持っている目利きの技なんだけどな。
さて、ハンカチはチェルシー嬢に返さないといけない。でもなんだか怪しいしあまり関わり合いになりたくはない。
どうしようかと思案していると、俺たちがいるガゼボに女性たちの声が近づいてきた。
「ああ、タイミングいいな。アンジェラ嬢だ」
エディがこそりと俺に耳打ちした。
アンジェラ嬢は、友人の令嬢二人とこのガゼボを目指しているようだ。
なんとなく居心地が悪い。さっさと退散したかったが、もう近くまで来ている彼女たちと顔を合わせずに去ることはできないようだ。
「あら、先客でしたか」
俺たちに気付いたアンジェラ嬢から声をかけられた。
「あ、いや、俺たちはもう戻るところで――」
「あら、それは?」
言い終わる前に、彼女は俺が持つハンカチに気が付いたようだ。
これをどう説明したものか……
「ああ…… 先ほどここで、このハンカチを拾ったんです。どなたの物か知りませんか?」
俺が差し出したハンカチに、アンジェラ嬢とその友人たちの視線が集まる。
「……それは多分、知人のハンカチですわ。お預かりして、私が届けてもよろしいかしら?」
アンジェラ嬢はそう言って手を差し出した。
いやでもそれはまずいだろう。アンジェラ嬢からチェルシー嬢に渡したら、またどんな言いがかりをつけられるかわからない。
「その知人とは、チェルシー嬢でしょうか?」
「チェルシー? さっきここに来ていた女の子か?」
エディが俺に向けて尋ねてきたので、頷いて返す。
「見間違いかもしれませんが、チェルシー嬢がわざとこのハンカチを隠していたように見えたのです」
「何故そのようなことを?」
「わかりません。でもチェルシー嬢は貴女のことをやけに気にしているように、俺には見えます」
そう言うと、アンジェラ嬢は驚く様子でもなく、困ったように顔を曇らせた。
「やっぱり……貴方方からもそう見えるのですね」
アンジェラ嬢が語ったところによると、いつの間にか平民出身のチェルシー嬢がレイモンド王子と親しくなっているのだそうだ。
そしてそれだけでなく、アンジェラ嬢の周りにも現れるようになったのだと。
「はじめは友人になりたいのだと、そう思っていたのですが……」
そこで言葉を止めるということは、違ったのだろう。そして友人というほどに親しい間柄にもなっていないのだと。
だからさっき、アンジェラ嬢はチェルシー嬢のことを『知人』と言ったのだ。
「余計なお世話かもしれませんが、気にされた方がいいのでは?」
「そう…… かもしれませんわね。でも、一体どうしたらいいのか……」
「せめて、お一人で行動されるのを避けた方が良いかと思います」
「そうですね。普段から私たちがご一緒するようにしますわ」
アンジェラ嬢のそばで話を聞いてた友人のご令嬢方が、うんうんと互いに頷いてみせる。
何かあったときに、一人でいるのと誰かといるのでは随分と変わってくるだろう。
「このハンカチを返しにいくのも、一緒に行きましょう」
もう一人の令嬢がそう言ったので、彼女にハンカチを託す。
「もし何か聞かれたら、俺たちが見つけた物を預かったとちゃんと言ってください」
そう伝えて、中庭を後にした。




