七話 シスターと図書館
少し長めです
ギルドを後にした俺は町中央にある教会へと向かっていた。
道中、様々な露店に鼻孔を擽るおいしそうな香り。
加えて町ではアーチの道の骨組みやら英雄譚の弾き語りをする人など。
今日は祭り前夜。
毎年一回秋に開催される祝儀祭と呼ばれる祭りの準備だ。
死者を慰めるための祭りだが、それがどういう訳かこの町を代表する催しの一つとなった。
そして、教会前にあるツリーはその象徴とも言えるものだ。
だが、今日俺が用事があるのはその奥に鎮座する教会だ。
「お、ルクスか、元気だったか?」
そう声をかけたのは老齢の女性。
だが、その肉体は今の俺でも勝てるとは到底思えないほどに筋肉で服が破けそうだ。
「ロレーヌさん、お久しぶりです」
「んな堅苦しいのはいいって言ってんだろ」
バンバンと遠慮なく背中を叩く。
「痛いですって」
「全くこれくらいで。ちゃんと飯食ってるのかい?」
「食べてますよ」
飯を食えというのが口癖だが、彼女は元Aランクの冒険者だ。
ギルド独自の評価としてあるランクはFからSまで、AランクはSの一つ下だ。
ちなみに俺はDランクだ。
冒険者の八割がCランク以下と言われているといえば彼女がいかに凄いかがわかるだろう。
「今日は図書館で調べ事を」
「図書館? お前、本読む趣味でもあったか?」
「いや、少し調べたいことが」
「随分と賢くなって。読み過ぎると体がひょろひょろになるから気を付けろよ」
「ならないですって」
冗談なのか、本気なのか。
良い意味で裏表のないロレーヌはガハハッと豪快に笑い後ろの教会奥を指さした。
「全く、シスターってのは本好きが多いのかね。その中の奴なんか一日中本を読んでるよ」
「聖書とかも本なんで似たようなもんじゃないんですか?」
「聖書は読むんじゃなくて聞くに限るよ」
そうポリポリと頭を掻きながらロレーヌは教会の方へと踵を返す。
「明日の祭りの手伝いをしろって耳千切れそうなくらい言われるから、そろそろ戻るか」
重い足取りで教会に戻る彼女を苦笑いで送り出し、俺も図書館へと向かった。
図書館は教会の奥、石造りの図書館は教会の管轄だ。
大体が写本らしいが、俺のような学のない人間にはその差がなんなのかわからない。
聞いた話によれば魔導書と呼ばれる魔法を行使する上で必要になる本もあるというが。
……興味がないといえば嘘だが、今日は別の目的があるのだ。
俺は入口の大扉を押し開けた。
「ようこそ、デネボラの大図書館へ」
そう出迎えたのは入口のカウンターで本を読む一人の司書のシスターだ。
ロレーヌの言うような、本ばかり読んでいるとヒョロヒョロになるというのを体現したような、見るからに非力そうな体。
だが、掛けたメガネの奥の瞳は知的な魅力に惹かれそうになる。
「えーっと、知りたいことがあってきたんだが……いくらいるんだ?」
「あなたは大丈夫ですよ、大司教が贔屓にしていらしますから」
「そりゃ、どうも」
大司教
隣の教会に身を置いている偉い人。
大雑把な説明だが、それでも強ち間違いでもない程に名は知れている。
態々この町を通る毎にお祈りをしてもらう商人もいるとか。
だが、シスターも言った通り俺とは顔馴染み。
慕われている物静かなおじさん、というのが率直な印象だ。
「それで、調べたいこととは?」
「そうそう、賢者の石ってものを調べて欲しいんだ」
この図書館には百どころか千を超えて万に匹敵しそうな程の大量の書物がある。
いくら本好きとは言えその全てを把握しているとは思ってはいないが誰かが血眼になって求めているのならその情報の一つくらいあっても不思議では無い。
「……そうですね、聞いた事のない名称ですね」
そう呟いたシスターは好奇の目でその単語に思考を巡らせていた。
「も、もしかしたらまだ読んでない本とかに書かれているのかもしれないですけど」
「……私とてここの本は粗方読んだんですけどね。ただ、似ているといいますか、大賢者アゾートの冒険譚ですね」
大賢者アゾート、かつて世界を厄災から救ったと言われ、その冒険は英雄譚として語られる。
祭りの時に寸劇が行われたりするし、小さい子達も目を輝かせてその話に耳を傾けたりしているのだが。
