第14話:勝者の休息、火花の予感(中編)
「……は?」
唐突すぎる申し出に、思わず間抜けな声が出た。
「だって、みんな先輩と組手したり戦ったことあるのに、わたしだけないんですよ? 不公平じゃないですかー」
それを見た鈴音が「お、いいね。やってやって!」と楽しそうに手を叩き、渚は少し離れた位置から静かに様子を見ている。楓は困った顔で俺と希望を見比べていた。
「いや、でも……希望は一年生じゃん。さすがに――」
「心配は御無用です!」
希望は即答した。
「ハンデ、つけますから」
「ハンデ?」
……俺が詠唱なしとか?
「先輩は詠唱ありでいいですよ。わたしは剣だけでいいですから」
「はっ!?」
曲がりなりにも渚や鈴音に勝った俺に、よく言ってくれるじゃん。
「なに? 手加減しても俺なんて楽勝です、ってこと?」
「あっ、違います違います! さすがに戦術起動式は使いますし。手加減じゃなくて、条件の違いです!」
フォローになってないぞ、それ。
「よし、なら受けて立つよ。あとで泣いても知らないからな!」
「やったぁ!」
希望は嬉しそうに歓声を上げると、俺から少し距離を取り、こちらに向き直った。他の面々も自然と散らばり、遠くから俺たちを見守る形となる。
突然のことだけどちょうどいい機会かもしれない。
この世界に来て早一月あまり。
あの時の見た希望にどれだけ近づいたか、確かめられる。
「論理演算、識閾拡張」
戦術起動式を唱えた希望は、ロングソードを軽やかに抜くと正眼に構えた。
――と思ったら、軽く首をかしげた。
「うーん、やっぱりこっち!」
そう言うと、肩の上に掲げるように上段へ構え直す。
「さあ先輩、いつでもどうぞ!」
――希望、油断しすぎじゃね?
この距離なら六語でも間に合う。
俺は即座に雷閃の詠唱を始めた。
「空間――」
声を出した、その瞬間。
視界が、詰まった。
「っ!?」
とっさに後ろへ飛び退く。
剣先が目の前を通り過ぎる。風圧が伝わるほど、わずかな距離。
「あー! かわされた! 読み通りだったのになぁ」
マジか。
誘導されてたのか、俺!?
間合いを取り直さなきゃ。
一歩、引く。――同時に、半歩、詰められた。
距離が、縮まらない。
なら――思い切って踏み込む。
ロングソードの間合いを殺す。
「わっ!」
希望が軽く驚きの声を上げる。
俺はそのまま雷切を横に薙ぎ――
「よっ!」
希望は最初からそうなるとわかっていたかのように、半身でロングソードを使って受けながらサイドステップする。
俺の刀はロングソードに軽く当たっただけ。
当たりが軽すぎて、体が崩れた。
「隙あり!」
希望の剣が閃く。
振り下ろされた剣は俺の顔を通り過ぎ、肩口で止まった。
「――一本! でいいですか?」
静かな宣告。
「……うう」
当たってないからまだ動ける。
そう言うのは簡単だけど、訓練だから外してくれただけなのはわかっている。ここでごねたら、あまりにもカッコ悪い。
「それでいいです……」
「やったぁ」
希望はにっこり笑い、剣を下ろした。
強い……。
こんなに強かったのか、希望。
渚とも楓とも鈴音とも違う、異質の強さ。
最初から、すべて支配されていたような感覚。
「くそー!」
悔しがる俺に対して、希望はにこにこしながらうんうんと頷いていた。
俺に勝ったのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
「ありがとうございました! いやあ、先輩、期待通りでした!」
「なんだよそれ、嫌味かよ」
「ふふふ」
楽しそうに笑う希望を見て、俺はがっくりと肩を落とした。
「もー、ゆーゆー。しっかりしてよ。ボクに勝ったんだからさー」
近くにやって来た鈴音が唇をとがらせる。
「全然いいところなかったじゃん」
「……すまん」
反射的に謝ってしまう。
仕方ないだろ! あの時は演算支援あったんだし!
「まー、でもぉ?」
鈴音がニヤリと笑った。
「それだけ、ゆーゆーは希望ちゃんとボクに対する理解度に差があるってことかなあ?」
「なんだよ、それ。意味わかんないし!」
気恥ずかしくなって距離を取り、息を吐いて周囲を見回すと、渚と楓がジトッとした目でこっちを見ていた。
……圧を感じる。なぜ……。
そのあと全員で軽く訓練して汗を流した。
ニャルはその間、一度もこちらを気にする素振りもなく、少し離れたところで持参した本を読み続けていた。ホント、マイペースなやつ……。
訓練を終えた俺たちは、宿泊棟へと向かった。
「おーおー、遠路はるばるよく来なさった」
建物の縁側には、座布団に座った中年の男が湯呑を片手にこちらを眺めていた。
「あ、保養所の管理人さんですね! 柏木さん!」
「はいな、名ばかりの管理人・柏木玄斎でございます。ごゆるりと、お過ごしくださいな」
宿泊棟は、木造の落ち着いた外観に反して、内部は魔導式の空調と結界で快適さが保たれている。
「ふふ、ボクの勘が告げている。ここ、絶対いい夢見られるよ!」
「お前、夢とか見るタイプだったのか?」
「そりゃあボクはわりと繊細なタイプだし? ゆーゆーみたいな鈍感大王とは違うんだよねぇ」
繊細だと? お前が?
