第7章 勇者たちの再興。もうひとつの10・19〜③〜
1980年の秋風が吹き始めたころ、島野が経営する芦屋市の飲食店に、顔なじみの阪急ブレーブスの球団職員がやってきた。その隣に座ったスーツ姿の男が、内ポケットから数枚の写真を取り出して彼に見せた。
写真に写っていたのは、MLBフィラデルフィア・フィリーズの人気マスコット「フィリー・ファナティック」だった。緑色のぬいぐるみに身を包み、ファンはもちろん、選手にも慕われているシーンが撮影されていた。
「へー、さすがメジャーですね。面白いですね」
島野の言葉を待っていたように、球団職員が「実は西宮球場にもマスコットを誕生させようと思っている。この方は夏にメジャーを視察に行って来られた、電鉄本社の社員です」と紹介された。
その二人がなぜ、自分の店に……?
その疑問はすぐに解けた。
「島野さん、西宮に登場するブレーブスのマスコットを担当していただけないでしょうか?」
当時の日本球界にもヤクルトのヤー坊、スーちゃん、日本ハムのギョロタンとマスコット・キャラクターはいたものの、さほど話題にはなっておらず、
「なんで、わざわざ俺に声を掛けたんだろう?」
島野の頭は「?マーク」でいっぱいになった。
後日、球団が準備してくれたMLBのマスコットたちのビデオを見て、サンディエゴ・パドレスの「ザ・フェイマス・チキン」のパフォーマンスに驚いた。さまざまなパフォーマンスをしながら球場のファンを沸かせ、チームとファンをつなぎ、一緒に試合をつくっていた。
島野の現役時代から阪急の大きな課題が集客だった。もしかしたら、選手としてはまったく役に立てなかった自分がチームに貢献できるかもしれないと思った。
ただ、この球団のオファーには、家族が反対。自身も悩みに悩んだ。
それでも、ファンサービス担当者の「野球を知っていないとできない、キミにしか出来ない仕事だよ」という言葉や、エースの山田久志から「マウンドでいい思い出を残せなかったが今までにない新しい足跡を残せる」「シマちゃん(島野)のぬいぐるみに勝利を祝ってもらえるよう頑張る」の言葉に後押しされ、「お客さんが少しでも増えるなら」と要請に応えた。
「やってやろうじゃないか、と思った。俺にしかできないオリジナルのもの、野球の世界を知っている俺でないとできないものが、きっとあるはずだ」
そう決意した島野は、子ども向けのぬいぐるみ人形劇を企画、製作、実演、上演をする劇団こぐま座に弟子入して、子どもたちを楽しませる着ぐるみとしての極意を特訓。さまざまな動きやパフォーマンスを教えてもらった。
こうして、1981年4月11日。西宮球場で行われたファイターズ戦でブレービーはデビュー。
10キロ以上の重さの着ぐるみをつけながら動くのは簡単ではないが、そこは元プロ野球選手。
スピーディにグラウンドを駆け回り、おどけて、ずっこけてスタンドのファンを喜ばせ、選手の尻をたたき、鼓舞した。
台本があるわけではない。コミカルにやり過ぎてゲームの緊張感を途切れさせてはいけないが、そのさじ加減も元選手だけあって絶妙だった。
「でも苦しいよ。0.1秒のタイミングなんだよ。その0.1秒を逃すと出ていけなくなる」
島野は、当時の心境をそう振り返った。
パフォーマンスは試合を重ねるごとに進化し、微妙なジャッジがあると、上田利治監督に「行け!」と言われ、審判に抗議するふりをしたり、相手バッターのスイングのまねしたりしたこともある。
ブレービーは、たちまち人気者となり、阪急電車のホームや車両先頭などにイラストが使われるようになった。
ちょうど、ものごころが着き始めた年頃とブレービーのデビューが重なったこともあり、佐藤にとって、このマスコットは、大のお気に入りキャラクターとなった。
阪急グループが運営する遊園地・宝塚ファミリーランドの無料入園券が付いてくるという特典に釣られた両親が、彼を阪急ブレーブスこども会に入会させたこともあり、頻繁に球場に通うようになった幼き日の佐藤は、自宅から笛や太鼓やタンバリン、さらに新聞チラシを切り刻んだ紙吹雪を持って、一塁側の内野スタンドに陣取り、私設応援団の「八二会」のメンバー、そして、ブレービーと一緒に声援を送った。
それは、佐藤少年にとっての子ども時代の幸福な思い出だ。
直線距離にしてわずか2キロの場所に、どれだけチームが弱くても、超満員になる球団の本拠地球場があったためか、いつも、客入りが少なかった西宮球場。
子ども向けのファンクラブを作ったのも、スコアボードをアストロビジョンと呼ばれた電光掲示板にしたのも、そして、マスコットキャラクターを起用したのも、すべて、ブレーブスが先駆けだった――――――。
ときには、サラブレッドと世界の盗塁王が競走という企画も……!
野球と関係のないイベントを行なってでも、客を呼び込もうとしたものの、それでも、市内の南部を本拠地にする球団には、まったく人気が及ばない。
そんな状況が続く中、ブレービーにも厳しい目が向けられるようになった……。




