79:悪魔のトラウマ
ロッカはカルボスの頭部をしっかり抱えなおし、逃げるようと辺りを見渡した。だが前と違い、どこにも身を隠せるような場所はない。この場を動けばいくらでも存在するだろうが、ロッカはそうしなかった。己の役目を放棄したくない。だが、怖い。葛藤しているのだろう。苦しそうに目をつぶっている。ナイフは手から落ち、硬質な音が響く。両手でカルボスの頭部を抱きしめながら、うずくまった。
「……っう……ひっく……た、たすけてよ……おにいちゃん……な、なんで真っ赤なの?なんで木の板にくっついたままなの?なんで目を開けたままなの?ねえ……」
ロッカの叫び声が大きいのは最初だけだった。あとはか細い声ですすり泣く。
「アタシ、こわいよ……村に戻ったらみんな骨と皮になって、動かなくなってて……ううん。違う。骨になった……死んだ?それとも死んでない?」
明らかにロッカは錯乱している。このままではまずい。ラウラは焦っていた。最悪イデアの時と同じようになってしまう。
「去りなさい。わたしに用があったのでしょうけど。ぬしの側近になど、話すことはない」
レザルタスの話し方は固く、個人として来ていないことがわかる。だからこそ突き放すように言った。
「え……えぇ。ぬし様どんだけ怒らせてんだよ……あ……そのさ」
冷たい物言いに動揺したのか、かなり言い淀んでいる。口調が元に戻っているのがその証拠だ。言い過ぎたと少しラウラは後悔する。
だが、今はロッカだ。レザルタスの姿ができるだけ見えないよう、移動すると足を開いて立つ。本当は覆いかぶさり、視界をふさぐのが一番だろう。だが、それはラウラのすべきことではない。
「カルボス!ロッカを守りなさい。立って……立ちふさがってあげて!自分がここに居ると言い聞かせるの。そうすれば落ち着けるから」
「ふぇっ……え、オ、オレさま、頭と体バラバラなんだけどっ」
「さっき動けたんだから、できるでしょう?毎日頑張っているあなたなら、それだけの力があるはずよ」
ラウラが激励すると、眼窩の炎が揺らめいた。一際大きくなったと思うと、なにかはじかれるような音がした。
「ああ、そう……だな。そのくらいできるはずだ。森をさ迷い歩いていた時よりも、ずっとたやすい」
家のすぐ傍に横たわっている、カルボスの胴体がゆっくりと立ち上がった。前よりも動きは遅いが、しっかりとした足取りである。この調子なら大丈夫だろう。ラウラはずっと背を向けていたレザルタスに向き直った。
「す……すげぇ……ラウラちゃ……様?まるでぬし様みたいだ」
「あなたが側近である以上、信用はできない。冷静に話すこともできない……傷つけたくないの。お願いだから……関わらないで」
ラウラの神経はずっと尖りすぎていた。少し疲れていたせいか、本音を漏らす。するとレザルタスは頷いた。
「分かった、悪かった。カルボスとその子も。今は退く。けど、オレは関わるからな?」
返事を聞くこともせず、飛び上がるように去って行った。
二人の方を見ると、元通りになったカルボスがロッカのことをなだめていた。
「怖くないぞっ、このっ、オレさまが居る」
その甲斐あってか、大分落ち着いているように思えた。
「……カルボスさん」
「おっ、キサマか!まさにキッ、サマッ、だなっ!ふふんっ、言われた通りに動けたぞ!」
「ええ、そのようね。やっぱり、この子にはあなたが一番ね。今は動揺しているけど。落ち着いたらゆっくり、話を聞いてあげて。それが一番の対処だと思うから」
「オレさま、承知したぞっ」
騒ぎ疲れたせいか、ロッカは眠そうにしていた。ラウラは彼女の傍に近寄ると目線をあわせるために、腰を下ろした。
「んあ……あ、みに……くそばばあ?」
「わたしはラウラよ。ラウラミド・レ・ミケランジェリ」
「……くそらうら」
「っ……あ、あなたねぇ。形容詞つけないと人を呼べないの?」
ラウラは元通りのロッカにホッとしつつも、ぶれなささに呆れていた。
「けーようし?それより……入口を……」
ロッカのまぶたは重く、今にも閉じそうだ。
「カルボスさん。ロッカさんの目をふさいでもらえるかしら?」
「任せろっ」
まぶたの上に手を乗せるが、骨の隙間から見えている。だがカルボスがそうしたことに意味がある。安心したのかロッカは目を閉じていた。
「あと、オレさまを敬っちゃうのは分かるがっ……普通に呼んでいいよ?なんか敬称ムズかゆいっ。皆オレさまのこと、そのまま呼ぶしね」
「アタシも……なんかキモいし」
ロッカはまだ起きているのか、小さくつぶやいた。
「ふう、分かったわ。ねえ、ロッカ。あなたは今寝ている。だからなにも分からないし、見ていない。だから約束を守っている。そういうことに、わたしがさせる。それでいいかしら?」
「ん……」
それ以降返事が返ってくることはなかった。しばらくすると、寝息が聞こえて来た。
「おやすみなさい。良い夢を」
ラウラはそう言うと立ち上がり、カルボスの家へと入って行った。