「多分、違うかな」
「ですね。でも今一度読むというのも暇つぶしとしては良いものですよ」
そう言い、シスターは席を立ちすぐ隣の本棚から一冊の本を取り出す。
だが、その本は分厚く、彼女の腕では落とさないかとヒヤヒヤしてしまうほどだ。
「これが、大賢者アゾートの冒険譚、その写本です」
「聞いた事のある物語よりも随分と分厚いが……」
「寸劇でこんなの全部やれば子供は泣いて衛兵も呼ばれちゃいますよ」
そう微笑みながらシスターはパラパラと本をめくる。
「私、この本好きなんですよね」
「……そう、なんですね。って、なんで鼻血垂らしてんですか!」
突然、シスターの鼻から赤い血が滴る。
シスターは慣れた様子で鼻を抑え、止血する。
「少々刺激的な話もありますので?」
「刺激的……?」
「自ら操った植物に襲われるというものです」
「……大丈夫ですか? 戒律的にそういうのは厳しかっと思うんですけど」
「想像の世界なら問題ありません。それに分かりませんから」
「俺にバレましたけど」
「どうかご内密に」
確かに子供は泣いて衛兵が来るような内容だか……
いつの間にか止まった鼻血を手で拭い、もう片手でその本を戻す。
「そもそも、賢者の石という言葉はどこで聞いたのですか?」
「知らない男の冒険者から。でもそれがなんなのか説明する気は無いみたいで」
「……一応、可能性のある場所なら」
そう言い、シスターは図書館の入口を眺める。
「禁書、というのはご存知ですか?」
「きんしょ? なんですかそれ」
聞いたこともない未知の単語に首を捻っていると、彼女は元の席に戻り、静かに腰を下ろす。
「禁書というのは……そうですね。様々な理由で封印すべきと判断された本、というのが近いでしょうか?」
「封印? 要は勝手に読まれないように保管された本ってことか?」
「勝手に読まれないように、というよりかは、触れられないように、という方が正確ですね」
「へぇー?」
首を傾けながら空返事。
だが、彼女にはお見通しだったようで、その視線は地面をなぞり、顔を上げる。
「禁書というのは、言ってしまえば剣の生えたパンみたいなものです。齧る所か触れるだけでその指が切れるように、精神を蝕むとされる本。ルクスさん、何か嫌いなのはありますか?」
「えっと、血……とか?」
「ええ、その血に浸されたパンを食べるってことが精神を蝕むという事です」
「……どういうこと?」
独特な感性なのか、俺の理解力が足りないのか。
しかし、シスターは優しく微笑んでこう続けた。
「そんなものを食べたら、多分ずっと何年先も悪夢を見続けますよ」
「それは……そうかも」
そんなものを食べざるを得なくなったのなら多分ずっとトラウマとして記憶に残りそうだ。
確かに、精神を蝕む。
「でも、その禁書の厄介なのはその原因が認識として弱い事です」
「認識として、弱い?」
小難しい言い回しに再度首が傾く。
「ルクス君は今日いくつの石に触れた?」
「え? 覚えてないな……」
触れたかどうかと聞かれれば頷けるが、いくつかとなるとそんなの分かりようがない。
「さっきの例のようなパンは、それを食べたってのは鮮烈に記憶に残る。けど禁書に触れたっていうのはただの本に触れたようなもの。つまり、行動と記憶の結びつきがかなり弱い。それなのに思考が濁る。
大人が子供のように未知に怯える。だけど大人はその未知の恐ろしさはよく知っているもの。話半分で聞くにしてもいい気はしないような話ね」
「本に触れたら子供のように怯えるようになるってことか?」
「まだ遠いけど、そういう認識でいいわ。大人と見れないくらいに酷く怖い夢を見続けるってこと」
シスターはそう告げて、立ち上がる。
「さて、今の時間は少々暇を持て余しますし、大司教にその要件を尋ねましょうか」
「それは助かるけど、いいのか?」
「隣人の困りごとは、我々の困りごとですよ」
そう優しい笑みを浮かべながら彼女は入り口へと歩き出した。
誤字脱字がありましたら報告してくださるとうれしいです
感想がありましたら是非お願いします
今後の励みになります




