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四話 賢者の石

少し長めです

残酷な描写あり

 ひたすらに静まり返った迷宮の中、外套の二人は床に転がるその死体を見下ろしていた。


「それで、このガキどうする?」

「ガキってのは私に対する当て付け?」

「それすら理解できないほどにお前の頭の中の見た目相応になったのか?」


 赤髪の男の煽り言葉に少女がため息を零す。


「依頼だと生死は問わないどころか報告だけでよかったはず」

「殺しは完全にやりすぎか?」

「そうでもない。あそこは金払いだけは良いし、交渉だって有利になるわ」

「交渉ねぇ、その手のやり取りで出し抜けたって話は聞いたことないけどね」


 少女は血だまりとなった石畳の上を歩く。

 そして、転がった頭の髪を掴み、首元に置いた。


「マジックバックあったわよね? 人入れても問題ないでしょ?」

「死体を入れるの拒否感が凄いからやりたくないんだが」

「穏便な手段を潰したのはお前だ。責任はとれ」

「へいへい、鬼畜お嬢様」


 使い走りのように頭をへこへこ動かしながら男は腰元から鞄を取り出す。

 マジックバックは端的に言えば見た目以上に物がたくさん入る鞄だ。

 だが、その値段はちょっとのものでも家が建つとか。

 持っているだけで一目置かれるどころか死に近づくと言われるほど。

 そんな代物を男は少々雑に鞄の口を力一杯開く。


「一度に入れるのはキツイな。バラしてから入れるか」

「任せるわ」


 そう少女が男に一任という名の押し付けにため息交じりで槍を短く持つ。

 そして、これからの気分が害される光景に少女は目を背ける。

 だが、直後に響きだした硬質な足音に少女の外套奥の表情は険しくなった。


「ギルドの報告って揉み消せる?」

「さあな、どっちにしろ面倒事だ。殺すか?」

「それは、相手を見てから言うべきだよ」


 突如として聞こえた若い男の声。

 そして正面の通路から姿を現したのは腰元から下を引きちぎられたような黒い外套、頭には黒鉄のヘルム。

 やけに手入れの行き届いたヘルムの鈍い輝きが不格好さを際立てる。

 見た目の不気味さはリビングアーマーと比べてより不気味だ。


「誰? 少なくとも近くで聞き耳たててたみたいだけど」

「名乗るなら、そうだな。ただの冒険者、というよりかは同業者と言うべきか」


 そう告げると男は歩き出す。

 途端に二人は警戒心を高める。

 少女はその箒を前に突き出し、赤髪の男は少女を庇うようにその身を前に出す。


「ならお前の目的はなんだ? まさか横取りか?」

「まさか、忠告だよ」


 地面を伝うような脅すような声にもそのヘルムの男はにへらいながら答え、続けて


「君たち、このままだと死ぬよ」


 だが、言い切るよりも先に赤髪の男の槍が煌めく。

 その切っ先はヘルムの男の首元に吸い込まれ、しかし見えない壁に弾かれた。

 だが、少女は驚くことなく、口を開く。


「それを信じると思ってるの?」

「油断は足元を掬われるよ。致命的に」

「とっと、少しくらいは驚いてくれないか? 手加減とは言え、こうも余裕で受けられると凹むんだが」

「やってあげてもいいけど、見くびられるのは嫌いなんだ」


 ゆっくりと二人の元にヘルムの男は近づく。

 二人が注視する彼の一挙手一投足。

 そして、指先が彼らの後ろを指さした。


「それよりもいいのか?」


 指さす先は首を切られた死体だったもの。

 その死体の首は元の位置に繋がり、まるで頭を糸に繋がれたようにその体を起こす。

 その瞳には何の光も無く虚ろ、両腕は力の籠っていないようにぶら下がる。

 だが、その視線だけは不気味にも二人を見据えた。