鈴音は勢いよく室内へ突入し、希望と渚がその後に続く。
俺と楓、そして最後に姿を現したニャルがその後に続いた。
部屋割りについては、希望が事前に調整していたらしい。
掲示板に貼られた部屋割表には、こう記されていた。
【部屋割】
201:希望、渚、鈴音
202:楓、ニャル
203:先輩
「鍵もらってきましたよー」
希望がそう言って部屋の鍵を振ると、渚と鈴音があっさりそちらへ向かっていく。
俺は少しだけため息をつきながら、指定された部屋の前で振り返った。楓と、その後ろにニャルが立っている。
「楓は三人とは別室なんだな」
「はい、人数の問題もありますが、緊急時に即応できるよう、主の隣室にしていただきました」
「そこまでしなくてもいいのに……」
「これがわたしの仕事です。皆様に誤解を招かぬよう、ご配慮いただければ幸いです」
「うーん、まあ楓がいいならいいけど」
俺なんか狙われることなんてないからいいんだけどなあ。希望ならともかく。
「じゃあまた後で」
楓に挨拶すると、俺は自分に割り当てられた部屋のドアを開けた。
部屋に荷物を置いて、ようやくひと息。
旅行で一人部屋って少し切なかったけど、わりと落ち着くかも。ニャルもいないし。
そう思ってベッドに寝転がったその直後に――
視界の端に銀髪の少女の姿が現れた。
「ええ……。何の用だよ、ニャル」
楓と部屋に入ったんじゃないのか……。
しかも当然のように入ってくるな、こいつ。元の世界のホテルみたいにオートロックとかないとはいえ。
「せっかく重要な情報の提供に来たというのに失礼ですね」
「重要?」
ニャルの言うことなんて、どうせろくな話じゃないだろ。
「今日は“混浴開放日”だそうです」
「………………は?」
「先に行って待っていれば、いいことある、かも……」
マジで!?
さすが異世界! おおらかさが違う!
俺はベッドから跳ね起き、超特急でカバンからタオルを取り出す。
「欲望に素直すぎてドン引きです」
「うるせぇ!」
そろそろ、たまにはそんなイベントの一つや二つあったっていいじゃないか!
これだけ苦労してて、何もないんだぞ、マジで。
「でもニャル、ありがとな。お前がいてくれて本当によかった!」
珍しく本当に有益な情報を伝えてくれたニャルに礼を言うと、俺は部屋を飛び出した。
――そして今、俺は湯殿の暖簾の前で、静かに立ち尽くしていた。
混浴……本当に混浴なんだよな?
ニャルははっきりとそう言っていた。
でも、まさか冗談じゃ……いや、あいつが冗談を言うタイプじゃないのは知ってる。
……ということは、今、ここに入れば――
頭の中で、可能性がぐるぐる駆け回る。
希望が、渚が、鈴音が――タオル一枚で……むしろタオルすら――とか、いや、いやいやいや。
ちょ、落ち着け俺。
これは訓練合宿だろ? 健全な――ああでも、もしかして楓も……いや、それはだめだ、倫理的にアウトだろ。
いやしかし。
倫理的にはアウトだが、違法性はない。完全に合法。ならばセーフ。
でももしかしたら、誰もいないかもしれない。
でももしかしたら、先にいて待っていてくれるかもしれない。そんなのありえないけど、奇跡は起こるかもしれない。
足が動かない。
混浴と知って飛び出してきたのはいいが、いざとなると……情けないことに、完全にびびっていた。
緊張と期待と羞恥と罪悪感のカオスに脳が焼けそうになる。
やっぱりやめとこうかな。
いやいや、ここで引き返したら、何のために来たんだ俺は……!
深呼吸して、気合いを入れる。
「お、お邪魔しまーす……」
湯殿に足を踏み入れた瞬間、ほんのりと湯気の香りと熱気が鼻をくすぐる。
人の気配は……まだ、ない?
セーフ……?
心のどこかでホッとする気持ちと、ガッカリした気持ちが同時に湧き上がる。
複雑だ。ものすごく。
……とりあえず、浸かるだけ浸かろう。俺は日ごろの疲れを癒すために温泉に入りに来たんだ。
誰に言い訳してるんだ俺は――と、自分で自分にツッコミながら、ゆっくりと湯船に近づいた。
――そして。
「……あれ?」
先に誰かが湯に入っていた。
背中を向けて、縁に肘をつき、静かに湯に浸かっている――
湯気ではっきりとは見えないが、長い黒髪が濡れて背中に張り付き、肩から腕にかけて水滴がつたっている。
……女……?




