二話 迷宮と臆病者
冒険者というのは危険を冒して金を稼ぐ。
冒険というのだから当然だ。
だが、その危険と言っても身の程を弁えればそこまで危険という程でもない。
そう、欲に負けずに身の程を弁えれば。
「……人多いな」
『王の霊廟』と呼ばれる迷宮の中は僅かに光る壁と床が道を暗く映し出す。
入ったばかりでまだ目が慣れない今は暗闇も同然だ。
いつもなら目が慣れるまでは適当に周囲を眺めたりするものだが、今は違った。
「おい、邪魔だ!」「あなたが勝手についてきてるんでしょ!」
「どっかいけ! それは俺の獲物だ!」
入ってすぐ耳にすることになったのは響く怒声。
冒険者の噂は早い。
俺と同じように噂につられて入った冒険者が多いのだろう。
この状況を端的に言ってしまえば、地獄だ。
「死人が増えるな」
それが率直な感想。
残酷だが、それが現実だ。
欲に駆り立てられた冒険者の寿命は短い。
皆それくらい承知しているのだろうが、それでも悲しい現実だ。
丁度先の道で足踏みをしている冒険者の姿。
身長は俺より頭一つ高く、肩幅の広い、鍛え上げられた肉体。
そんな彼はしきりに地面を眺め、不安のせいか、今は使わないであろう腰に挿した剣に手を置き、しきりに足を震えさせていた。
まるで初めて立った赤ん坊のように。
だが、それはここだと才能の証明だ。
この迷宮には罠が無数に張り巡らされ、その上それは一部の人にしか見えないというおまけつき。
罠は様々な種類があるが、当然嵌まれば結果は洩れなく皆あの世行き。
死ぬかもしれないそれを目の前にしてしまえばそうなるのも仕方ない。
「ちょいと失礼」
俺はそう一声かけ、俺はヒョイとその罠を飛び越える。
男は信じられないと言わんばかりに目を見開き、こちらを凝視している。
それが普通の反応だ。
多分真似しない方がいい。
俺が向かうのはこの迷宮の地下二階。
この迷宮は全五階からなり、地下二階ともなれば噂だけで来た奴らは往復だけで一泊だ。
だが、迷宮で日銭を稼いでいる俺たちにとっては慣れた道。
二階へ向かうことなど何の苦でもない。
地下二階。
一階と比べて変化はない。
強いて言えばすれ違う冒険者が殆どいなくなったくらいか。
一階は移動を優先したせいで魔物は一匹も狩れずじまい。
だが、ここからが本番だ。
一階層のような早歩きから一歩一歩ゆっくりと耳を澄ませながら進む。
迷宮のような入り組んだ道は目よりも耳が重要だとよく言われる。
その理由は索敵の一点。
死角から敵の情報を知れるというのはそれだけの意義があるのだ。
――カシャン カシャン
早速比較的近い箇所から金属の音。
それも複数。
「おし、いっちょやるか!」
幸先の良い魔物の発見に思わず口元が緩む。
俺はその獲物を独り占めするべく走り出す。
さて、ということで二体折り重なるように倒れているのはリビングアーマーと呼ばれる魔物だ。
見るからに重そうな甲冑にハルバードを携えた魔物。
だがその中は空っぽ。
どうやって動いているのかは謎だ。
力で捩じ伏せようとすれば案外簡単に倒せるし、首などの鎧の隙間に剣をねじ込めば一撃だ。
最初の頃こそ苦戦はしたがコツさえ分かれば誰でも倒せる。
倒したリビングアーマーの肉体が、黒く崩れ消える。
さて、魔石が出やすいという真偽はいかほどか。
「お、本当じゃん」
消えたリビングアーマーの場所には青い石が二つ。
これが魔石だ。
どうやらガルムの言うことは本当のようだ。
二体倒して魔石が二つ手に入るというのはそうそうお目にかかれるものではない。
「――ッ!」
だが、突如何者かの手がそれを奪い取った。
特段素早い訳でも慣れたような流れる動きでもない。
不意打ちでなければ捕まえるのは難しいわけではないだろう。
遠のいていく石畳を蹴る音の方を見れば、犯人の男は背を向け奥へと進んでいた。
そして、その後ろ姿に見覚えがあった。
「……無茶なことをするな」
もはや呆れを通り越して心配の念すら抱く。
その姿はまだ記憶に新しい、罠に足を震わせていた恰幅の良い冒険者だ。
どうやら後を付けてきたのだろう。
息を殺して、そして罠を避けて。
涙ぐましい努力と実行力だが、その結果がコソ泥とは。
だが、それはあまりにも無謀がすぎないか?
「よっと」
罠を避けるのは俺頼りだったようで、逃げる男の視線は絶えず下を向いている。
罠こそ見えるようだが、その位置はかなり大雑把なよう。
男が大回りで避ける罠を俺は最短で突っ切ればその距離が縮まるのは自然なことだった。
そして、丁度中央にあった罠に男が立ち竦む。
その迷った一瞬の男の背中目掛けて俺は飛び蹴りを見舞った。
「うあっ!」
余程集中していたのだろう男が驚きに声を上げ、倒れる。
それと同時に手から零れた魔石がカランッと軽い音と共に転がった。
「おい、これは俺のもんだろ」
「――クソ!」
「っと」
こいつ、急に剣を抜きやがった。
当たり前だが、冒険者が人を切るのは列記とした犯罪だ。
無論、その人が冒険者だろうと関係ない。
盗みに抜剣。
もはや大犯罪だ。
「おい、正気か?」
「うるせぇ! 金が要るんだよ! ここで引き下がるくらいなら、これで終わりにしてやるよ!」
終わりにしてやる、か。
随分と舐められているようだ。
いや、俺がこの男を一方的に倒せるような剣術の達人でなければ、相手の実力を見ただけで正確に推し量れるわけでもない。
だがここは迷宮だ。
それがどれほど無謀か、是非その身をもって味わってもらおうか。
「なら魔石を置いていけ、それでさっきのは水に流してやる。けどその気が無いなら、命くらい懸けろよ?」
「ッ、――アァ!!」
男は一瞬躊躇ったが、結局咆哮と共に駆けだした。
だが、分かり切ったその決意に思わず笑みが零れた。