「『賢者の石』を持っている奴の前でそんなに油断して」


 それすらも楽しむように、ヘルムの男は二人の背中を叩いた。



 ――賢者の石

 それが何なのか、そもそも名前すらも庶民は愚か、貴族ですら数えるほどしかいない。

 その性質も謎は多い。

 だが、ある者はこう言った。

 それを持てば賢者と呼ばれるほどの知恵を得ると。

 その知恵は、命すら超越すると。




 壁が動き出す。

 地面と同じ石畳。

 それはまるで三人のいる空間を閉じ込めるように収縮を始めた。

 即座に動き出した少女が両手を左右に突き出すと、さっきのヘルムの男のように見えない壁が周囲を覆った。

 瞬間、魔力の奔流がその空間に乱れ回る。


「ふ、ざけんな! 純粋な質量攻撃とか嫌らし過ぎるって!」


 息も絶え絶えながら愚痴を零す少女。

 彼女の周りの壁は形を変え、逃げ道を潰してから彼女たち諸共を潰すべく迫る。

 その元凶であろう青年の光のない、造り物のようなその瞳に今は意思すら感じない。


 少女の伸ばす手は震え始め、徐々にその震えが大きくなる。

 今の鬩ぎ合いなどすぐに崩れるのは明白だった。


「悪いなぁ、お前ひとりに任せて」


 赤髪の男の言葉の言葉は悪びれるどころか、命の危機と認識しているとはとても思えないほどに軽薄だった。

 少女は鈍い歯ぎしりの音を響かせてその男を睨む。


「お前、頭腐り落ちたのか? 今の状況を分かってるなら手伝え!」

「いやぁ、生憎とその魔法使えないし、そもそも俺は逃げればいいからな」

「チッ、障壁魔術の有用性すらわからない低能が……!」


 彼女なりの最大級の罵倒を吐き捨ててなお、二人が動く素振りもない。

 少女がヘルムの男を見る。

 彼もその障壁魔術は使えるはずだが、それを行使する素振りすらない。


 実際、障壁魔術が行っているのは衝撃の相殺、赤髪の男の槍を止めるような瞬間的な衝撃には強力な対抗策だ。

 だが、現状のような持続的な攻撃、それこそ壁による圧殺にはその相殺による魔力の消費は瞬間的なものの比ではない。

 それでなお今も三人が潰れずにいるのは少女の圧倒的な魔力の量と、その技術の賜物だ。

 だが、そんな魔力を以てしても現状が時間稼ぎにすぎない事に、少女の表情はさらに厳しくなる。


「無駄に長引かせて消耗している方がバカバカしいだろ」


 その膠着状態に痺れを切らした赤髪の男が前に出る。


「三秒数えて前の壁を一瞬消せ、一撃で殺す」


 男の双眸は眼前の青年へ向け細められる。

 その目は狩人のように冷たく冷酷に、その獲物をいかに効率的に仕留めるかのみを映していた。

 握られた槍がゆっくりとその切っ先を獲物に向けられる。

 それと同時に、少女は数え始める。


「……さん、に、いち――」


 少女は絞りだすような声で一定の間隔で数を数える。

 決して早まらぬよう、それすらも細心の注意を払うように丁寧に。

 そして、


「ゼロ――」


 瞬間、石畳を蹴る硬質の音と同時に正面の壁が消え去る。

 同時に先ほどまで抑えていた石が動き出す。

 それが残された二人のいる空間を圧し潰すより先に一人の男が駆け抜ける。

 疾風怒濤のその数瞬、残された二人の目に映る光景は、少し狭くなった空間と青年の背後に立つ男に振りぬかれた槍、そして空を舞う青年の頭だった。


「終わったぞ」


 血すら付いてない槍の汚れを振り落とし、赤髪の男は槍を地面に突き刺した。

 同時に頭部が地面を打つ鈍い音。


「それで、あとどれくらいでこいつの魔術が消える?」


 男が退屈気に未だに押し寄せる壁を見ながら少女に問いかける。

 だが、少女の視線は戸惑うようにその周囲を見渡していた。


「――わからない」

「わからないってことはねぇだろ、死んるならこいつの使っている魔術は消えるだろ」

