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第7章 勇者たちの再興。もうひとつの10・19〜⑤〜

 1988年のプロ野球は、40年近くが経過した現在でも語り草になる出来事が数多く起こった。


 日本初の屋内球場である東京ドームの開場。

 闘将・星野仙一監督初のリーグ制覇。

 ミスター・タイガース掛布雅之の引退。


 なかでも、これまでセントラル・リーグに比べて、陽の当たらない存在と見られていたパシフィック・リーグの動向に注目が集まった年でもある。


 40歳にしてホームラン王と最高殊勲選手となった門田博光の活躍は、「中年の星」として話題を呼んだ。


 そして、この年の10月19日は、のちに「パ・リーグの一番長い日」と言われるほど、激動の一日でもあった。

 この日、小学校の授業を終えた佐藤少年は、猛ダッシュで自宅に帰り、テレビ中継に見入っていた。関西地区では、平日の昼間の時間帯から、プロ野球の生中継の放送が行われていたのだ。


 このシーズン、開幕から順調に首位を走っていた西武ライオンズに対して、近鉄バファローズがペナントレース後半から驚異的な追い上げを見せ、両チームは、シーズン終盤の10月に入ってもデッドヒートを繰り広げていた。


 先にシーズンの全日程を終えたライオンズに対して、2位で追うバファローズは、マジック2という状況でロッテオリオンズとのダブルヘッダー2連戦の10月19日を迎えていた。この日の二試合に連勝すれば、バファローズの優勝。逆に、バファローズがどちらかの試合で引き分け以下の結果となれば、ライオンズのリーグ三連覇が決まる。


 ブレーブス一筋で応援してきた佐藤少年も、シーズン後半のバファローズの連勝劇には胸を熱くしており、なにより、パシフィック・リーグの王者として君臨しようとしていたライオンズに、関西の球団が一泡吹かせるチャンスだということで、学校での授業中から興奮が収まらなかった。


 そんな彼が、リビングのテレビにかじりつきながら、オリオンズ対バファローズの中継放送を見ていると、パ・リーグファンを揺るがす衝撃のニュースが飛び込んできた。


 それは、オリオンズが2点をリードして迎えた、3回表のバファローズの攻撃が始まったばかりのこと。

 実況を務めるアナウンサーから、こんな言葉が語られた。


「今ここで野球に関するニュースが入ったんですが、(中略)皆さんにもお聞きいただきたいと思います。阪急ブレーブスから阪急ブレーブス球団の譲渡に関する記者会見を開くという知らせが入りました。(中略)記者会見は、今日夕方5時から大阪市内の新阪急ホテルで球団郎が発表するということです」


「ネット裏で観戦中の近鉄の前田代表のコメントなんですけれども『全く寝耳に水で信じられません』ということなんですが、阪急ブレーブスがどうやら、どこかに、まだどこかというのはよくわかりませんが、譲渡されるらしいということで、その記者会見が今日夕方5時から大阪市内の新阪急ホテルで開かれるということです」


「いや南海ホークスが譲渡されまして、関西では、ひとつ球団が少なくなって寂しくなりました。そして阪急ブレーブスもということになりますね」


 アナウンサーの言葉に、少年だった佐藤は、自分の耳を疑った。


(阪急が身売り? うそやろ? 南海じゃなくて? どういうことなん……?)


 佐藤少年が疑問に感じたように、このひと月前には、パ・リーグでは関西の球団としてブレーブスとリーグ優勝を争っていた南海ホークスが、当時スーパーマーケットとして名を馳せていたダイエーグループに球団を譲渡し、本拠地も九州の福岡に移転することが発表されていた。これは、福岡の若手企業家が集う青年会議所を中心とした熱心な誘致活動も影響したという。


 この球団譲渡の最初の記者会見は、「ミスター・タイガース」と呼ばれた阪神タイガースの人気選手・掛布雅之の引退会見の日と重なり、プロ野球界に衝撃を与えた。


 ただ、何年も前から球団身売りのウワサが上がっていたホークスとは異なり、1970年代後半に黄金期を迎え、山田久志、福本豊、松永浩美、ブーマー・ウェルズなど多数の人気選手を抱える阪急ブレーブスが他の企業に球団を譲渡するなど、売却話を進めた一部の球団関係者以外は思ってもいなかった。


 なにより、阪急グループの創業者にして経営者としても名高かった初代オーナーの小林一三は、存命中に、


「どんなことがあっても、宝塚歌劇とブレーブスは手放すな」


と言っていたとされていて、グループの中ではこの言葉が一種の社訓となっていたと言われている。


 佐藤が、プロ野球の中継中に耳にしたこのニュースは、他のテレビ局でもテロップでニュース速報が流れ、都市部では号外の新聞も配られるなど、世間に大きな衝撃を与える内容だった。


 ただ、子どもでも手軽に情報検索が可能な令和の時代とは異なり、インターネットの民間利用など、影も形もない昭和時代の末期に小学生が情報を得られる手段は無く、テレビやラジオ放送などに限られていて、アナウンサーが語った、


「阪急ブレーブスがどうやら、どこかに、まだどこかというのはよくわかりませんが、譲渡されるらしいということで、その記者会見が今日夕方5時から大阪市内の新阪急ホテルで開かれるということです」


ということ以外、佐藤少年は新しい情報を得ることが出来なかった。


(阪急が……ブレーブスが無くなるなんて……もう、西宮球場で試合は観られへんのか……?)


 九州への本拠地移転が決まったホークスのように、もしも、チームがどこか遠いところに行ってしまったら―――。


 そのことを考えるだけで、少年の頭の中は、真っ白になってしまった。


 新阪急ホテルでのブレーブスの球団会見が始まる頃、テレビ中継が行われていた川崎球場では、バファローズが同点に追いつき、8回裏のオリオンズの攻撃が始まろうとしていた。

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