009魔王のたまご
「魔王の寵児ですか?」
「そうよ。私もまだ子供の頃の話なのだけれど、今でも何かと話に上がる依頼があるのよ。それが『魔王の寵児』」
「ふーん、なんで伝説?」
「報酬がすごかったの。国家予算並み。しかも魔族の国が人間のギルドにまで依頼を出したのよ。それでもその依頼は達成されることは無かったけど、今も何かと引き合いに出されて、半ば伝説と化してるわ」
「それと私に何の関係が?」
「その依頼の内容は行方不明の子供の捜索。その名の通り、魔王の子供ね。銀髪の女の子で、幼いながらもその身には膨大な魔力を宿す才能を持ち、瞳は色を変えて輝く」
「アリィ・・・かなぁ?」
「何か覚えがあると思って、昨日教会に戻って、わざわざ古い記録を掘り返してきたんだから」
しかし魔族は魔力を帯びて、眼の色が変わるというのは珍しい事ではなく、ほとんどの魔族がそうらしい。
そして銀髪はこの世界で、そこまで珍しいわけでも無かった。
「そして一番確認したかったのは『背中から肩にかけて左右対称となる三本の魔紋様』」
「!?」
「アリィの紋様はどう?」
言葉が出ない。ここまで合致すると、魔王の寵児はアリィの事を指しているようにしか聞こえない。
魔紋様はその紋様の形はもちろん、位置も人によって変わり、同じという事は無いと言ってもいい。
例外的に近い肉親であれば、多少似ることはある。それでも同じという事は無い。
「あー、それは私の紋様と一致してますね。とはいえ絵でもないと全く同じ形かは分かりませんが」
そう言って外套を脱ぎ、その紋様を露わにして見せた。
予想していたとはいえ、半ばお伽噺のような、話に聞いた存在が目の前に現れるというのはやはり現実味が無い。
「対の三本線!魔王の寵児が本当に存在した・・・!?なんで今頃になって」
「いや、だから本当に同じ物かは分からないじゃないですか」
口を尖らせ外套を羽織り直す。魔法候補の本人はどうやらあまり興味が無いらしい。
「そんなに大きくて形の揃った紋様そうそう無いわよ。それ、今みたいに簡単に他人に見せて無いでしょうね」
「それはたぶん大丈夫かな。俺が子供の頃にそれ着せてやってから、外ではずっと身に付けてる。」
「んふふ、私の宝物ですからね」
誇らしげに裾を摘んで広げて見せる。古くなった外套もまるで舞踏会のドレスのようだ。
「ならいいけど・・・。魔王の寵児って依頼があったって話だけが一人歩きして、容姿の詳細まで記憶してる人はそういないでしょう。でも気を付けた方がいいのだわ」
「ありがとうスフィア。ところでその依頼元の国は分かるか?」
「キァリソっていうんだけど、今はもう無いわ」
「無いって?」
「今の名前はオトゥプロ。なんで名前が変わったかは知らないわ。ごめんなさい」
ちらりとアリィを見る。その無表情からは何を考えているかは読み取れない。
「アリィ、その国に行ってみるか?」
「どっちでもいいですよ。タケル様が行くなら行きます」
「興味無さそ〜。アリィは親や家族に会いたくないのかしら?あなたもしかしたら魔王の継承権を持ってるのかも知れないわよ?」
「今更家族と言われても、私の家族はタケル様ですし。それに継承権?」
「そうよ。あなたが魔王の寵児だとしたら、魔王になる可能性は十分にあるってことになるわ」
「え、じゃあ行きたくないです。旅ができなくなるじゃないですか」
「言うと思ったわ。でもあなたが魔王になったら、好きに伴侶も選べるのよ?タケルをお嫁さんに迎え入れたらいいじゃない」
「タケル様、行きましょう!私が幸せにします!」
「やだよ!なんで嫁なんだよ!余計な事吹き込むなよスフィア!」
元々魔族の国には行く気だったが、本格的に目的地が定まった。
魔族の国オトゥプロ。支配者が変わったのか、国の方針なのか名前が変わっているという。だとしても流石にそこに住む人々までが、丸ごと変わっているということは無いだろう。魔王の寵児がアリィだとしたら、知っている人はいるはず。
アリィが故郷や家族を望んでいないとしても、やはり一度は自分の目で見て欲しかった。
それでももし旅を続ける事を望むなら、そうすればいい。
「で、オトゥプロ行ってみる?」
「スフィアも行くのか?」
「ええ、視察してくるように国から言われていたけど、先延ばしにしてたのよ。勇者一人で行っても歓迎されないじゃない。魔族の同伴者がいてくれたらありがたいのよね」
「同伴者・・・」
アリィの顔を見て、『苦虫を噛み潰したような顔』というのは、こういう顔を言うんだろうなと思った。
言葉にしてまで拒否はしないが、その表情は見るからに全力で拒否している。
「そんな顔するならいっその事ハッキリ言いなさいよ!」
「い、いえ。嫌なんて言ってないじゃ無いですか。タケル様と二人きりの時間が減るのか・・・余計な事言いやがってくらいにしか思ってませんから」
「それはもう言ってるのと同じ事よ!」
この二人と旅をする事に不安を感じた。いや、不安しかないとも言える。
だがそれでも、勇者の名前を使えるというのは大きい。それは今回の依頼や、魔王の寵児という依頼の情報を持ってきたことで十分に証明されている。
さらに、転生者と、監禁されていた魔族の娘の二人のパーティは、ほとんど他人に頼ることをせず、自力でここまで生きてきた。はっきり言ってどちらも世間知らずである。
協会とギルドとの関係も深い、勇者という肩書を持つ人物の協力は、正直ありがたい。
この二人を連れて歩く面倒と、勇者の力を天秤にかけると、わずかに後者の方に傾く。
「わかった・・・。オトゥプロまでよろしく頼むよスフィア」
「ふふん、任せるのだわ」
「アリィもそれでいいな?」
「タケル様がっ、決められた事ならばっ、全く異論はっ、ございっ、ません・・・!はぁ、はぁ」
息を切らし、全力で肯定の言葉を捻り出すアリィ。どんなに強大な魔法を使う時だって、ここまで疲れている姿は見たことは無い。
少し罪悪感はあるが、必要な事だと割り切ってもらおう。その代わり、少しくらいなら甘やかしてやってもいいかなと思えた。