「だからわからないって言ってるの! 少なくとも死んでるのにこの壁自体の力は全然弱まらないし」


 そう声を荒らげる少女の額には大粒の汗が額を伝う。

 左右の透明な壁を抑えるように伸ばした手も、限界が近いようで震えも酷くなる。


「どういう、ことなの――!」

「さあ、答える義理もない」


 今の状況にすら心底興味のない様子でヘルムの男はその透明な壁に背中を預けた。

 少女の使う魔術に気にするほどの変化こそないが、その態度に奥歯を噛む。


「……今すぐあなたの所だけ壁を無くしてやってもいいのよ」

「別に脅しにもならない。元よりそれを何とかするつもりで来たんだが、助けがいるのかい?」


 煽るようにそう聞く男はこの状況すらどこか楽しげにその言葉は跳ねていた。


 ――全くもって癪に障る。


 だが、見え透いた態度程度に思考を乱すほど少女の頭は鈍くはない。

 冷静に今の状況での最前を模索する思考は既に結論を出していた。


「一つ、忠告だけしてあげる」

「何かな?」

「そこにいると死ぬわよ」

「……へぇ、やってみな」


 酷く冷えた男の応答。

 だが、それが無知ではなく、実力による自信の裏付けだと少女が察するには余りある程に、余裕に満ちていた。


「――どうなっても知らないから!」


 そう言い、少女が手の構えを解いて走り始めた。

 直後に壁を支えていた透明な壁は消え、その空間ごと壁が押しつぶすように迫り、

 ――その空間は爆炎に包まれた。


「いっけぇ!」


 少女の掌から生じた眩い閃光と熱波。

 それが魔法により生じた爆発。

 煙すらなく、純粋な威力のみを目的とした爆発。

 だが、当然瞬間的な推進力を得るには相応の代償が付きまとう。

 少女の肉体では、その衝撃は耐えるにはあまりにも、大きすぎた。


「痛っ!」


 少女の指先は裂け、腕に至っては少々縮んだ。

 だが、その対価としては間一髪でその壁に囲まれた空間を飛び出し、赤髪の男の元へと加速した。


「っと」


 男はすかさず飛んできた少女を極力衝撃を逃がすように受け止め、地面に下ろす。


「随分と無茶をするな」

「うるさいって、それより先にこっち」


 少女の血の滴る両手を目の前にある首の刎ねられた青年の体に触れる。

 赤い軌跡が青年の装備を濡らした。


「仕組みこそよく分からないけど、魔力の干渉くらい――効くでしょ!」


 途端に少女の血は赤く輝き始める。

 少女の魔力の密度は血液を通して更に高まる。

 直後、赤い閃光が青年の体を駆け巡った。


「――っ!」


 少女自身にもその影響に頭を押さえる。

 だが、その手に残る確かな手応えは確かなもの。

 一撃としてはこれ以上ないものだった。

 しかし、その確信は動き出した青年の体によって打ち砕かれた。


「これは、本当に手に余る化け物みたいね……!」

「首を刎ねて魔力をぐちゃぐちゃに混ぜられて、それでもピンピンしてられるのは生き物とすら言えなさそうだがな。まあいい」


 そう言い、赤髪の男は少女の外套の首元を掴んだ。


「逃げるが、首を絞められ苦しいと泣き喚くなよ」

「チッ、だからこいつは嫌なのよ」


 そう舌打ちをする少女に見向きもせず、男は後ろの青年の奥を見据える。


「そう言う訳だ、後処理は頼むよ」

「随分と自分勝手な要求だな。だが今回は引き受けるとしよう」


 既に閉じたはずの壁を砕き現れたヘルムの男はそう言い、どこから取り出したのか、その両手に持つ短剣を構える。

 赤髪の男と少女はヘルムの男が動き出すのを見届けるより早く、迷宮の通路の奥へと姿を消した。


さて、本格的に始まってまいりました

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