Scene 1(Side-F)
また、あの『悪夢』か……
正直、もううんざりだ。同じ夢ばかり、一体何度繰り返して見ているのだろう。
俺の『悪夢』はいつも、ある学園の卒業パーティーの場面から始まる。
そこに俺は、俺ではない姿でいるのだ。
『本当の俺』は、ダズウェル公爵家の長男、ブルーノ・ラル・ダズウェル、のはずだ。
しかし『夢の中の俺』は違う。貴族ではあるがそこまで地位は高くないらしい。せいぜい子爵家がいいところだろう。らしいというのは、この夢だけでは詳しいことはわからないからだ。
俺の隣に立つのは『夢の中の俺』の友人エディ。彼は俺を『フィル』と呼ぶ。
初めてこの『悪夢』を見た時、俺はその名に覚えがなかった。それなのに「ああ」と当たり前のように返す俺がいた。
そして鏡に映る俺の姿にも、やはり俺は覚えがなかった。
最初はかなり戸惑っていたが、今では流石に慣れた。
ああ、そうだ。うんざりしてしまうほどに、だ。
意図せず、深いため息が出た。
「なんだ、フィル。悩み事でもあるのか、珍しい」
エディが揶揄うように小声で言う。
「俺は繊細だからな。悩むことも山ほどあるのさ」
「はははっ。嘘吐け、そんなタマじゃねえだろう?」
そんな風に軽口をたたき合っているうちに、またいつものように『事件』が始まるのだ。
「ハナフォード伯爵令嬢、アンジェラよ。貴様との婚約を破棄する!」
パーティーの会場に突如として響き渡る声。
決して可憐な令嬢に向けるような物とは思えないほど強い口調。その言葉を発しているのが、それだけ上の立場の者だと言うことだ。
またかと思う気持ちを込めて、声の方を見る。
視線の先、パーティーの参加者たちが輪を作る中心に居るのは、夢の中でのこの国の王子、レイモンド様だ。
いや、こんなクズ王子に『様』など付ける必要はないな。
この王子がどれほどクズなのかも、これから起こる茶番についても、俺は良く知っている。
クズ王子の横には、やたらとレースを使った派手なピンクのドレスを着た令嬢が、クズに肩を抱かれながら立っている。
そして二人の前に立つ、上品なドレスを身に着けた女性。彼女がさっきクズに名前を呼ばれた伯爵令嬢のアンジェラだ。
「お前はこのチェルシーを虐めていたそうだな! 彼女の持ち物を隠したり、突き飛ばして転ばせたりしたそうじゃないか!」
クズが唾を飛ばしながらそう言うと、アンジェラ嬢は悲しそうにやや俯いて口を開いた。
「で、殿下、それは誤解です。わたくしはそのようなことを一切しておりません。彼女が自分で物を失くされて、彼女が自分で転んだだけです」
絞り出すような声でせつせつと訴える。
気弱そうな令嬢が、精一杯の申し開きをしている。そんな風に見える。
「そんな、ひどい! じゃあ、私が嘘を吐いているって言うんですか?」
チェルシー嬢は泣きながらそう反論する。といっても、嘘泣きだろうが。
「ああ、チェルシー、つらかっただろうに…… ほら、見てみろ! チェルシーがお前に怯えているじゃないか。これが何よりの証拠だ! お前の言い分など、裏付けてくれる者など誰もいないだろう。それともお前は、次期国王であるこの俺に逆らうと言うのか!?」
相変わらず、何度聞いても滅茶苦茶な言い分だ。
あれで筋が通っていると思うのだから、やっぱりクズはクズだな。
そこまでもそれから先も、何度も見てきたシーンが続いていった。
アンジェラ嬢が何を言っても、クズ王子は頑として聞き入れない。そしてチェルシー嬢は甘ったれた声を出しながらクズ王子にしだれかかっている。
「あれは酷いな。いくらなんでもあんまりじゃないか?」
エディが小声で俺に言う。
「ああ、俺もそう思う」
「それにあのチェルシーって子、見たことないぞ。貴族クラスにあんな子がいたか?」
首を横に振ってみせる。
俺たちが見たことがないのも当然だ。彼女は平民なのだから。
「俺はこのチェルシーと結婚する! お前など、どこにでも失せるがいい!」
クズ王子はチェルシー嬢の肩を親し気に抱いたまま、そんな言葉を残してパーティー会場を去っていった。
何度この『悪夢』を見たことだろう。毎度毎度見せられる茶番劇にも、もううんざりだ。
……まったく、
「馬鹿らしい」
つい言葉になって口から出た。といっても、隣に立つエディにようやく聞こえる程度の小声だったはずだ。
でもその言葉に気が付いたかのように、俯いていたアンジェラ嬢がこちらを向いた。
いやまさか彼女に聞こえたはずはない。
でもその瞬間、彼女と間違いなく目が合った。美しい、翠玉のような瞳だと、そう思った。
その途端に、俺は『悪夢』から覚めた。




