010故郷の国
スフィアからオトゥプロまでの道のりを説明されると、驚きの事実が判明した。
「長旅を覚悟していたけど、近いって事か?」
「そうよ、厳密に決まってる訳ではないにしても、この大陸は大きく西側が人間の生息域、東側が魔族って感じになってるじゃない?オトゥプロは魔族の生息域の最西端、ここから一番近い魔族の国ってわけね」
タケル達が立つこの大陸は、スフィアが言うように、東西で大きく人間と魔族の生息域に分かれている。
決してお互いに不可侵というわけではなく、普通に交流もある。
だがやはり価値観が大きく違うので、長い歴史の中でなんとなくお互い種族ごとに身を寄せ合い、東西に分かれてしまった。
そして、大陸の端に行けば行くほど交流は無くなり、偏見は強くなっていく。
タケルとアリィが出会った村は、大陸の最西端に位置しており、二人は数年かけて東に移動していた。
「なるほど。だから人間のギルドにも依頼を出せたのか。そもそも人に対する偏見が無いんだな」
「当時の事はわからないけど、たぶんそういう事ね。アリィは本当に何も記憶に無いの?」
「無いですねー。子供の頃には大人の人に抱き締められる夢を見ていましたが、あれが記憶なのか妄想なのかも分かりませんし。タケル様と会ってからは夢も見なくなりましたし」
「つまり幼少期を過ごした土地や、人に会っても思い出せるとは限らないってことになるわね」
「となると最終手段は魔王に会う必要があるわけだ」
「そうねえ。さすがに勇者の私でも、それはそう簡単にはいかないわね」
「とりあえず行ってから考えましょう」と簡単に言ってスフィアは教会へ戻って行った。
真面目で思慮深いようで、行動力もある。
見ようによっては、まだ少女にも見える小さな体に騙されてしまうが、やはり勇者なのだ。
見た目は知的で大人びているが、中身がほぼ子供のアリィとは反対だ。
中身を入れ替えられればちょうどいいのかも知れない。
しかし、そうなると片方は完全なお荷物になるわけか。
「タケル様、何か良く無い事考えてませんか?」
視線と、その真意まで気取られる。子供とはいえ何年も修羅場を潜って来た魔族の勘はあなどれないらしい。
「アリィはいつ見ても美人だと思ってね」
「ぇえ〜!ありがとうございます!照れちゃいますねぇ。んへへ」
大体の事はこれで切り抜けられる。恐ろしい事に、何年も、何回も使っているお馴染みの手口だというのに、まだ全然通じる。
身悶えしているアリィを放置して今後の事を考える。
奇跡的な幸運だ。勇者が仲間になり、目的と仕事が一致した。
しかし予定外の事もある。
『魔王の寵児』だ。
アリィの才能は普通では無い。それは気付いている。
名のある魔族の娘である事までは考えていたが、まさか魔王の名まで出てくるとは。
本当にアリィの故郷に行って問題は無いのだろうか。
今も依頼が有効で、家族が探しているとすれば問題は無いはずだが。
「オトゥプロに行って、いきなり捕まったりはしないだろうな・・・」
「なぜですか?」
「お前の誘拐犯の疑いをかけられてだよ」
「ええー、本人である私が証言すれば大丈夫では?」
「でもほら、アリィはまだ小さかったし、洗脳とか疑われたらさ」
「大丈夫ですよ。タケル様の素晴らしさは全員に伝わります」
「いや、お前が思ってるほど大した人間じゃないからな?地位も金も仕事も無い。一般人か、それ以下だからな?」
「もし本当に、私が魔王になる権利を持っていたら、故郷の国を差し上げますよ!」
これは良いアイディアだと言わんばかりに、アリィは自身の手を叩いた。
本当に魔王になる資格があるかは置いておいて、身勝手に国を個人に渡すその発想は、正に魔王そのものだった。
親の顔が見てみたい。
いや、もしかしたら必要なものは鏡かも知れない。なんと答えたら良いものか。
「・・・故郷は大事にしなさいね」
「アリィの物は全てタケル様の物ですよ。もちろんアリィ自身も!」
最後の方のセリフには、特に力が込められていた。
すごく誇ったような顔で、胸を叩いている。
自分がどこかで間違えたのではないかと思い、今までの旅を振り返る。
やはりこんな洗脳をした覚えはない。
なぜこうなった。教育って難しい。
「まぁ、そのための勇者か」
深く考えるのはやめた。
困った時はスフィアが何とかしてくれるだろう。
真面目すぎて不器用にも見えるが、それでも他人との接触を避け続けてきた自分達よりは、いくらかマシなコミュニケーション術を持っているような気がする。
タケルとアリィは街に出て旅立ちの準備をする事にした。
それなりに大きな街で、しばらく滞在するつもりだったが、スフィアとの出会いで大きく予定が狂った。
とは言え、元々大した計画があるわけではないので、気にしてはいない。
今までも、こうして気の向くままに足を動かしてきた。
旅の準備もいつの間にかアリィの仕事になっていた。
まだ小さかった頃は、あれこれと買い物や荷造りを教えたものだが、今は安心して全て任せられる。
商店をいくつかハシゴしては、必要なものを買い揃えていく。
浮かれているように見えるが、怪我に効く薬や、ダメになった調理器具の買い替え等と、増えていく荷物には無駄が無く感心する。
かたや、タケルの手にあるのは買い食いした肉串一本。
急に肩身が狭く感じる。
「・・・アリィ、荷物くらい持つよ」
「えー、タケル様はゆっくりしててくださいよ」
「いやほら、これじゃ俺がダメな旦那にしか見えない」
「旦那!?アリィのですか!?これはいよいよ荷物を渡すわけにはいきませんねぇ!」
「『ダメな』って言ってるだろ!俺はやだよ!」
「変な虫が付かなくていいじゃないですか。素晴らしい事です」
結局荷物を持ったまま買い物を続けてしまう。
こんな暮らしをしていたら、いつか本当にアリィに食べさせてもらうダメ亭主になってしまうのではないかと寒気がした。
ひったくるように荷物を奪う。
「えー、本当にいいのにー」
「俺のプライドのためだ。我慢しろ」
二人で買い物を続ける。
親子のようには見えないが、兄妹くらいには見えるだろうか。
アリィの故郷でも、この笑顔がこのままで過ごせる事を願うばかりだった。




