Scene 2(Side-B)
いつものようにベッドで目が覚める。
体を起こすと大きく息を吐く。立ち上がり、壁に掛けられた鏡に自分を映す。
そしてその名を呼んだ。
「よお、ブルーノ」
ブルーノ・ラル・ダズウェル。ダズウェル伯爵家の長男で跡取り、それが俺だ。
こうして自分の名を呼び『本当の俺』を確認するまでが、『悪夢』を見た朝のルーティンだ。
そうでもしないと、自分を見失ってしまいそうになるのだ。
どちらの自分が本当の俺なのか、わからなくなってしまいそうになるのだ。
『悪夢』の終わり方がいつもと少し違っただけで、他はいつも通りの朝だった。
いつものように馬車で学園へ向かい、教室で友人たちと朝の挨拶を交わす。
学友たちとなんてことのない会話をしているうちに、いつものように部屋に教師が入ってきて、いつものように授業が始まる。
そんななんてことのない、いつもの日常が始まるはずなのに、今日は少しだけいつもとは違った。
教師と一緒に見知らぬ令嬢が壇上に上がると、教室のここかしこからひそひそ声があがる。
「編入生を紹介しよう」
教師の声で、小さなざわめきがぴたりと止んだ。
「マチルダ・アナ・ブリックと申します。よ、よろしくお願いいたします」
令嬢はぎこちない所作でカーテシーをした。慣れていないようだ。
「なあブルーノ。彼女、どこの家の令嬢だろう? 知っているか?」
隣の席の悪友……もとい、親友のジェレミーが小声で俺に尋ねる。
「……いや、知らないな。ブリック家の名も聞いたことがない」
うちは公爵家で、俺は公爵家の跡取りだ。めぼしい家の子息子女の情報はおおよそ頭に叩き込んである。
その俺が知らないのだ。下位の貴族家の者か、それとも田舎貴族なのか。
「そういえば、どこかの男爵家で養女を迎えたって聞いたな。彼女のことじゃないか?」
「なるほど、それなら納得だ」
ジェレミーは珍しい物を見るかのように、編入生をしげしげと眺める。
「場所慣れしていないようだし、余程の箱入り娘なのか、それとも平民の出か? でも彼女、なかなかに可愛いんじゃないか?」
まったく…… 可愛いというのは素直な感想だろうが、お前には婚約者がいるだろう?
まあ、だから俺にだけ聞こえるように言ってるんだろうけどな。
「なんだ。素っ気ないな」
「俺は興味ないからな」
そう言うと、ジェレミーはつまらなそうにふぅんと言った。
今日がいつもと違ったのは朝のその時だけで、その後に始まった授業はやっぱりいつも通りだった。




