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八話 大司教と孤児院

 図書館前の教会は荘厳な石造り。

 龍の足と錯覚するような巨大な柱は見上げるほどに高い天井を支える。

 柱の溝は風化して随分と滑らかになった。

 だが、向かう先は正面入口を回って側面へ。

 そこには決して立派とは言えないチンケな小屋が一つ。


「相も変わらずこの小屋か」

「大司教のお気に入りの場所だそうですから」


 雨は防げても隙間風は吹き抜けるだろう。

 もしかするとどこか雨漏りもしているかもしれない。

 隣に立派な教会があるというのになぜここがいいのかとは思うが、当人がお気に入りという以上余計なお世話だ。

 シスターが扉を三回ノック。


「大司教様、少々お時間よろしいでしょうか?」

「ああ、入るといい」


 扉の奥から聞こえたのは懐かしさすら感じる老齢の男の声。

 シスターが軋む扉を押し明け、奥を見る。


「お久しぶりですね。ルクスさん」


 そう声をかけてきたのは純白の司祭服を着た老齢の男。


「ああ、久しぶりだな。アーカー大司教様」

「様も大司教も要りませんよ。そんなよそよそしい関係をあなたと築きたい訳ではないので」


 彼がこの町の大司教であるアーカーだ。

 図分と砕けた口調で話していたが、本来は金を持った商人ですら恭しく頭を垂れるような人だ。


 俺も彼には頭が上がらない。

 この町に来た時に色々と世話になったのだ。

 恩義こそ感じてはいるが、特段俺が出来ることもなく、彼らもそれを求めていない故に恩返しなどは出来てはいないが……。


 そんな後ろめたさに少し逸れた目線に気付いたアーカーは隣の司書のシスターへ目を向ける。


「あなたが一緒ということは、何か聞きたいことがあるんでしょう?」

「はい、少々調べている物がございまして」


 そう、にこやかにシスターの説明を聞く彼の目に知性の光が満ちる。


「賢者の石、というのはご存じでしょうか?」

「……それは、聞いたことはありませんね。何かの隠語でしょうか」


 そう呟き、彼の意識はその思考の渦へと吸い込まれる。

 一瞬の静寂。

 だが、それはすぐに破られた。


「残念ながら、わからない、というのが私の結論ですね」

「ということは、禁書にはそれに該当するものは無いのですね」

「ええ、ですが、禁書についての詮索はやめておきなさい。その好奇心というのは身を滅ぼしかねませんよ」

「それを安全に読める機会があれば、私は読むことを選びます。例え、神に不義理であろうと」

「今のは聞かなかったことにしましょう」


 アーカーはそう笑い、シスターの失言を流す。

 だが、これでもダメか。

 中々自信のあった当てがここまでの空振りという事実に俺は細く息を吐く。


「お力になれず申し訳ない」

「いや、こっちの方こそ急に押しかけて悪かったな」

「お気になさらず。所で今日はこの後何か予定は?」


 突然の話題の転換に少し困惑しながらも俺は首を振る。


「いや、特に何もないな」

「なら、孤児院に寄っていきませんか? みんな、あなたに会いたがっていますよ」






 孤児院は教会の入口左手側の離れにある。

 会いたがっている。

 そう言うが実際は体よく利用された、という方が正しいのかもしれない。

 何故なら


「あ! ルクスにぃ!」

「お、おう、久しぶり……」

「スカにぃ来た!」「ほんと! 行く!」


 一瞬で部屋の奥で壁にお絵描きをしていた子達もこちらへ走り出す。

 スカにぃというのは一部の子達が勝手に俺につけた愛称だ。

 なぜスカなのかは前にここに来た冒険者と似ているからだと。

 見た事も話したこともないが、愛称として呼ばれるくらいには好かれていたのだろう。


 奥であくせくと働く修道士達に目配せすれば、彼らは微笑みながら外を顎で指す。


「とりあえず、外で遊ぶか」

『わーい!』『やったー!』


 そんな裏すら知らぬ子供たちはその言葉に絶叫に似た声を上げた。

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