Scene 4(Side-B)
いつものようにベッドの上で体を起こし、大きく息を吐く。
立ち上がり、壁に掛けられた鏡に自分を映し、名を呼んだ。
「よお、ブルーノ」
ちゃんと目が覚めている。ここが現実の世界で、これが現実の俺だ。
いつもと同じように、現実の朝はやってきた。
気怠い午前の授業が終わり昼休みになると、教室は昼食の準備で少し賑やかになる。
学園では婚約者がいるのなら、昼食を共にとるのが一般的だ。
婚約者同士で連れだって教室を出ていく者もいれば、婚約者を呼ぶ声も聞こえるし、婚約者を呼びに他の教室に向かう者も、様々だ。
俺にも婚約者がいる。
俺の婚約者は公爵令嬢のレオノーラ。それなりに美人だが、やや気が強い。
彼女のことが好きなのかと聞かれたら、すぐには頷くことはできない。でも別に嫌いではないし、それなりに情もある。
彼女の方も俺に悪い印象は持っていないようだ。
まあ、家同士が決めた貴族間の婚約など、そんなもんだろう。
いつものように教室で待っていると、レオノーラが昼食の入ったバスケットを持って俺を誘いにくる。
「ブルーノ様」
俺を呼ぶ声に軽く手を挙げて応えた。
友人たちには、たまには俺の方から彼女を迎えにいけと言われるが、俺には気恥ずかしくてそんなことはできない。
レオノーラも俺を誘いにくるのが楽しそうだし、別にこれでいいじゃないか。
「今日は中庭で食べませんか? いい天気ですよ」
そう彼女が言うので、中庭にある雰囲気のいいガゼボで食べることになった。
彼女が持ってきたバスケットを開けると、今日の弁当はサンドイッチだ。
「ローストビーフ、お好きでしたよね」
そう言って彼女がひとつ、大きめのサンドイッチを選んで手渡してくれた。
このガゼボで食べていると、あの『悪夢』の中でみたアンジェラ嬢を思い出す。そういえば、あの時彼女が食べていたのもサンドイッチだった。
俺はあのクズ王子みたいに、婚約者を一人にしてはいないからな。そんな、言い訳がましいことを思いながら、レオノーラのくれたサンドイッチにかぶりつく。
ああ、いつも通り美味いな。
彼女は俺の好みを把握してくれていて、サンドイッチの時には必ずローストビーフのサンドを用意してくれている。
それだけじゃなく、肉も大きめに切ってあるし、マスタードも多めに塗ってある。
別にわざわざ俺が頼んだわけじゃないのに。
そうだ、こういうのが好きだとか、わざわざ言ってはいないのに。なんでだ?
レオノーラの方を見ると、もぐもぐさせている口元を慌ててハンカチで隠した。
「ブルーノ様、どうかされました?」
「あ、いや…… どうして俺の好みを知っているのかなと、そう思って……」
そう言うと、レオノーラはくすりと笑った。
「あら、こうしていつも昼食をご一緒していますもの。そのくらい、わかってきますわ」
……そうなのか。でも俺はレオノーラの好きな食べ物なんて、ほとんど知らない。
それだけでなく、好きな本や花のことも。
レオノーラとは家同士が決めた婚約者だ。自分で選んだわけじゃない。
でもそんな俺を知ろうとしてくれたことが、なんだか恥ずかしいような嬉しいような、そんな気持ちになった。
「そうか。レオノーラが俺の好みをシェフに伝えてくれているんだな。だからいつも美味いのか。ありがとう」
普段の俺なら、レオノーラに礼の言葉なんて恥ずかしくて言えないのに。
今日は何故だか自然にそれが口から出た。
レオノーラは一瞬驚いたような顔になって、それから今度は恥ずかしそうに両手で口元を抑えて顔を逸らせた。
「ブ、ブルーノ様に喜んでいただけて、良かったです。で、でも…… そのサンドイッチは、シェフが作ったものではなくて……」
「……え?」
「わ、私が作ったものが、ブルーノ様のお口に合ったのでしたら、とても嬉しい……です」
これは、彼女のお手製だったのか……
もしかして、今までの昼食もそうだったのか? そんなこと一度も言わなかったじゃないか。
レオノーラが俺の顔色を窺うように、ちらりと上目遣いでこちらを見る。
いつもはやや気が強く、物事をはっきり言うレオノーラが恥じらっている姿がとても可愛い。
こんな可愛い婚約者が、俺のことを思って俺の為に何かしてくれている。それなのに、俺は彼女を迎えにいくことすらしていない。
「いつも、美味い昼食をありがとう。レオノーラ」
改めて言うと、顔を真っ赤にさせたままの彼女が嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に胸が熱くなりそうな自分を感じながら、顔色を気取られぬよう慌てて次のサンドイッチにかぶりついた。
味付けして焼いたチキンが入っていて、やっぱりこれも美味かった。




