五話 ヘルム男と提案
寒い――
猛烈な寒さの中で狼が遠く吠えた。
きっと死ぬ
それを感じて、だが不思議と怖くはなかった。
ただ誰もいない中、冷たさだけが指先から腕を伝う。
それを、そう望んだかのように口元が動いた。
まるで笑うように上がった口角の感触。
ただ、顎に触れた冷たい感触。
それがいつの間にか眼前にいた大狼の牙であると気付いた。
そして、その顎は閉じられた。
頭が痛い。
加えて気持ちも悪い。
体の中をぐちゃぐちゃに弄られたような感覚。
正直、何度戻しそうになったか。
うぷっ
ギルドの食堂、その奥で俺は机に突っ伏していた。
正面に世話になったらしい見知らぬ男と机を挟んで。
「……うげぇ」
「水、飲みな?」
「もう少ししたら……」
さも当たり前のように俺の正面に座るヘルムの男。
だが、どうやら倒れていた所をここまで介抱してもらったらしい。
見た目こそ怪しいが、音がある以上強くは言えない。
「それで、俺なんで森で倒れてたんだ?」
「無意識に歩いて気がついたら違う所にいたっていう話はそれなりにあるものさ」
「迷宮に行ったと思うんだが、流石に二階から地上にってなったら気づくだろ……」
そう愚痴っても仕方がない。
俺は水を生み出すべく、指先を天井に向ける。
魔法自体は誰でも扱える。
それこそ少量の飲み水くらいなら子供でもできる。
普段の俺なら造作もないことだ。
だが、今日は調子が悪いのか、その生み出せるはずの水はちっぽけも出せない。
「はぁ」
「これを飲んでな」
そう言い、男が前もって頼んだコップに魔法で水を注いで手渡した。
言葉に甘えてそれを飲むと、コホンッとヘルムの男は咳払いをする。
「さてと、君と少し話したいことがある」
「……話くらいなら」
「なら長話も面倒だろう。本題だが、パーティを組むつもりは?」
単刀直入に、男はそう告げた。
パーティはギルドの仕組みの一つで冒険者同士で同じ依頼や報酬などを分配する仕組みだ。
当然、参加しない依頼ならその分配は行われないが、
「無い」
「これでも腕にはそれなりの自信があるんだ」
「それでもだ」
俺が即座にそう返答すれば、男は些か意外そうに椅子にその体を預けた。
だが、俺からすれば目的もわからずにパーティを組めと頼まれても怖いだけだ。
というより、この男に借りを作りたくない。
「という訳だ、諦めてくれ」
「君は、今置かれている状況を分かっているのかい?」
思わせぶりな口ぶりの男。
ふと、遡るようにその記憶で思い当たる節を探す。
少しの静寂が二人の間に流れる。
だが、少しして隣から男の声。
「そうそう、俺迷宮で見たんだよ、ガキと男の槍持ったやつが人を襲うところをさ」
「おいおい、それマジかよ」
「マジマジ、大マジ。だから気をつけろよ」
見ればその男は迷宮で俺の魔石を奪った盗人だ。
目が合い、一瞬その男の表情が強ばり、すぐに視線をズラされたが。
だが、それは俺の記憶は正しいという証明だ。
――いや、思い出した。
盗人の言っていた男。
そして、隣にいた少女。
「少なくとも、君はその二人に命を狙われた身だ。俺自身、それがそいつらの手に渡るのは些か都合が悪い」
「……俺じゃなくて、それ、か」
男はその指摘にフッと鼻で笑った。
それを肯定も否定もしない。
「お前は俺の何を求めてるんだよ」
「……どうやら自覚が無い、どころか何も知らないようだね」
「知るも何も、お前は何を言ってるんだよ」
要領の得ない押し問答。
苛立ちすら隠さず、貧乏ゆすりで震える足に手を置く。
「なら、一つ約束しろ、その力に奢るな。もっと強くなるって」
「それの何が繋がる――」
「約束、しろ」
ヘルムの男は声を一段低くして凄む。
思わず、息の詰まる圧。
だが、俺だって元より今の最低限の仕事に甘んじる自堕落な生活を続けたい訳じゃない。
――細く息を吐いて、俺はゆっくりと頷いた。
「なら、教えておいてやろうか」
そう呟いて、男はざっと周囲を見渡す。
時間は昼過ぎに加え、ここは端ということもあり今席に座っているのは俺たちくらいだ。
さっきの盗人の男達も既にどこかに行った後だ。
それを確認した男は頬杖を突くように、顔を近づけた。
「お前の体は賢者の石というものが蝕んでいる。それが全てだ」
「……それで?」
「何でもかんでも説明してやると思うなっと、悪いけどあまりものでいいから飯あるか?」
「見てくるー」
説明を放棄して丁度近くを通る職員に注文を始めるヘルム男。
職員もそんなおかしな外見の男の注文にも動じることなく厨房へと向かう職員を横目に、男を睨む。
「おい、まさかこれで終わりってわけじゃないよな?」
「知らない方が良い事もある。少なくとも今は知る時じゃない。けど一つだけ教えておこうか。それを持っている奴はそのままなら死ぬより酷い目に遭う」
「その一つが脅しかよ」
全くもって雑な説明だ。
だが、この男もこれ以上賢者の石について話すつもりが無いようで、厨房の方を眺める。
そんな男を見て、一つの疑問がわいた。
「それ、飯食う時どうするの」
「ヘルムの口元を開ける」
男はそう当たり前に答えた。




